蜂蜜とお菓子

 「んー……」


「どうしたのイヴ?」


なにやら思案顔のイヴにエナルが声をかける。

イヴが見詰める先には、少年からもらった蜂蜜があった。


「運が良かったよね、蜂蜜もらえるなんてさ!」


カナルはにこにこと笑っている。

対して暗い顔のイヴと、双子の片割れの楽しそうな顔と、その温度差にエナルは苦笑いしてしまう。


「ねえ、カナル。ちょっと辛いだろうけど、ティフに速度を上げるよう言ってくれない?」


真顔で蜜の入った瓶を眺めながらイヴが言う。


「さっき上げたよ……?」


そう、ついさっき速度は上げたのだ。

日暮れまでに出来るだけ遠くに行きたいのは三人とも同じだった。


「もっと上げて。憲兵が追いつく」


「え? さっきの男の子のことを言ってるの?」


カナルは出来るだけティフの体力を残してあげておきたかった。

明日も、明後日も、飛ばなくてはならない。


「大丈夫よ。そもそもあの森、お昼を食べたところからだいぶ離れてるわよ?」


「いいから!」


叫ぶようにイヴが言った。

その声でエナルはビクッと一歩下がったし、カナルも驚いた。


「多分、あの少年、木こりじゃない」


「え?」


「さっき俺があの子の剣を弾いたろ? ああやって弾くと、弾かれた側にはそれなりの衝撃があるはずなんだけど……。あの子、ぴくりともしなかった」


カナルは首を傾げた。


「たまたまじゃない?」


「俺もその時はそう思ったよ。運良く受け流したのかなって。でも……」


「でも?」


エナルも真面目な顔でイヴの話を聞いていた。


「あの森、蜂蜜なんて作ってたかな」


「そんなの分からないじゃない!」


「気に障ったのならごめんね。蜂蜜って高価だから、昔どこの森で作ってるかを覚えたんだよ。ベル・スフィアスで作ってる場所が二、三ヶ所しかなかった」


なんだか寂しそうにイヴが言った。

エナルもカナルも、それにはうなずくしかなくて、木こりが買ってきたとも考えづらくて、下を向いた。


「ティフ。ごめんね、もうちょっと速度上げて」


カナルが呟く。

ぐうんとティフが大きく羽ばたいた。


「……ここからずうっと飛ぶよ」


「じゃあ、せっかく蜂蜜もらったし、お菓子でも作ろうか」


「その蜂蜜、食べていいの?」


あの少年が木こりじゃないとすれば国側てきのはずだ。


「私たち皆、追われる側じゃない」


エナルに同調して、カナルが頷く。

イヴは微笑んだ。


「匂いを嗅ぐ分には平気だし、皇女様が不自然死なんてしたら、国中が騒ぐだろ?」


「だから毒殺なんてしないってこと?」


「そう。大体、毒殺なんて不確かな方法を暗殺者が使うと思えない」


きゅぽんとコルクを抜いて、大きいお椀に蜜が注がれていく。


「舐めていい?」


「いいよ」


スプーンですくえば、とろとろした蜜が甘い匂いを立てた。

エナルとカナルはひと口ずつ、蜜を舐めた。


「美味しい!!」


「そりゃ良かった」


イヴもひと口舐めてみる。


「思ったより甘いね。これなら砂糖も入れなくて良さそう」


イヴはカップとお椀、スプーン、それから蜂蜜を出した。


「床下に入れれるんだね」


「小さいとはいえ昔はちゃんと海で船として使われてたからね。あっちの下は寝室になってるよ」


イヴが指差す先へ、カナルが駆けていく。

確かにそこには取っ手が付いていた。


「よいしょ!」


持ち上げると中には二段ベットがふたつ、壁に張り付いている。


「まあ、普段はテント張ってるから物置状態だけど……」


イヴはバツが悪そうに笑った。


「船内散策もそれくらいにして、お菓子作ろうか」


「なに作るの?」


「まだ内緒。二人とも、水とクルミを持って来て?」

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