『憂い』の首位天使ネモフィリア・アルヴァーナ
濁流のように流れ出る血液、元からなかった様に抉れた身体からは不思議と痛みは感じない。
そのまま大きく後退、ネモとの距離を離す。尤も、この程度の距離など変わらないに等しいとは思うが。
「【治癒】」
魔力を巡らせ、瞬時に身体を復元する。不意打ちに対応しきることは出来なかったが、致命傷でなければ基本的に問題はない。
ライラには攻撃が向かわなかったらしい。五体満足の状態でネモを見つめていた。
「本当に、ここまで弱ってしまっていたのですね」
その言葉は心からのものであると理解が出来る。目の前の天使は、一瞬前に私の左半身を吹き飛ばしたこの天使は、本気で私の衰えを憂いているのだ。
これが彼女の在り方であり、存在理由。
それ故に、そうしなければ存在していられない。それ故に、格が違う。
全力で魔力を纏い、ネモへ向かって突っ込む。同時に辺りへと、ライラが爆発の罠を魔術で仕掛ける。
繰り出したのは最速の攻撃である、突き。しかしそれがネモへと当たる直前に、私の身体は抵抗が不可能なほど重く大きな力によって地へと叩き付けられた。そして移動するまでもないネモに罠など効く筈もない。
「ぐっ……!」
肺から空気が漏れる。呼吸が出来ない。無詠唱で回復を掛けながら大きく距離を取る。
「ライラ!」
「はいー!」
私とライラは瞬時に魔力を練り上げる。詠唱など行う時間はない。一刻も早く、強力な魔術を叩きつける必要があるのだ。
放った魔術は【瞬雷】。ライラが私に合わせることで魔力が混ざり合い、一人で放つよりも格段に威力の増した攻撃を放てる。
瞬きする時間もなく、フロアを埋め尽くした雷がネモの身体を真っすぐに貫いた。
……いや、貫いた様に、見えた。
凄まじい轟音と明滅。煙が晴れた先には、先ほどと全く変わらぬ体制で笑みを浮かべているネモの姿があった。
手ごたえはあったような気がした。
貫いたようにも見えた。
それは全て、ただの気のせいだった。
「────残念ですが、
泣くような仕草は演技か、本音か。いや、本音なのだろう。アレはそういう存在だ。
仇敵と思っていた相手が突然の弱体化。そりゃあ、まあ。多少なりとも悲しくなる気持ちも分からなくもない。
「悪いが、これも私だ。泣くなら一人の時にしてくれ、ネモ」
その瞬間確信する。これは、負け試合だ。
もし私の生きる道にシナリオがあるとしたら、この場でネモを倒し勝利することは決して無い。出来ない。そうなっているのだろう。
正直ここまで差が開いているのであれば、いくら格に差があろうと覆せるものではない。少なくとも倍以上、下手すると十倍程今の私とネモの力には違いがあると見て良いだろう。そんな状態の二人がかりなんて、たかが知れている。
ほんの少し足掻いてみたが、これ以上やっても勝てる見込みは皆無だ。それこそ万に一つ、億に一つも。
勝てない。間違いなく、勝てない。
現状ではこのまま、正に打つ手もなく緩やかに死んでいくのは明白だ。
自らの弱さに、嫌気がさす。小さく、小さく、溜息を吐いた。
であれば、使うしかない。最善かどうかは知らないが、この状況になった時点で選択肢は一つしかないに決まっていたのだ。
いや、まあ。七欲全員を集めて来たとしても、ネモという強大な個に勝てる道理は無い。力を取り戻さなければいけない以上、一か八かここに来るしかなかった。
それこそ、一発目で首位天使の中では
「そんなに弱くなったことを憂いているのなら、私が強くなるまで待ったらどうだ?それこそ、そこに有る核を私に寄越してな」
「それは────それだけは出来ません。至高なる我らの神を裏切る真似等、ネモフィリアには不可能なのです」
「まおーさまと創造神、どっちがすきなんですかー?」
「それはノア様に決まっておりますッッ!!!!ですが、それとこれとは話が違──」
「ではこの核は返してもらおうか」
「──────ッ!?」
瞬きも許されない程の一瞬。まるで最初からそこにいたかのように、ネモのすぐ後ろ、剥き出しで鎮座している核を手に取りながら告げた。
反射的に魔力塊を放ったネモだが、既に私はそこにはおらず元の場所へと戻っている。壊れるはずのない迷宮の壁は、凄まじい爆発音を響かせながら巨大な穴を開けた。
核を失ったことで、迷宮は迷宮としての機能が停止するだろう。恐らく魔物も放たず、ボスも生み出さず、宝も発生させない。ただそこに有るだけの、自然物となるのだ。
手に握られている核を見て、ネモは混乱と驚愕の混ざった表情で私を見つめる。
「な────な、ぜ。そこに。……私が姿を見失う、なんて、そんな。今のノア様の速度では、あり得ない……!」
「だが事実だろう? 現に核は私の手の中にあるんだ、認めたらどうだ」
「で、ですが! 先程まで、子が戯れる程度の鈍重さだったじゃありませんか……! 全力を出したとしても、たかが知れて……」
「ネモ。お前が私のことを知らなかった。ただそれだけの話だ」
話しながら、テレパシーでライラに転移用魔道具の準備をさせる。核を、魂の欠片を、奪われたことがショックなのか私の動きを見失ったことに動揺してるのか分からないが、すぐに攻撃をしてくる様子ない。ついさっきまで空間を満たしていた禍々しい気は形を潜めている。
それじゃあ、こんな所からはさっさとお暇するとしよう。来てすぐでなんだが、用事は済んだんだ。
「これでは、わたくしは……わたくしは……!」
「ネモ」
分からないだろうな、ネモ。魔術でも、身体能力でもなく、私だから扱える能力の事なんて。
信じたくないだろうな、相当な弱体をした私にすら圧勝できないなんて。
言葉途中でネモが私の方を向く。今にも爆発しそうな感情の渦を内に秘めながら、私の言葉を待っている。それはまるで、淡い期待のようで。
まだ彼女は、この世界とクソったれな神に囚われたままなのだ。
「次は、お前を解放してやる。待ってろ」
ライラへと転移用魔道具の起動を促す。
ライラが魔力を流すと同時に私達の身体は光の粒子となって薄れていく。
転移する直前、最後に見えたネモの表情はどこか笑っているように見えた気がした。
七欲の王〜封印から目覚めた最強魔王は神殺しを目指す〜 @shiro_3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。七欲の王〜封印から目覚めた最強魔王は神殺しを目指す〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます