双子の謂れと竜の名

 「皇女様なのに、暗殺者アサシンに殺されるの……!」


国の暗殺者ということは、王の指示に従って動くのだろう。実の娘を、暗殺者を使ってまでして内密に殺そうとしていることに、イヴは寒気を感じた。


「私たちが双子だからよ」


「双子だから、なに?」


イヴにはエナルの言葉の意味が理解できなかった。


「呪いの子。この国で双子はね、ひとつの魂をふたつに裂いた、呪いの子なんだ」


カナルが寂しそうに言う。


「普通は後に生まれた子を、生まれてすぐに殺しちゃうの。だけど私は皇女で、神の子孫であるこの国の皇女だったから、誰にも殺せないままで」


エナルもうつむいていた。

イヴは、言葉から殺されるはずだったのはエナルなんだと察した。ただまだ釈然としない気持ちもあった。


「なら今更、暗殺者を使ってまで殺さなくてもいいんじゃ……?」


「この前、異母弟おとうとが生まれたから、私たちはもう用済みなの。他に跡継ぎがいるから」


(そういえば城下はお祭りをやっていたな)


そのお祝いの裏でこんな黒いものが動いているなんて、誰が想像するだろう。

皇家の闇の深さにイヴはぞくっとした。


「よく、逃げて来れたね」


「母様が共犯だから」


にゃははと不思議な笑い声をあげるカナル。その顔は口角だけが上がっていて、不気味だった。


「逃げて、どうするつもりだったの?」


(命日が少し遅れるだけだろうに)


暗殺者は人を追って、殺すことだけに特化した者たちだ。ターゲットを殺さなければ、自分の命はない。常にギリギリの状況で、ほぼ確実にターゲットを仕留めることを、イヴ自身がよく分かっていた。


「どうせ死ぬなら足掻こうと思って。大体、私においては生まれた時に殺されなかったのすら奇跡だから」


簡単に言うエナル。カナルとそっくりな不気味な笑顔でイヴを見ていた。


「あとは大瀑布の向こう側に行きたいんだ」


「大瀑布の向こう側?」


「昔ね、宮の書架に『世界の果てに全ての願いが叶う場所があるだろう』って書いてある書簡を見つけたんだ。世界の果てってつまり、大瀑布の向こう側でしょ?」


「んー……」


さっきとはうって変わってキラキラと瞳を輝かせるカナルに、イヴは曖昧に相づちを打った。


「イヴは? なんで竜と一緒にいるの?」


今度はエナルが口を開く。


「俺たちの主人が連れてきて、俺に世話を押し付けたんだよ。色々あって、こいつ連れて逃げてきた」


それ以上は言いたくないとイヴは視線を逸らした。

竜はまだくかくかと寝息を立てている。


「そう。ねぇ、イヴ? この竜の名前は?」


「名前なんてないよ。つける必要がなかったから」


そう、と寂しそうにエナルが呟いた。

しばらくはみんな黙って、それぞれ色んなことに思いを巡らせていた。


「じゃあ、ティフっていうのは!?」


急にカナルが大声をあげた。

ぴくっと竜が片目を薄く開ける。

興奮気味に名前候補を叫ぶカナルに苦笑いしながら、イヴは言った。


「いいんじゃない? 二人が呼びやすいのでいいよ」


「ティフがいい!」


「はいはい」


なだめるようにイヴが答える。


「じゃあ、憲兵に追いつかれないうちに、行きましょう」


エナルはすっくり立ち上がって、たった今ティフと名付けられた竜によじ登る。

出発の気配を読み取ったのか、ティフはゆっくりと上体を起こすと、ふわりあくびをした。


「そういえば、イヴの目的地は?」


「えっと、実は当てがなくて……」


イヴはちろっと、わざとらしく舌を出した。

それから足早に、ティフに乗る。


「よし、出発進行!」


カナルの合図で、一同は空へと舞い上がった。

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