荷物の整理

 「ほら、二人共! 起きてよ!」


イヴがそう、皇女二人を起こすのは本日何度目だろうか。

日の傾きを見る限り、もう午前も終盤に差し掛かっているのだが、未だに双子は目を覚まさなかった。


「ああ、もう!」


それまで辛抱強く、ゆするだけで勘弁してやっていたが、そろそろ本当にダメだ。

イヴは並々水を注いだ大きなジョッキを持って、エナルとカナルをテントから引っ張り出した。


「よいしょ!」


二人の上に盛大に水をこぼすと、眠り姫たちはぱっちりと目を覚ました。


「ちょっと、なにするのよ!」


「起きないのが悪い。ほら、これからは洗濯も全部自分でやるんだから、早く起きなくちゃ」


作戦通りと笑いながら、イヴはスタスタと洞窟を出た。エナルとカナルもそれに続く。


「暖かい!」


この時期にしては少し暑すぎるくらいの気候は、二人の濡れた服を決して冷たくはしなかった。


「これなら水浴びも寒くないでしょ。洗濯と一緒に身体も洗ってきなよ」


「洗濯の仕方が分かりません、先生」


「それはそれは……。教えてあげるので一発で覚えて、あとは徐々に慣れて下さい。分かりましたか、カナル君?」


「頑張りまーす」


気の抜けたような茶番を繰り広げて、自分たちで笑ってしまった。

エナルもにこにこと笑っている。


「あ、でも俺、寝袋洗いたいから、先に水浴びだけしてきて」


「イヴも来れば?」


「危機感を持ちなさいって」


相変わらずな様子についイヴはため息をついた。

こんな無防備な少女が次期国家元首候補で、この国は大丈夫なのだろうか。そんな心配が頭をよぎる。


(まあ、よく言えば無邪気……かな)


「イヴ?」


「んあ、ごめん。なに?」


「私たち水浴びしてくるねってだけよ。考え事してたのに、ごめんなさいね」


ひらひらと手を振ってエナルが歩き出す。カナルもぴょこぴょことそれを追いかけた。


「流れがゆっくりとはいえ川だからな。気をつけろよ」


子供を送り出す親というのはこういう気持ちなのかもしれない。

やけに年上ぶって微笑んで、それからぱちんと頬を叩いた。


(エナルとカナルの荷物と俺の荷物を確認して、要らないものはどっかの町で売るか。洗濯もしたいし、思ったよりも動物の気配がないからもう一晩ここで泊まって。それから……)


ぐるぐるとイヴの頭の中は目まぐるしく回っていた。あれもこれもと欲張りすぎるのはよくないのだけど、やりたいことは尽きない。

それにティフが飛ぶのはやっぱりそれなりに目立つので、不用意に飛んで憲兵にヒントはあげたくなかった。


「寝袋の洗濯と、船の軽い掃除。食料整理と不用品の確認と、あとあの双子に色々仕込まなきゃな」


「お手柔らかにしてね」


いつの間に帰ってきたのか、イヴの独り言にカナルが笑う。


「早かったね」


「半ユラ(約30分)くらいは水浴びしてたわよ」


「そんなに! まずは二人の荷物と俺の荷物の整理からかな」


せっせとイヴは自分のらしい背負い鞄を漁っている。

エナルとカナルもそれぞれひとつずつ、肩かけ鞄を持っている。


「中に入ってるものを広げてくれる?」


イヴの指示に従って、服やらなにやらがズラッと並べられる。

イヴもその隣に並べ出した。


「流石にいいの持ってるんだね」


エナルの鞄からもカナルの鞄からもぽんぽん出てくる荷物はどれも、差し出して交換すればあばら家が買えるくらい高価なものだった。


「誰かの大事なものだったり?」


「いや? 出発前に母様が調達させたらしくて、それで頂いたものよ」


どうやら思い入れはないらしい。

イヴはつかの間、考え込んだ。


(どうにも素人が組んだ旅支度だな。いくつか売ればそれなりに楽にはなる。足がつくかな)


「……二人とも、剣は振れる?」


「よいしょっと!」


イヴが問うと、カナルが型を見せてくれた。

なるほど、訓練はされていたらしいが、それは……。


「剣じゃなくて槍の型だな」


「ダメ?」


「エナルは振れるの?」


「弓は打てなくもないけど」


二人の荷物の中には戦闘には向かない、装飾用の短剣が入っていた。

装飾用なら戦闘用よりも高く売れるだろう。


「短剣は戦闘するしないに関わらず必要なんだけど、それじゃ使いづらいと思う。売って資金にしたりしても……」


用意してくれた二人の母親にはだいぶ失礼な申し出なことは承知だったので、イヴの声は少し縮こまっていた。


「いいわよ。こんなのいつでもいくらでも手に入るもの。思い入れもないしね」


「エナルって結構エグいこと言うよね」


「そんなことないわよ!」


心外だとでも言うように、エナルはそっぽを向いてしまった。


「短剣は売るにして、細々したのはまた整理しようか。今度は洗濯するから、汚れ物全部集めて」

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