NA 4
マスターTは真っすぐ進み続けて、邪悪な魂の拠点である庁舎の敷地内に踏み入ったが、最初に対戦車ミサイルを発射されてから後、敵の新たな迎撃部隊が出てくることはなかった。
それを不審に思ってA・ファーレンハイトは通信機能でマスターTに話しかける。
「あれから誰も出てきませんね……」
「攻撃してもムダだと悟ったんだろう」
本当にそうだろうかと彼女は彼の予想を疑う。対戦車ミサイルの直撃に耐えるような者に、いくら攻撃をしかけても弾のムダというのは、確かにそのとおりではあるが……。だからと言って、拠点に迫る敵をみすみす見すごすことがあり得るのだろうか?
ゾンデからの情報にも何も怪しいものはない。それでもファーレンハイトは庁舎の敷地内に入るのをためらった。
たった三人だけを差し向けて、邪悪な魂は何がしたかったのか?
現在、庁舎周辺で戦闘は行われていない。正面から庁舎に向かっているマスターDの部隊でも、大規模な戦闘はなかったようだ。マスターIの部隊も同様である。
もう庁舎の中にまともな人員が残っていないなら納得できないこともないが、そうなるとC国は何を警戒していたのかという新たな疑問が生じる。邪悪な魂は誰にも知られずに拠点を放棄して脱出したのだろうか?
兵法には相手を自分の有利な場所に誘き出す計略がいくつもある。このまま戦闘もなく庁舎を制圧できるとファーレンハイトは考えなかった。庁舎の中では何が待ち構えているのか、それともそう見せかける空城計なのか……。もしかしたら、こうして迷わせること自体が敵の策略なのかもしれない。
マスターTは庁舎の裏口前で待機して、ファーレンハイトに呼びかける。
「ファーレンハイトくん、来ないのか?」
「……罠ではないかと思いまして」
邪悪な魂の不可解な対応に彼女は惑わされていた。
マスターTは少し思案して彼女に告げる。
「確かに、その可能性もある。そこで待っていてくれ。私が一人で突入する」
「えっ、待ってください、私も行きます」
「しかし、罠が……」
「もし罠であればなおのこと、あなた一人で行かせるわけにはいきません」
ファーレンハイトは周囲を警戒しながら、小走りでマスターTに駆け寄った。
彼女はマスター候補ではあるが、その前に彼の部下であり、上級エージェントの一人なのだ。マスター候補などという役職はなく、マスターを守り補佐するという上級エージェントの本分から外れてはならないと、彼女は固く信じていた。
ゆえに自分だけ安全な所で待っていることはできないのだ。
古いRC造りの庁舎の裏口には、手動ドア化された自動ドアがある。そこから二人が同時に突入すると、天井に固定された二台の映写機から大理石の床の上に立体映像が投射された。
そこには白衣を着た白髪でやせた50代くらいの男性が映っていた。
マスターTは身構えて小声でつぶやく。
「ビリアード博士……!」
「ようこそZくん、君は何号かな? とにかく会って話がしたい。余計なお客さんは抜きにして」
立体映像は堂々とした態度で明らかにマスターTに話しかけていた。それもかなり親しげに。
「なぜあなたがここに? 他の博士たちも生きているんですか?」
「残念ながら、そちらの声は届かないんだ。集音器がついていなくてね。私たちは上にいる。話がしたいなら君一人で来てほしい」
一方的にそう告げた後、立体映像は消えてしまう。
A・ファーレンハイトはマスターTに問う。
「お知り合いですか?」
「そうだ」
「……どうしますか?」
「とりあえず行ってみる」
「お一人で大丈夫ですか? マスターDに連絡を……」
「今すぐは止めてくれ。彼と話がしたい。連絡は適当に時間を置いてから頼む」
「難しい注文をしますね」
適当にという指示が一番困ると彼女は訴えたが、彼はそれには答えなかった。
「話があると言うんだから、すぐにドンパチが始まることはないだろう」
「罠の可能性は?」
「ないと思う。仮に罠だったとして――いや、ないない」
「信用して良いんですね?」
「ああ、罠ではない……と思う」
少し自信のなさそうなマスターTの返事にファーレンハイトは一抹の不安を覚えるも、ここは彼を信用することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます