NA 2
トラックは一般人の寄りつかないゴーストタウンに着く。拠点と目されている場所は、この廃墟化した都市の中心部にある元市庁舎だ。もちろん市庁舎だけでなく周辺の施設も全て邪悪な魂の管理下にある。
邪悪な魂がこの都市を占拠したのは数年前のことだが、その時は今ほど危険視されていなかった。しょせんは犯罪組織の一つで、C国政府も軍がその気になれば排除は容易だと高を括っていたのだ。そればかりか活動を黙認する見返りにショバ代を徴収していた。
ところが、最近になって邪悪な魂が急速に力をつけてきたので、放置するわけにはいかなくなった。C国政府は邪悪な魂がいずれ制御不能になるだろうと恐れ、そこで黒い炎を尖兵として送りこんだのだ。
排除に成功すればそれで良し。失敗しても敵方の能力を把握できるし、第三者の勝手な行動として切り捨てることもできる。
逆に黒い炎からすれば、邪悪な魂を打倒するという一点ではC国と利害が一致しているものの、どうしても利用されている感は否めず、マスターIが不満を感じるのもしかたがないことと言える。
都市レベルの拠点の攻略にマスターが三人だけでは、いかにも頼りなく見えるが、組織は事前にC国から情報提供を受けている。
それによれば少なくともC国内では邪悪な魂と血と涙は合流しておらず、大量の新兵器の搬入もなかった。あくまでC国が把握している範囲内の話ではあるが。
加えてC国政府から、今回の作戦では重火器や化学兵器の使用を控えるように要求があった。いくら場所が廃墟化した都市でも、あまり国内で派手なことをされては隠蔽工作が困難になる。非合法組織を頼ったとあっては政府や軍の体面に関わる。黒い炎としても、活動を公にするつもりはない。
当初派遣されるマスターが二人だけだったのは、そうした裏事情がある。
◇
今回の作戦における各部隊の役割は決まっている。
マスターDの部隊が正面から庁舎に向かって前進、その間にマスターTとA・ファーレンハイトが裏手から侵入、マスターIの部隊は逃走する敵を掃討する。都市から邪悪な魂を排除して、最終的には全面制圧を目指すのだ。
敵地に向かうマスターTにマスターIは揶揄するように尋ねる。
「二人だけで大丈夫か?」
「心配は無用です」
強気に言い切るマスターTに、まだ先のことを引きずっているのかとファーレンハイトは疑った。マスターIの言い方も良くないが、マスターTも意地を張っているように彼女には感じられたのだ。
彼女自身も自分たち二人だけで大丈夫か怪しんでいる。C国から提供された情報をどこまで信用して良いかも分からない。不安を胸に彼女はマスターTについて巨大な庁舎の裏手に回る。
◇
度重なる紛争と国家主義が経済を衰退させた後の世界では、廃墟と化した都市はどの国でもありふれている。
統制経済の失策により生じた失職者はより大きな都市に流れこみ、それでも吸収しきれなかったあぶれ者が非合法組織に集まって、闇の黄金時代を築いた。
黒い炎のような同業者狩りが誕生したのも時流と言える。
◇
天気は曇り。暦の上では初夏も終わりだが、空気は冷たく湿っている。
ひび割れた道路、汚くすすけた建物、枯れた街路樹――廃墟化した都市は不気味に静まり返っている。路肩に積もった落ち葉をつむじ風がさらい、カサカサと音を立てる。
人の気配は全くしないが、ここは敵の拠点の近くということで、どこから敵が出てきてもおかしくないとA・ファーレンハイトは警戒していた。
マスターTは例の全身を守るプロテクターを装備して、ファーレンハイトに言う。
「私が先行する。君は後ろからサポートしてくれ」
「はい」
彼女はまたも彼がプロテクターを装着する瞬間を見逃した。いつも彼は彼女が少し目を離した隙に、いつの間にか防具を装備している。どうなっているのか気にはなるが、今は任務中でそれを問うべき時ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます