明かされない秘密 2

 重苦しい空気が場を支配する。

 A・ファーレンハイトは一呼吸置いて、違う角度から質問してみた。


「マスターB、ビリアード博士とは誰ですか?」

「……NAに所属していた博士です。フルネームはウィリアム・ビリアード。NAで研究を主導していた四人の博士の一人」

「他の三人は?」

「エミリー・ロナー博士、トリスティナ・エリオン博士、テオドロ・ホンラド・ケンタロ博士」

「全員死んだと思われていたんですよね?」

「ええ」

「なぜですか?」


 研究を続けられなくなっただけならば、母国に帰るなり何なり身の処し方はある。それなのにマスターTは博士たちが生きていたことに驚いていた。会議でもNAの研究者に対しては「生き残り」という表現が使われていた。

 死んだと思われていたということは、死ぬようながあったということ。


 マスターBはとつとつと答える。


「エリオン博士はエネルギーを生み出す新技術の実験で死亡しました。残りの三人の博士は彼女の研究を引き継ぎましたが……」


 そこまで言ったところで彼女は沈黙してしまった。

 ファーレンハイトは続きを推測して言う。


「それも失敗して三人とも死亡したと?」

「そうです……。いえ、そのはずでした……」


 やはりマスターBは何かを隠しているとファーレンハイトは改めて思うも、ここは見すごすことにした。

 マスターTの説明との食い違いから、どちらかが嘘をついていることは明白。どちらかだけではなくて、二人とも嘘をついている可能性もある。

 マスターBはNAが事故のせいで勝手に潰れたことにしたがっている。

 しかし、今ここで追及しても答えてはもらえないだろうとファーレンハイトは感じ、そのことを問い質したりはしなかった。

 恩師を追い詰めることには抵抗があったし、それよりまだ他に知りたいこともあって、その中で答えやすいものがあればそちらを優先して答えてもらうのが効率的だと考える。


「マスターMもNAと関係しているのでしょうか?」

「いいえ、そんなことはないはずです」


 これへの回答は早かった。

 マスターBは前の質問に答えられなかった代わりとでも言うように、詳細を語る。


「マスターMはA国の元軍人でした。マスターFがスカウトしたのですが、実力はあるものの軍人だったころから素行不良で態度や思考に問題のある人物という話で、個人的に良い印象は持っていませんでした……」

「マスターMは裏切り者と言われていましたが、何をしたのですか?」

「マスターTから聞いていないのですか?」


 マスターBは驚いたような顔をしてマスターTを見る。

 つられてファーレンハイトも彼を見る。

 二人に見つめられてマスターTは焦ったように言いわけをする。


「いや、深くは聞かれなかったもので……。私が組織に入る前のことですし、いい加減な話をするのもまずいだろうと」


 しょうがないという風にマスターBはファーレンハイトに説明した。


「マスターMはマスターH、J、Kの三人を殺したのです」

「マスターを三人も!? なぜ!?」


 裏切りの内容が味方殺しとは思わず、ファーレンハイトは高い声を上げる。


「分かりません。誰かに恨みがあったとか、何かを企んでいたとか、定かなこと何一つなく……。彼は理由を語らず釈明もせずに組織を抜けて、行方をくらましてしまいました……」


 マスターBは何度も首を横に振って、今でも理解できないと嘆きうつむいた。そして小声でつぶやく。


「マスターAが私たちの元を去ったのは、組織として彼を止められなかったせいでしょうか……」


 彼女は精神的に弱っているようだった。

 マスターMが裏切ったこととマスターAが組織を抜けたことは関連していると、彼女は考えているのだ。理由の分からない二つの事象を結びつけることで、納得しようとしている。

 おそらくはマスターMが三人のマスターを殺した後で、マスターAが離脱したのだろうとファーレンハイトは察したが、彼女にはマスターBの思考が不健全なものに感じられた。考えすぎ、思いつめすぎなのではないかと。

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