血と涙 2

 強風に運ばれた砂がファーレンハイトの装着しているグラスに当たり、パラパラと音を立てる。狙撃には不利な状況だが、彼女は集中を維持して雑音を消す。


 そしてその瞬間が訪れる。

 赤い影はマスターLの背後を取り、正拳突きを食らわせて装甲を一撃で粉砕した。そこで一瞬動きが止まる。

 A・ファーレンハイトはライフルのスコープ越しにはっきりと赤い影の正体を見た。血のように真っ赤なマントをまとった、燃えるようなオレンジ色の髪の若い男性。彼女がそれを認識した時は既にトリガーを引いた後。


 音速を超えた弾丸が真っすぐ赤いマントの男を貫く――かと思いきや、彼は銃弾を黒い手袋をした右手で握って受け止めた。

 刹那、砂嵐を突き抜けた弾丸の軌道上で二人の視線が合う。

 ファーレンハイトの目には赤いマントの男が少し笑ったように見えた。彼女が恐怖を感じて二撃目を撃たなければと思った瞬間には、もう彼は目の前に移動している。まるでワープでもしたかのように100mはあった距離を一気に詰められた。


(速い――!)


 ファーレンハイトの自慢の早撃ちも間に合いそうにない。

 マスターTが彼女を庇って前に出る。

 赤いマントの男はプロテクターの上から彼の胸部を拳で打ち抜いたが、他の者たちのようには殴り飛ばせなかった。その顔には驚きの色が表れる。

 高速移動に伴う突風も起こらないばかりか、さっきまでの砂嵐も嘘のようにぴたりと止んでいる。

 マスターTは赤いマントの男の腕を掴んで問いかけた。


「アーベル、いやマスターA! こんなところで何をしている!?」

「その声、Z0号! 君が黒い炎に!?」


 二人はお互いに正体を知っているらしく、動揺して動きを止める。

 A・ファーレンハイトはその隙を狙って、拳銃で赤いマントの男をしとめようとしたが、マスターTに制された。


「止めるんだ、ファーレンハイトくん。手を出さないでくれ」


 彼女は彼の背後にいる上に、まだ銃を手に取る前だった。どうして動きを読まれたのかと彼女は心の中で驚愕する。


 しばし三者とも沈黙。

 冷たい一陣の風が吹いて、さぁっと地表の砂をさらう。


「……君が終わらせてくれるのか」


 赤いマントの男はそう言うとマスターTの腕を振り払い、マントを翻して砂嵐を巻き起こし姿を消した。


 マスターTの謎はますます深まる。重大な秘密を一人で抱える彼を、ファーレンハイトは不信の目で見るのだった。

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