第二十七話 初デート そのに

 そのカフェは駅から徒歩三分程度の場所にあった。街の中心部は碁盤の目の形をしているので、番地がわかればほとんど迷うことはない。実際、俺たちは容易く目的地にたどり着くことができた。しかし――


「わあ、混んでますね!」

「だな……」


 新しくできたばかりだからか、すでに行列ができていた。ほんの十分前が開店時間なのに。やっぱり、みんな新しいもの好きなんだな、と感心しつつも少しうんざりする。

 並んでいるのは若者が多かった。女性同士やカップルばかり。どうにも俺はアウェー感を覚えざるを得ない。


「並びましょうか」

「そうだな」


 少し離れたところで気圧されていたものの、俺たちは列の最後尾に並ぶ。はっきり言って、億劫だったものの、その店が今日の主目的なわけだから仕方ない。

 前にいるのは、カップルだ。がっつりとまあ腕を組んじゃって……おまけに女の方は、男の方に自分の頭をもたれている。


 微妙に気まずさを感じてるのは俺だけだろうか。横目に彼女の様子を見ると、目を輝かせてわくわくしていた。悟られないように、すぐ前に視線を戻す。

 …………沈黙の時間が続く。BGMは車や信号機の音、道行く人や目の前のカップルの話し声。街はまばゆい太陽の光に包まれ輝いている。


 そんな楽しげな雰囲気が充満しているというのに、俺たちはただじっと二人並んで立っているだけ……なんとなく浮いている気がする。

 ぼんやりと、そんなくだらないことを思い浮かべる。完全にやることがない。いわゆる、徒然なるままに。ありがとう、吉田兼好みたいな気分。


 そのうち、後ろにも人が並んだ。断片的に聞こえてくる会話の様子から、恋人同士らしい。つまり俺たちはそういう連中に前後を挟まれているわけで、これがオセロだったら俺たちまで恋人になる。

 あまりにも静寂が続き過ぎて、思考がどんどんおかしくなっていく。


「もう少し早く来ればよかったか」


 沈黙に耐えかねて、俺は独り言のように呟いた。

 するとゆっくりと彼女がこちらを見る。どこか不思議そうな顔をしながら。


「でも、これでも待ち合わせの時間よりだいぶ早いですよ?」

「……確かにな」


 俺はちょっと呆れながら言葉を返した。つい眉間に皺を寄せてしまう。

 これがもし約束通りだったら、どうなってたことだろう。不幸中の幸い……棚から牡丹餅? それっぽい諺を浮かべてみるが、どれも違う気がする。

 

「明城はよくこういうとこ、来るのか?」

「はい、前の学校にいた時は友達とたまに」


 友達、ねえ。なんとなく、こいつが誰かと一緒に遊んでいる絵が浮かばなかった。きっと、この学校での姿しか知らないからだろう。


「ユキトさんは?」

「来ると思うか?」

「……うーん、イメージには合いませんね」


 明城は一度前方に視線を戻すと、少し考えこむ仕草をしてからそんな感想を口にした。さらに、くすりと笑い声を漏らし、少し口元を緩める。

 まさにご名答である。俺はちょっとひょうきんな感じで肩を竦めてみた。


「だろ? 実際、初めてだ」

「じゃあどうして今日は誘ってくれたんです?」

 彼女は顔を再びこちらに向けてきた。その黒い瞳はよく澄んでいて純粋そうな印象を受ける。

「……前の時のお詫びだよ。みんなの前で、あんなこと言っちゃって」

「そんな全然気にしてないですから、よかったのに。でも、ありがとうございます」

 

 たおやかに彼女は腰を折った。距離が近いので髪の毛がふんわりと舞うのに合わせて、その心地よい香りが俺の鼻にまで届く。

 ほんと彼女の振舞は丁寧で、淑やかだと思う。古風だと言ってもいいかもしれない。しかし、それは決して嫌な印象を与えなくて、ただただその気品に感服するばかり。


「それと――」

 俺はそれを言うべきか躊躇った。そして、視線を外しながらぶっきらぼうに続ける。

「お前のことをもっと知りたいって思ったんだ」

「ユキトさん――!」

 感極まった少し詰まった声がしたかと思うと――


「止めろ、離せってば!」


 抱き着かれてしまった。こんな道の往来で。しかも結構がっしり……。首のところにやつの顔はあるし、その、色々な感触が伝わってくるし……。

 嬉しくないと言えば嘘になる。しかしそれ以上に恥ずかしいというか照れるというか……通行人の視線が痛い。瞬間的に顔が真っ赤になっていくのがわかる。


「いいじゃありませんか。ほら、前の方とかとても仲良くしてらっしゃいます」

「よそはよそ、だ。そもそも、何度も言ってるが、俺たちは――」

「そういう仲じゃない、でしょう? でもいずれはそうなるかもしれませんし、練習ですよ、練習!」

「そんな練習聞いたことないし、必要もない」

「じゃあ先取りで!」

「そんなシステムは採用しておりません。とにかく離れてくれ」


 変なところに触らないように気を付けながら、必死に押し返す。肩の辺りはなだらかでその感触は柔らかい。

 それでようやく彼女も背中に回した腕を解いてくれた。俺が押していたせいで二三歩後ずさり。こちらを見る顔はちょっとむくれて不満そうだ。


「腕を組むのだけでも……」

 やつは羨ましそうにちらっと前のカップルを見た。

「それもちょっと……というか、今日やたらスキンシップ多くないか?」

「だって学校じゃできませんから……」

 すると、恥ずかしそうに目を伏せた。


 そこは、こいつも羞恥心とか持っているんだろうか。少し不思議な気分になる

 しかしより大勢の人に見られてるという点では、今の方がよほどアレだと思うけどな。


 そんな風に不可抗力的にじゃれついていたら、少しずつ列が動き出していく。段々と入口が見えてきた。よくわからないが、こういうのをおしゃれな外装と言うのだろうか。全面ガラス張り仕様。


「楽しみですね!」

「まあどちらかといえばそうだな」

「……ずいぶん消極的なお答えですね。わたくし、傷つきました」

 

 そう言う明城の顔は全くそんな風に見えなかったので、黙殺して前のペアに合わせて前に進む。


 ほどなくして、いよいよ俺たちは店内に侵入することに。いよいよ本番が始まるかと思うと、気が重たくって仕方がなかった――

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