第二十七話 不意

 光が収まり、私達は大きな部屋の中にいた。

 部屋と言うより、空間。そう、ちょうど十階層や二十階層のような。


 明かりは少なく、どこか不気味な雰囲気を放っている。



 そしてこの部屋の奥、奇妙な祭壇の前に、それ・・は居た。

 

 宙へと浮き、座っているかのような姿勢。

 私を見て、実に嬉しそうに浮かべる微笑み。


 背から生える、四対の羽・・・・

 

嗚呼、分かっていた。迷宮へ来る前から、ずっと。


 大きく広がる八枚の羽は莫大な魔力を纏い、神々しい輝きを放っていた。




「随分と久方ぶりで御座いますね、ノアさま」


「わざわざお出ましとは、ご苦労な事だな、ネモ」



 序列四位、『憂い』を司る天使、ネモフィリア。

 正確には、序列に加わるほどの善性を持ち、首位天使となったネモフィリア・アルヴァーナ。


 天使には幾つかの階級が存在する。人間社会の様に大げさなものではないが、明確な格の違いが生まれてくる。


 そもそも天使は善性によって8つに組分けされており、ネモの持つ『憂い』と同様に、『癒し』、『赦し』、といった具合で合計8つ存在する。


 天使は生まれた時から8つの中から選ばれた善性を持っている。


 そして、天使の階級は以前も言ったように基本的には翼の枚数、善性の力で決まる。


 一般的な者は、そのまま天使と。言ってしまえば雑務要員。

 次に階級が上になるのは、各力の頂点である首位天使。担当する善性の全てを司り、ネモがここに該当する。


 そして、圧倒的な善性に加え、世界の調和を司る序列上位三体。言ってしまえば、首位天使よりさらに格の違う存在である。これが、原初の三天使。


 最後に。この三天使を生み出した、神。至高神などとうそぶいているが、最も信用ならない。



 さて。




「この三千年、ネモフィリアは待ち続けておりました。ノアさま……いえ、魔王さまとお呼びした方が宜しいでしょうか?」


「好きにし給え」


「……ネモフィリアは、ノアさまに会いたくて、逢いたくて、愛たくて、あいたくて。……待ち望んで、おりました」



 目を伏せ、身を震わせ、涙を零す彼女の姿は、正に天使と呼んで差し支えないものであった。

 だが、内に秘めた禍々しい魔力と善性は、到底天使とは呼べないだろう、代物。


 冷や汗が流れる。


 ちらり、と横へと視線を投げると、力に当てられたライラは厳しい表情をしていた。華奢な両足も、心なしか震えている様な気がする。



「なぜでしょう? いと尊きお方。美しき我らの、ノアさま」



 まるで、こちらを見ていないかのように、一方的に言葉を紡ぐ彼女。

 その言葉は止まらない。



「ネモフィリアは悲しゅう御座います。貴女様の未来が。穢れ落ちたその身が。憂いて、おります」


「嗚呼、ノアさま。ノアさま。ノアさま。ノアさま……………………」



 その様子は、壊れた機械。目的を失った、哀れな自動人形のようであった。 


 言葉が止み、静寂が場を支配する。

 両手で顔を覆い隠したネモがゆっくりと顔を上げ、私へと視線を向けた。



 その口元は、嗤っていたような気がした。


 それは最早、勘。

 瞬間の判断、行動。なぜそう思ったのか、口にはできない。そう、感じたのだ。


 魔力を全開。己の全力をもって、その場から離れる。 



 しかし、遅かった。



 私が身体を見下ろすと、そこに左の上半身は無かった・・・・・・・・・・



 ネモの口端が裂けんばかりに吊り上げられる。


 それは余りに壮絶で、絶対的な笑みであった。




「────ではゆるやかに、絶望なさいまし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る