マスターB 1

 この日は定期健診の日で、多くの上級エージェントが本部の保健室に集まっていた。定期健診は上級エージェントと下級エージェントで日を分けて、数日かけて行われる。男性はマスターNに、女性はマスターBに診てもらうことになっている。任務などで日程の合わない者は、後日改めて健診を受ける。


 A・ファーレンハイトは意図があって、今日は遅れて健診に行くことにしていた。

 今日が上級エージェントの定期健診の日だと知っているマスターTは、彼女が予定を忘れているのではと気を回して言う。


「ファーレンハイトくん、今日は健診の日じゃなかったかな?」

「分かっています。早く行ってもどうせ混んでいて遅れますから、人が捌けた時間を見計らって行くつもりです」

「それなら良いんだけど」


 前回の任務で二人の間には奇妙な壁ができてしまった。

 あれからA・ファーレンハイトはマスターTに説明を求めたが、結局答えてもらえなかった。彼曰く「その時が来たら話そう」と。

 マスターTは自分をどう思っているのか、ファーレンハイトは不安だった。直接何を言われたわけでもないが、部下として信用してもらえていない、実力を認めてもらえていないという気持ちが、どうしても強かった。


 何もないままに時だけが過ぎ、午後4時になってA・ファーレンハイトはようやく健診に向かう。

 彼女が保健室の前を通りかかると、マスターIが通路の壁にもたれて待機していた。


「マスターI、こんなところで何を?」

「ああ、A・ルクスが健診を受けているからね」

「それが何か……?」

「上司として彼女の健康状態を把握しておく必要があるだろう?」


 怪しんで問いかけたファーレンハイトに、彼は平然と答える。

 エージェントになる前から何かと休みがちだったA・ルクスのことを思うと、まだ若い彼女の健康を気遣うのも当然かもしれないが、過保護ではないかとファーレンハイトは感じた。

 同時にマスターTは自分に関心を持ってくれないと、少し不満にも思う。性別さえ気にかけていなかったのだから。

 ……彼女はマスターTに男性だと間違われていたことをまだ根に持っていた。


 二人が話しているところにA・ルクスが保健室から出てきた。彼女は驚いた顔でA・ファーレンハイトを見た後、マスターIを睨む。


「……偶々そこで会ったから話をしただけだよ。本当、本当」


 彼はルクスには弱いようで、苦笑いしながら言い訳をする。

 その関係は我がままな娘と優しい父親のようで、孤児だったファーレンハイトはルクスを少し羨ましく思った。

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