A・ルクス 2
無人のアリーナに到着したA・ファーレンハイトとA・ルクスは、お互いにルールの確認をすることにした。
まずファーレンハイトから提案する。
「こんなところで実弾は使えないから、ガスガンとペイント弾を使わせてもらう。命中したら戦闘不能と判定して良い?」
「私としては実銃と実弾でも構わないんですけど、まあ良いですよ。相手が降参するか動けなくなれば終わり。それで問題ありませんよね?」
「ええ」
この条件ではファーレンハイトがかなり有利だ。腕や脚は命中判定から除外する提案があるものと予想していた彼女は、心の中で少しだけ驚いた。ルクスは一体どれだけ自信があるのだろうと。
組織内の訓練で使われるガスガンとペイント弾は実銃と実弾に比べて速度が落ちるとはいえ、近距離であれば発射から弾を見て避けることはできない。
自分だけに有利な条件に心地の悪さを覚えながらも、ファーレンハイトは続けて尋ねる。
「位置はどうする?」
「好きに決めて。あなたは距離があった方が有利だろうから、端っこまで離れましょうか?」
今まで自分が有利な分には何も言わなかった彼女だが、さすがにこれは聞き捨てならなかった。
「なめてるの?」
「あなたこそ私をなめているのでは? 遊びで勝てると思ってるんですか?」
「死にたいの?」
「本気でやれば、死ぬのはあなただと思いますけど」
自信過剰なルクスを一度やりこめてやらなければいけないと、ファーレンハイトは強く心に決める。不利な条件で自分と戦ったことを絶対に後悔させてやるのだと闘志を燃やして。
アリーナは端から端まで約120mある。そのくらいならファーレンハイトは動く目標であっても、正確に当てられる。ルクスも当然それだけ距離があれば避けようとするだろうから必中とはいかないかもしれないが、接近されるまでにしとめる余裕は十分にある。
ファーレンハイトは拳銃型のガスガンを使うつもりだったが、アサルトライフル型に切り替えた。手も足も出させず、一方的に勝利するつもりで。ネコやウサギでさえも彼女の狙いから逃れることはできない。
戦闘服に着替えてA・ファーレンハイトとA・ルクスはお互いにアリーナの端に背を預けて向き合う。両者の眼前には障害物も何もない空間が広がっている。
「良いですかー!? 行きますよー!!」
「来いっ!!」
ルクスの問いかけに対して、ファーレンハイトは強気に答えると同時にガスガンを構えて射撃した。
ガスガンの弾速は音速の半分程度。遠距離ならば発射を確認してからでも十分に避ける余裕がある。
それを計算に入れて相手の動きを制御するための先制攻撃だったが、ルクスの動きは彼女の予想以上に速かった。最初に右に動くとネコどころかチーターのような加速でアリーナの壁に向かって駆ける。そして重力を無視しているかのように壁を自在に走り、大回りしてファーレンハイトに接近する。
ファーレンハイトは慌てて移動先の予測を修正しながら射撃するが、それでも追いつかない。彼女が発射するペイント弾はルクスにかすりもしない。
まるでルクスは無限に加速し続けるようだ。先を読もうとしても、そのさらに先を行かれる。もうお互いの距離は50mもない。
このままでは接近戦に持ちこまれると直感したファーレンハイトは、迎撃しながら後退してアリーナの角に逃れた。こうすれば攻撃は前方からに限られる。
どうにか射撃で進路を誘導しようと考えていたファーレンハイトだったが、トリガーを引いても弾が出なくなったので愕然とした。ジャムではない、弾切れである。彼女は早くも30発のペイント弾を撃ち尽くしてしまった。これからリロードする隙をルクスが与えてくれるわけもない。
彼女が弾切れに気づかなかった理由は二つ。一つは普段単射では弾切れになるまで撃つことがないアサルトライフル型のガスガンを選んでしまったこと。もう一つは常識では考えられないルクスの動き。
想定外の事態に動揺して、ファーレンハイトは冷静に残弾数を確認することができず、自分の感覚以上に銃弾を消費していた。撃てば当たるという彼女の射撃の腕前があだとなった。30発以内で確実にしとめられると軽く考えていたのだ。
ルクスは弾切れの瞬間をさとり、ますます加速して真っすぐ彼女に突進する。
だが、ファーレンハイトは勝負を諦めたわけではなかった。彼女は片手で予備のマガジンのツメを壊すと、中身のペイント弾をその場にばら撒いた。
もうトドメを刺すつもりで駆けていたルクスは、これを避けきれない。ペイント弾を素手で弾くも、べったりと塗料がつく。
勢いの止まらない彼女は、そのままファーレンハイトに飛びかかった。
ファーレンハイトの方は転げて逃れようとするも、しっかりルクスに上から押さえこまれる。
「やってくれたな……」
A・ルクスは怒りに燃えて、A・ファーレンハイトが持っていたガスガンを怪力で奪い上げると、チャンバー部分を握り潰した。
自分より小柄な少女に異常な身体能力を見せつけられても、ファーレンハイトは怯まず問う。
「私の勝ち?」
「ふざけるなっ!! これが実戦だったらどうだったか分かってんの!?」
「知らない。これは実戦じゃないから」
「だったら教えてあげようか!」
ルクスは敬語も忘れてファーレンハイトの胸ぐらを掴むと、ぐいっと引き寄せて凄む。
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