勧誘 1

 A・ファーレンハイトがマスターTの下に配属されて、そろそろ二か月。

 A・ファーレンハイトとA・バールは終業後、久しぶりに顔を合わせて喫茶店で寛いでいた。最近はバールの仕事が忙しくなり、あまり二人でゆっくり話せる機会がなかったのだ。

 バールはため息交じりにファーレンハイトに問いかける。


「最近どうよ、ファー?」

「どうって……まあそれなりに慣れてきたかな……」


 奇妙な任務にも、任務のない退屈な時間にも、ファーレンハイトは慣れはじめていた。

 バールは頷いて同意する。


「こっちもようやく忙しいのに慣れてきたよ。でもマスターRには敵わないね。あの人は仕事が趣味なんだってさ。だから飽きたとか嫌だとか全然思ったこともなくて、働けるならもっと長く働きたい、一日が終わらなければ良いって。ヒェーだよね」


 話の途中で彼女はファーレンハイトが浮かない顔をしていることに気づき、探りを入れるように尋ねた。


「で、それはそれとしてマスターTのこと、少しは分かった? どんな人?」

「うーん、どんな人って……相変わらず、よく分からないかなぁ」


 ファーレンハイトはマスターTのことを思い浮かべながら答える。「よく分からない」――それ以上のことは今の彼女には言えなかった。

 バールは怪訝な顔をしてツッコミを入れる。


「おいおい、ファーレンハイトさん」

「何?」

「何じゃないよ、ぼんやりほーっとした顔しちゃってさぁ」

「え、そんな顔してた?」

「しっかりしてよ、疲れてんの? A・ファーレンハイトともあろうお方が」

「どういう意味?」


 いつもと違うという自覚がないのかと、A・バールは呆れる。


 A・ファーレンハイトは訓練生のころからほとんど感情を表に出さなかったので、陰で鋼の女と言われていた。それは他者からの畏怖の表れでもあったし、つまらない奴という意味の揶揄でもあった。

 当の本人はそんなことは全く気にしていなかったので、くだならいおしゃべりと切り捨てていたのだが……。


 そんな二人の元にマスターIがにこやかな笑みを浮かべてやって来た。


「ここ、良いかな?」

「マスターI! 別に構いませんけど、他が空いてるじゃないですか」


 いくらでも空席があるのにわざわざ相席しなくてもとA・バールは素直な疑問をぶつけたが、彼はA・ファーレンハイトに視線を送りながら着席して言う。


「少し話があってね。A・ファーレンハイト、この間の話は考えてくれたかな?」

「……ああ、そちらで働かないかというお話ですか」

「そうそう。その反応からすると、あまり真剣に検討してもらえていないのかな……。俺の下で働く方が、君の能力を活かせると思うんだけどなあ。もったいないよ、全く」


 バールは口笛を吹いて冷やかす。


「あらあら、ラブコールですか」


 ファーレンハイトは少し眉をひそめるも、マスターIの言葉は事実だろうと認めざるを得ない。マスターTの下では「誰でもやれる程度」の仕事しかさせてもらえない。おそらくこの先もずっと。

 だが、今は異動する気はなかった。


「A・ルクスのことは、どうなさるおつもりですか?」


 彼女の一言でマスターIは表情を固まらせるも、一つ咳払いをして気を取り直す。


「……いや、二人同時でも問題はないさ。一人のマスターにマスター候補は一人だけとか、そんなルールはないんだよ。そもそも本来は俺が君を預かるはずだったんだ。マスターTとA・ルクスのことがなければね」


 あからさまに目の前にぶら下げられた餌に、ファーレンハイトは迷いもせず食いついた。


「それはどういう意味ですか?」

「おっと、この話に興味があるのかな? そうだな……勝負をしないか? 君が勝ったら教えてあげるよ」

「勝負の内容と条件によります」

「お互い得意な的当てでどうだろう? ただし君が負けたら俺の下で働いてくれ」

「……分かりました」


 射撃に絶対の自信があったファーレンハイトは、マスターIとの勝負を受ける。

 二人はともに射撃訓練場に移動した。

 これは面白いことになったとA・バールも見物についていく。

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