番外編1 デートの定番
俺とアリスが無事に再会できた次の日。東京の街はよく晴れていた。俺たちは、早速二人で遊びに出かけた。
学校はまたしてもサボり。そもそも、昨日帰ることができなかった時点で間に合うわけがない。喫茶店でのお喋りは、大いに盛り上がってしまった。
「幸人さん、こっちです、こっち!」
一息つく間もなく、アリスに腕を引っ張られる。やれやれとちょっとくたびれた気持ちを感じながら、俺は大人しく彼女の後に続く。
アリスはちょっと派手めなリボンカチューシャを付けていた。さっき売店で買ったもの。奇麗な銀髪ととてもよくマッチしている。白いシャツに、薄手の青いふわっとしたロングスカートという、清らかな服装と相まって、抜群に可愛らしい
彼女が短いスカートを履いているところを見たことがなかった。制服ですら、周りがみんな多少は短くするのに、きっちり校則を守っている。
『じゃあじゃあ、ここならどうですか!』
アリスが突きつけてきたスマホの画面には、某有名な、東京にはないのに東京の名を冠したテーマパークが映っていた。そしてそれは今の現在地でもある。
あの唐突な実家への誘いは、その場の思い付きではなかったようだ。割と本気で俺を、将来の夫として家族に紹介したかったらしい。……そうした変なぶっ飛び方を久々に目の当たりにした気がする。
考えてみると、第三者から見れば、俺たちが出会ったのはおよそ二カ月前。付き合った期間だと、もっと短くなる。
それでいきなり恋人の実家に挨拶というのは……そもそもまだ俺たちは高校生だ。
俺の説得に、彼女は渋々納得してくれた。その代わりと言わんばかりに出てきたのが、この遊園地デート。これならば、俺としても断る理由は無かった。
「でも夢みたいです。幸人さんと一緒に、憧れの遊園地デートができるなんて」
思っていたより混雑していない園内を、しっかり手を繋いで歩く。さすが平日、しかしどことなく背徳感を覚えてしまう。
果たしてどこへ向かっているのやら。もうすでに何件かアトラクションを回り終え、そろそろ昼食の時間に差し掛かっている。
「憧れ、ねぇ」
「むっ、なんですか! わたくしだって、人並みの女の子としての感性は持っているんですからね!」
アリスはぷくりと頬を膨らませる。俺の顔を一睨みすると、腕を絡ませてきた。そして一気に、顔が綻んだ。
柔らかい感触を感じてドキッとする。何度されても、まるで慣れる気はしない。
「別に他意はないって。そういうもんなんだなぁって」
「そういうもんです! 幸人さんの方は、憧れのシチュエーションとかないんですか?」
下から見上げるようにして、首を傾げてアリス。俺の答えを心待ちにしているように見える。
ちょっとは考えてみたものの、アリスと出会う以前は女子と付き合うなんて、考えもしなかったわけで。これがギャルゲー大好き学君なら、すぐに答えはいくつも出てくるんだろうけど。
「……アリスと一緒だったら、たぶん何でも楽しいと思う」
「そ、そういうことを聞きたかったわけではなくっ……!」
彼女はきっと下唇を噛むと、顔を真っ赤にしてしまった。どうやら、これ以上ないくらいの正解だったらしい。
やがて、俺たちは絶叫マシンのアトラクションのところまでやってきた。
「ここか……?」
「もしかして幸人さん、苦手ですか?」
「いや、そんなこともないと、思う」
「目、目が泳いでいるんですけど」
少なくとも、子どもの頃はあまり得意じゃなかった。そして、その子供時代以来、こういった乗り物に乗った記憶はない。
不安そうに見つめてくるアリスの手を掴むと、俺は待機列の最後尾に並んだ。さすがの俺でも、ここで引いてはいけないということはわかっている。
結果は、まあ散々だったが。
ノックダウンした俺を見かねたアリスが、気を回してベンチまで連れて行ってくれた。全く、自分で自分が情けない。
「はい、あーん」
アリスは近くでカップアイスを買ってきていた。ストロベリーと抹茶の二段重ね。
差し出してきたスプーンに、俺はゆっくりと食いついた。恥ずかしいのもあるが、まださっきのダメージが残っていた。
「幸人さん、幸人さん。わたくしにも」
「はいはい。あーん」
スプーンを受け取って、今度は俺が同じことを繰り返す。アイスを口に入れたアリスは、満面の笑みを浮かべた。
「なんかあれだな。プール行った時のこと思い出すな」
「プール……はっ、忘れてました!」
「どうしたいきなり」
「約束してたじゃないですか。みんなでプール行くって」
そう言えば、ダンス練習の最中、そんな話で盛り上がった記憶がある。地元のレジャープールに行くとか、何とか。
「ああ、そんなこともあったけ」
「後で唯さんに連絡しなければ」
「吉永っていえば、アリスがいきなりいなくなったこと、かなり心配してたぞ」
「…………はい。いっぱい、連絡きてました」
気まずそうな顔をすると、アリスは俯いた。雰囲気から、なかなかなやり取りがあったのだと察する。
微妙な空気の中、テーブル中央に置いてあるカップアイスが可哀想になってきた。俺はスプーンで一掬いしてそれを彼女の口元へと運ぶ。
「で、でもちゃんと全部返しましたから、大丈夫です。唯さん、かなり怒ってましたけど」
「それはしょうがないだろう。アリスが悪い」
「うぅ、幸人さんまで……イジワル」
そんなことを言いつつも、アイスを運んでやると、食べてはくれる。なんとなく面白くなってきた。
「さて、そろそろ行くか。まだまだ行きたいところ、あるんだろ?」
「はいっ!」
空のカップを持って俺は立ち上がる。差し延べたもう一方の手を彼女に向かって差し出しながら。
彼女がすぐに手を掴んでくる。たったそれだけのことが、なんだか無性にうれしかった。
*
「すぅ、すぅ……ゆき、とさん……」
帰りの電車の中。車内はすっかりオレンジ色に染まり、適度な混雑を維持している。
いつにもましてはしゃいでいたアリスは、すっかりエネルギーが切れたらしい。乗車して間もなくは色々話していたが、今やすっかり眠り込んでいる。頭を俺の方に載せながら。
そして周りの目が痛い。アリスの美貌、そして隣にいる俺のアンバランスさ、その二つが興味を引いているのだろう。
時折、彼女の可愛らしい寝顔に目をやりながら、俺はぼんやりと正面を流れていく景色を眺める。今日はとても楽しかった。その余韻は今も俺の胸に強く残っている。
同時に、少しだけ寂しさを覚えてしまった。もっと遊びたかった――アリスも言っていたことだけど。名残惜しさと、楽しさの反動、あと身体の疲れ。気を抜くと、つい俺もまた眠りの世界に吸い込まれそうになる。
次の駅のアナウンスが入ってきて、俺はアリスを起こすことにした。軽く身体を揺すってやる。そこが彼女の最寄り駅だから、何としてでも起きてもらわねば。
「アリス、もう着くぞ」
「…………むにゃむにゃ」
わざとらしい。おそらく狸寝入りだ。さっきちょっと、薄く瞼が開いたのがわかった。
俺はわざとらしくため息をついた。
「乗り過ごしても知らないぞ」
「……うぅ。だって、気持ちよかったから。それにまだ一緒に」
観念したらしく、アリスは身体をまっすぐに伸ばした。ちょっととろんとした目で、こちらを見つめてくる。
「ね、幸人さんも一緒に降りましょうよ」
「アリス、最初からそれが狙いだったんじゃないだろうな」
「えへへ、どうでしょう」
アリスははにかんだように笑った。どこか悪戯っぽい笑みだった。
そのまま黙って見つめ合っていると、電車のスピードが落ちた。駅のプラットホームが視界の端に入ってくる。
アリスは大人しく席を立った。俺もまた立ち上がる。そのままゆっくりと扉の方へ。ちゃんと互いの手を握り合いながら。
「じゃあ、幸人さん、また明日。今日はすっごい楽しかったです」
「ああ、また明日。俺もだよ」
扉が開くと同時に彼女は電車を降りた。ちょっとズレた位置でくるりと振り返り、にっこりとほほ笑みかけてくる。
このまま降りてしまおうか。一瞬、そんな考えが頭を過った。俺だって、アリスとまだまだ一緒にいたい。
だが、そんな俺の思考をかき消すように、扉は閉まり始めた。俺とアリスの間に、どうすることもない障壁が生まれる。
アリスが手を振った。俺も手を振った。電車が動き出した。
駅が完全に置き去りになった後も、俺はその場にとどまり続けた。昨日も同じように別れたのに、なんだかとてつもなく寂しい気持ちになってしまった。
また明日――それが今から待ち遠しくって仕方ない。ポケットの中に入っている、お揃いで買ったストラップを、俺は強く握りしめた。
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