第十一話 落ち着かない朝

 朝、教室に入ると、いつもより騒がしい気がした。いつものように、後ろの扉から入ったところで立ち止まった。

 喧騒の発生源は俺の席の近くだ。二日目となっても、依然として転校生様は人気らしい。周りに人だかりができている。


 ……余所でやって欲しいものだ。朝から嫌な気分になりながら、心の中で一つ毒づく。思えば、家を出た瞬間から今日はテンションが上がらなかった。いきなりの雨、そのせいでここまで歩いてくる羽目に。


「ユキトさん!」


 その時、いきなり声を掛けられた。明城は満面の笑みを浮かべてこちらに向かって手を振ってくる。


 俺は内心うんざりしていた。どうやら、そっちの方もまだ収まるところを知らないらしい。自分の顔が渋くなっていくのがわかる。

 それでも、いつまでも立ち止まっているわけにはいかず、俺は静かに歩き出した。はっきり言って、気分は重たい。


 昨夜、我が家にいる居候の占い大好き大学生に前世の話を聞こうと思ったのだが、あの女、友達と飲み歩いていたらしい。帰ってきたのは、かなり遅い時間だった。

 そのせいで、俺が家を出る時もぐーすかぐーすか、与えられた部屋で惰眠を貪っていた。思いのほか、大学生が自堕落な生活を送っていることを、この二年ほどで俺はよく学んでいた。

 はっきり言えば、羨ましい。毎朝毎朝、決まった時間に起きて、学校に通う。この生活がかれこれ約十年続いているが、面倒くさくて仕方がない。


 閑話休題。とりあえず、ろくな対策も思いつかないまま、今日も俺は、あの猟奇的な転校生を相手にしなければならないらしい。


「おはようございます、ユキトさん!」

「ああ、おはよう」


 俺はちょっと後ろを覗き込んだ。そこに尻尾が生えていて、盛大に振っていてもおかしくはない。それくらいに、喜んでいる様に見えた。


 当然、周りの連中は面白くない。敵対するような眼差しを俺に向けてくる。こっちにそのつもりは、一ミリたりともないんだが。

 居心地の悪さを感じながらも、俺は自分の席に着いた。ごゆっくり、という言葉の代わりに、右の掌を上に向けて連中に突き出した。

 

 そのまま、友人たちと日課の談笑に入ろうとしたのだが――


「ユキトさん、わたくしとお話ししましょう」

 

 何を思ったか。彼女はすっと俺の方に腕を伸ばしてきて、両手でぐっと顔を挟み込んできた。そして、無理くりに首を自分の方に向ける。

 痛い、痛い。こいつ、意外と力が強いな。両のほっぺに小さな柔らかい掌の感触を感じながら、そんなことを思う。意外と奴の顔が間近にあって少しびっくりした。

 とりあえず、離せという抗議の意味を込めて、その顔をきつく睨みつける。素直に彼女は俺を開放してくれた。


「おいおい、アリスちゃん。こんなやつ、ほっとけよ」

「そうそう。アリちゃんとは話が合わないよ」


 そこに食って掛かってきたのは、柳井ともう一人、女子のリーダー格である寒河江さがえ。それは当然、俺の予想できたところではある。


 彼がチャラ男としたら、寒河江は端的に言えばギャルだ。髪色は明るいし、制服の着こなしは垢ぬけて、派手派手しい。しょっちゅう生徒指導の教師とトラブってるとか。

 性格はそこ抜けて明るく、見た目も目鼻立ちがはっきりした勝気そうな感じのする美人だがら、男子からの人気も高い。同性の友人もとても多い。

 まあ、もっとも俺にとっては苦手なタイプなんだが。まあ向こうも似たようなことを思っているだろうけど。そもそも、接点は同じクラスというだけ。


「むぅ、うるさいですね……ちょっとあっちに行っててもらえますか? 今、わたくしはユキトさんとだけお話ししてるのです」

「いやいや、そんな簡単に聞く連中じゃないだろうに――」

 

 露骨に不快な様子を見せた彼女のことを意外に思いながらも、即座に窘める。彼女が孤立するようなことになれば、もう大変だ。


 しかし、俺の心配をよそに、彼女はただじっと柳井の目を見つめていた。少しの間、時が止まった様に、教室がしんと静まり返る。


「……ああ、そうだな。そろそろ授業の準備しないと、行こうぜ、みんな」

 

 すると彼は素直に明城の頼みに従った。やけに従順だ。もっとゴネると思っていたのに。取り巻きたちも、ぞろぞろと自分たちのエリアへと帰っていく。

 随分と不思議なこともあったものだ。俺はちょっとだけ呆気に取られていた。それで、不思議そうに隣の転校性の方を見る。


 しかし――


「あの人、もしかして」


 躊躇うような姿を見せてこちらを振り返った奴が一人いた。信じられないことに、雪江だった。よく整った形の良い眉が少し寄っている。

 だがそれも一瞬のことで、次の瞬間には、何もなかったかのようにリア充集団についていった。

 

 そしてそれを見て、ぽつりと意味深な呟きを漏らす明城。


「どうかしたか?」

「いいえ、なんでもないんです。さあ、ユキトさん。楽しくお喋り、しましょ?」

 

 彼女は子どもっぽい小首をかしげる仕草をする。俺は務めて冷静にそれを受け止めた。見えないところで、ぎゅっと自らの腕をつねる。

 客観的に言えば、とてもときめくものがあった。しかし、女に言わせれば、ちょっとあざといとでもいうのかもしれない。でも、可愛いものは可愛いのだ。

 なんにせよ、結論は決まっている。


「嫌です」

 すげなく言い放った。

「……冷たいんですね、ユキトさん」

「仲良くしてくれる奴はほかにもいるだろ。昨日はどうだった?」

「何の話ですか?」

「放課後だよ。あいつらとどっか遊びに行ったんじゃないのか?」

「いいえ。ユキトさんが付き合ってくれないから、すぐに帰りました」


 今度はツンとした表情で答えた。わざとらしくそっぽまで向いて。いじけた口調は俺への当てつけだろう。

 ころころと、よくもまあ表情が変わるやつだ。静かにしているときは、落ち着いてとても大人びて見えるというのに。


 まあしかしそれは好都合というもので、俺は彼女から視線を外した。そして、ずっとこちらに背を向け続ける友人O力の方に身体を向けた。


「なあ剛、ネットのあの動画見たか――」

「ウラギリモノ、シスベシ!」


 奴はちらりとこちらを一瞥すると、すぐに元の姿勢に戻った。そして、以降俺の呼びかけに一度も応じることはなかった。

 隣から危険な気配が漂ってきたので、俺は机の中に手を突っ込んで、そこに居座りっぱなしの文庫本を取り出した。全く、普通に読書するのはいつぶりだろうか……しっくりしない思いを感じながらも、俺は本を開いた。

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