第七十五話 転機

 所変わって演劇部室。例の脚本検討グループの二人、そして責任者の部長、苦情を付けたアリス……ここまではわかる。しかしなぜか、俺も出席させられた。


 アリスの意見を聞いた瀬田の動きは早かった。だったら、あの二人も混ぜようじゃないかと、俺たちをこうしてここまで引っ張ってきたわけである。

 素人の意見を一蹴しない辺り、本当に瀬田寅彦という男は人間ができていると思った。しかも、自分が仕上げた渾身の脚本のはずなのに。


「それで明城さん、具体的にはどこがいけないと思うんだい?」

「……だって悲しすぎるじゃありませんか。わたくしはこんなにも幸人さんのことを愛しているのに、最後はこうしてすれ違ってしまうだなんて」

「アリス、もう少し言い方なんとかならないか……?」


 聞いているだけで恥ずかしくなってきた。耳までも過度に熱を持っているのがわかる。ニヤニヤと演劇部員たちがこちらを見てくるのが辛い。

 しかし、そこは明城アリス。遠慮という言葉を、この娘は知らないらしい。というか、俺の指摘にもどこかぴんと来てない様子で、難しい顔で小首をかしげていた。


「とにかく二人がラブラブなのはおいておいてだねぇ。僕としては、これで通したいんだけどなぁ」

 

 どこか困った風に、部長は部員たちの方に目をやった。遠慮がちな言い方だったけれど、しかし強い意志を感じる。

 いきなり視線を向けられた二人の一年生は、どこかばつの悪そうな表情を浮かべた。もしかすると、なにやら思うところがあるのかもしれない。どことなく遠慮している様子に見えた。


「で、キミたちはどう思う?」

「ええと……」

「いいよ、遠慮しないで。今更だ。特に中谷は散々有意義なアドバイスをくれたじゃないか」

「ぶ、部長、イジワル言わないでくださいよぉ~」


 顔を赤らめて困った顔をする口達者な女子部員の姿に、俺たちは思わず頬を緩めた。少しだけ、室内に漂っていた重たい雰囲気が和らぐ。

 次第に、その女子の顔が不満げなものに変わっていくにつれて、笑い声は収まっていった。最後には、同学年である大垣君は強く睨まれた。可哀想だ。


「で、中谷はどう?」

「あたしもアリスさんと同じ意見です。今のエンディングではあまりにも救いがなさすぎて」

「部長のバッドエンド好きの症状がよく出てますよね。嫌いじゃないですけど」

「うるさいよ、大垣」

 気まずげな笑みを浮かべるのは部長の番だった。


 俺はアリスのためを思って、命を進んで差し出した。それほどまでに、彼女を愛していた。だから、彼女に生きていて欲しかった。つまり、彼は一途に愛を貫いたわけさ――そういう風に瀬田は語っていた。


「僕としては、愛を知らなかった勇者がようやく愛を知った。そして、それを偏に守りたかった。そういう物語のつもりさ」

「それはわかりますけど……学生劇という点ではもう少し救いのある方がいいんじゃないですか?」

「まあ確かに一理あるけどさ」

 そう言いながらも、瀬田はやや不満そうだった。


 すると今度は彼は俺の方に目を向けてきた。彼自身、己が劣勢に立たされてることはよくわかっているらしい。


 正直な話をすれば、俺は今のままでも結末でもいいと思っていた。その男の境遇があまりにも俺と重なるからか、そんなに無理のある幕引きだと感じていない。

 いや、無理矢理に理由付けしているだけか。俺は感覚でこの終わりが妥当だと感じている。無意識のうちに、まるで刷り込まれでもしたように、すっと胸の内に収まっていた。


「むっ、幸人さんには女心というものがわからないのですね! 幻滅しました!」


 俺がそんな意見を述べると――もちろん前世のことは伏せて――アリスが真っ先に不信感を表した。意外と強い言葉を使っているが、本気じゃないのはバレバレである。顔がそこまで険しくなっていない。


 しかし、中谷にとってはいい燃料になったらしい。もっともらしい顔で、男性陣のことを睨んできた。結構迫力があるんだよな、この子。目力が強いというか。主要人物の中にいなくてよかったと、ちょっとだけ安堵すら覚えた。


「じゃあちょっと視線を変えてみようか。そこまで言うからには、明城さんはどうしたらいいと思ってるの?」

 その口調はとても穏やかで、優しい光が目から注がれている。


「はい。――わたくしは最後の最後まで抵抗すべきだと思ってます。わたくしは、永遠に幸人さんのおそばにいることを願ったのですから。どうせ逃れることができないのなら、一緒に散りたいです。あの人がわたくしのことを想ってくれたように、わたくしもまたあの人のことをお慕い申しているのですから」


 劇のことを語っているはずなのに、彼女の姿はどこまでも真剣だった。純真な感情がひたすらに伝わってくる。思わず俺は息を呑んでしまう。それはほかのみんなもどこか同じようであった。その雰囲気に、圧倒されていた。


 そこで一つの考えがふと浮かんできた。もしかすると、同じようなことが俺たちの間にもあったんじゃないか、ということ。……俺はまだ何も思い出せていないけど、アリスの態度を見ているとそうとしか思えない。

 もしかすると、この結末は俺たちの時と同じなのかもしれない。だから、彼女は嫌がっている。創作の中とはいえ、同じことを繰り返したくはない。少なくとも、この恋人の不自然なまでの態度には何か理由があると俺は睨んでいた。


 だとすれば――


「なあ、瀬田。もう少し、話し合ってみるのはどうだ? まだ、本番までは余裕あるだろ」

「むっ、とうとう白波君まで敵に回っちゃったか~」

 からからとどこか揶揄うように瀬田は笑った。


「いや、その大変なのはわかるんだが……」

「いいよ、全然。明城さんの話を聞いてるうちに、僕もこれは考え直すべき必要があるんじゃないか、と思えたし」


 にかっと笑うその姿に、他意はまるで感じられなかった。その心からの言葉に俺は感謝する。アリスの指摘を受け入れてくれて。俺に過去を思い出すきっかけをくれて。


「まあでも、多少今までの部分も変わるかもしれないから、それはキミたちにもしっかり練習してもらうことになるけどね」


 どこか脅かすような言い方にドキッとさせられながらも、俺たちは劇のエンディングを検討し始めるのだった――

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俺、自称前世の恋人に愛されすぎてます! かきつばた @tubakikakitubata

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