第二十六話 初デート そのいち
さすが土曜日。さらにいい時間帯だという事実も合わさって、駅の中は多くの人でごった返している。
二人の言っていた通り、ここを待ち合わせ場所にしたのは失敗だったかも。目印にしていた謎の石のオブジェ(剛が名前を教えてくれたが忘れた)の周りには、たくさんの人が。みんな考えることは同じ、ということ。
無事にあいつを見つけられるだろうか。今はそこからちょっと離れた場所――駅ビルとの境目の手すりで、往来を眺めている。
すぐ近くには地下街の入口、さらに少し北に行けば電車の改札口と、ここは人の流動が激しい場所だった。
しかし、こういう人混みから、目当ての人間を探し出すのって本当に苦手なんだよな……。別の要因で、また緊張してきた。今日一日終えたら俺の胃は消失していてもおかしくないかもしれないぞ、これは。
こういう場所にいると、自分がひどく場違いな場所にいるような錯覚を覚える。周囲の人間なんて、他人のことをまったく気にしていないのはわかる。それでも
何かから逃れるようにして、俺は腕時計に目を落とした。高校の入学祝いに親父に買ってもらった時計。シンプルな文字盤のデザインがとても気に入っている。……最近はあんまり学校にはつけて行かないが。
十時まではまだ十五分くらいあった。早く来すぎたな。まるで自分が張り切ってるみたいじゃないか。もう一本遅いバスに乗ればちょうど良かったか。
手すりにもたれかかりながら、ぼんやりと通行人の姿を追う。特別な意図はない。せめてもの退屈しのぎだ。
こういう時、何をして待つのが正解なのだろうか? 初心者の俺としてはまったくよくわからない。デートプランをもう一度頭に入れておくべきだろうか。
とりあえず、俺はポケットからスマホを取り出した。慣れた手つきで、メッセージアプリを起動する。誰からも連絡はない。通知が来てないので、わかっていたことだが。
てっきり、剛たちが揶揄するようなメッセでも送ってくると思ったけれど。まあ構わず、例のグループのトークルームを開く。
上にスクロールして、話し合いの内容をチェックしようと思ったんだが――
「ユーキートーさんっ!」
いきなり目を塞がれた。目の上あたりに
――これは、密着されているのでは。俺の立ち位置的に、目隠しをしようとするとそうなる。意識した途端に心臓の鼓動が跳ね上がった。
「うふふ、わたくしは誰でしょう?」
間髪入れずに、ちょっと作り物めいた高い声が耳に届く。それは甘い囁き。吐息が耳を微かに揺らす。
ぞくぞくするな、というのは無理な話だった。そして、たちまち自分の顔が熱くなっていくのを感じる。頭がどうにかなりそうなほど、酷く混乱に襲われていた。
「いや、明城だろ。わかってるから!」
「さすがはユキトさん! 正解でございます。わたくしはとても嬉しいです」
「わかったから、早く手を離せ。あと、くっつくのを止めろ!」
内心かなり動揺していたものの、何とか冷静に言葉を発することができた。そして、強く身じろぎをする。俺はもう恥ずかしさと後ろめたさでいっぱいいっぱいだ。
視界が回復したのと、あの謎の柔らかい感触が去ったのはほとんど同時だった。直ぐに顔を上げて、犯人の顔を睨む。予想通り、それはすぐ間近にあった。
悪びれもせずに、奴はニコニコとしていた。いつも通り、いったい何が楽しいのやら。その原因は俺には全くわからない。
文句を言おうと思ったけれど、言葉が出なかった。口を開けたまま、つい息を呑む。目の前の少女のあまりの美しさについ見惚れてしまう。
涼しげな淡いブルーのブラウス、そして先がふんわりと広がった黒のスカートは膝がしらにかかるくらい。そこから奇麗な色白の素足が延びて、足元はヒールが少し高い靴を履いている。
肩にはがっしりとしたトートバッグっぽい奴をかけて、それをわきで挟んでいた。髪型はいつも通り、ストレートに流したまま。いつもよりその銀髪が映えている気がする。
それは何時も見るブレザー姿とも、何度か見たワンピース姿とも違っていた。どことなく大人っぽい。そして、いつにもまして高貴さを感じた。改めて、その常人離れした美貌を意識させられる。
周りの人間も、男女問わず彼女に惹きつけられているみたいだった。無数の視線が、今彼女に注がれている。……それに本人は気づいないのか、ただ微笑みながら俺を見つめるばかり。
「あの、もしかして、変……ですか?」
俺が何も言わないのを、彼女はネガティブに受け取ったらしい、少し不安そうな顔をして、自分の服装のあちこちを見直す。しまいにはその場でゆっくりと一回転した。流れるように神が揺れて、そっとスカートが膨らんだ。
どこもおかしくはない。その姿は清楚な彼女の雰囲気によくマッチしている。淑やかで華憐なお嬢様がそこにはいた。
『会ったらまず、いの一番に褒めるんだ。先んずれば人を制す、とはよく言ったものだろう?』
剛のアドバイスはしっかり覚えていたんだが、今目の前にいる女性にどういう言葉を贈ったらいいか全くわからなかった。その魅力にすっかり中(あ)てられて、見入っていたなんて言えるわけないし。
「い、いや、とてもよく似合ってるよ」
結局口を出たのは、そんなありきたりな言葉だった。我ながら、なんとも無様だと思う。
にもかかわらず、彼女の顔はパーッと明るくなった。そしてその頬が高揚していく。
「本当ですか!よかったぁ……ちょっとだけ心配だったんです。昔とは違って、いっぱい選択肢があるからたくさん悩んじゃって……」
えへへとはにかんでみせる明城。
「それじゃ行きましょうか」
するとなぜか彼女はこちらに向かって腕を指し伸ばしてきた。
……いや、意図がわからないとは決して言うまいが。かといって、喜び勇んでその手を握れるほど、俺は積極的ではなくて。
「そうだな」
そう素気なく言って、気づかない振りして歩き出すことしかできないのだった。
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