第82話異世界・日本風市街地にて
──さて、一方こちらは異世界サイド。
朝倉と三田村がタワマン風異世界に閉じ込められたり、朝倉がイケメンに手刀を叩きつけられたりしていたころ。
あまりなじみのない版権ゲームの構成物がぐちゃぐちゃに混ざった異世界を、チェーンソー付きの赤い車でカッ飛ばしていた笹野原たちは、しつこく彼女たちを追ってきていたデンジャラス・デイブの飛行型モンスターをすべて打ち倒すことに成功していた。
……そして、どうやらようやくデンジャラスデイブやcurumagedon 64由来のモンスターたちが追いかけてくることが出来ないエリアに入ることに成功したようである。
「なんだろ……これ……」
今の笹野原は崩れたドット絵で出来ているような地面の上に立ち尽くし、やさしげな眉に困惑を浮かべている。
なんとしても朝の始業前に現実世界へと帰るために、先を急ぐ旅である……だというのに、彼女が今わざわざ車を停めて、車から出て立ち尽くしているのには理由があった。
彼女の目の前にある立て看板のような異様な物体。
この物体を無視して通り過ぎていいのか、それとも少し調べたほうがいいのか、彼女には分からなかったのだ。
上天には灰色の妙に解像度の低い曇り空が広がり、ただ笹野原の頭上だけにぽっかりとごくごくちいさい青空が張り付いている。青一色の空に白いスプライトで表現された白い雲。ここら一帯だけ明らかに世界観が違う。
世界観が違うのは地上も同じことで、周囲は曇り空にふさわしい彩度の低い市街地が広がっているのに、笹野原が立っているおよそ五メートル四方の地面だけがドット絵の残骸が散らばっている状態なのだった。
(このへんのドット絵って、どこかで見た記憶があるんだよな……。
どう見ても異世界創造魔法で作られた、元ネタレトロゲー系の何かだよなあ……)
巨大なドット絵の立て看板にも見える『それ』は、明らかに現実世界の、それもゲーム由来のものだ。
だが、ごく若い笹野原に細かいレトロゲーの知識はない。
『それ』に触っていいのかどうかという判断さえ、彼女には不可能だった。
車で草原地帯を目指していたハズなのだが、研究員の示す方向へと走っているうちにまたゲームのマップのように地形が切り替わり、明らかに日本の地方の市街地に見えるエリアに入り込んでしまったのは、今から少し前のこと。
街は無人で、大部分の建物は一階二階建てのものばかりだった。高くても四、五階程度のビルしかない。道路はほぼ一本道で、少しでも太い道から外れて細い道路に入ってしまうと、いつの間にか行き止まりだらけの住宅街に行きあたってしまう。
街で物資探しをしても良かったのかもしれないが、日本語の看板がある日本の街のはずなのに、まるで戦場のような壁崩れや血糊、倒壊した建物などがあったため、
(日本の街っぽいけど、明らかに私の知らないゲームの世界だ……なんか嫌な感じがする……)
と思った笹野原は、車から降りて探索することもしなかった。
死ねば一発で終わりという状況で、軽率な行動をとりたくはない。
「日本の街っぽいのか?
日本の街っぽいなら眼鏡屋みたいなものは見当たらないか……?」
と、眼鏡を失っている蒔田が切実そうな声を上げたが、あいにくそれらしき看板も見当たらなかった。
道路沿いにある店のラインナップが明らかに地方のそれもかなり田舎サイド寄りなので、どこにメガネ屋があるのかもわからない。
そんな何とも不穏な雰囲気の街の中、道路に沿って走らねばならないので、四苦八苦しながらも目的の方向に進んでいたところ……空と地表に妙な「ドット絵」がある謎空間を見つけて今に至る。
周囲にはゾンビの気配も、異世界の現地人の気配さえもない。
「──夕、大丈夫か!?」
と、車の中で笹野原を待っていた蒔田が降りてくる。
ここに来るまでの過酷な戦闘によってメガネがほぼオシャカになった彼は、笹野原に「車の中で待っていてください」と言われていたのだが、どうやら焦れて出てきてしまったようだ。
彼女は彼の声にハッとした風に顔を上げた。
「……あ、私はココです大丈夫ですよ!
蒔田さんの方こそ歩いて大丈夫なんですかメガネもないのに」
「メガネがないから君の言う通り待っているつもりだったが、君がいつまで経っても車に戻ってこないから出てきたんじゃないか。
『変なものがある』とかなんとか言っていたが……一体なにがあるっていうんだ?」
彼はけげんそうな様子で笹野原に近づいてくる。
その足取りは少し危ういが、しっかり笹野原の声のするほうへと歩いてきた。
「……蒔田さん、凄いですね。視力の低い人がメガネなしに歩くのって、かなりの恐怖だって聞いたことがありますけど……」
「慣れている。
底辺高出身だって言ったろ?
学校の近隣ではボンタン狩りならぬニッカポッカ狩りやコルク狩りが横行し、校舎の中では他人の眼鏡を使ったキャッチボール大会が開催され、トイレットペーパーに火をつけて火災報知機を反応させる連中がいたような学校だったんだぞ。
無抵抗なデブのメガネのオタクなんて、どう考えても不良のオモチャにされるに決まってる。学校内での俺の地位が上がるまでは、しょっちゅうチンパンジーみたいな不良どもにメガネを取られて、蛍光灯ごと割られていた」
「……それで眼鏡なしでもそんなに歩けるんですね。悲しい慣れがあったのか……」
「過ぎた話だ。で、いったい何なんだ?」
蒔田は肩をすくめて、きょろきょろと周囲を見回す。
そして『それ』に目をとめ、眉間にしわを寄せて目を細めた。
「……大きさは二メートル四方程度、青と茶色の何か……ってところか?」
「本当にボンヤリとしか見えないんですね。
ええと、草原の真ん中にドット絵? の、お爺さんのようなものと、カウンターのようなものが描かれたペラペラの板状のものが、まるで立て看板みたいに建っているんです。
「オヤジとカウンター?」
蒔田は笹野原の声がするほうを見て、いぶかしむような表情を見せる。
彼には確か色覚障害もあるのだったな、と笹野原は思い出しながら、
「カウンターの上には黄色い花瓶入りの赤い花も乗っていますよ。
ところどころが物理的に崩れてボロボロになっているけれど、明らかにドット絵系? のゲームをもとにした異世界転移魔法で作られたものっぽいんです。
なんだかお店っぽい見た目をしているから、これを利用して何かアイテムが手に入ったりするといいんですけど」
「店か……それは確かに何かに利用できそうだが」
と、蒔田は彼のいうところの『青と茶色の何か』に目を戻す。
そして何度も首をかしげてはそれを凝視して、やがてあきらめたように首を振った。
「……駄目だ。ぼんやりとした色しか分からん。
ドット絵っぽいのか?
なんのゲームか分かればいいんだが……そういえば君はあまりレトロゲーに詳しくないんだったな」
「はい。お兄ちゃんがやっているのをチラっと見たことはあっても、やりこんだことはありません。
私にとってスーのファミはしょっちゅうセーブデータが消える忌まわしい存在だったのでほとんど自分では触っていないし、ファミに至っては見たこともありません……」
「ジェネレーションギャップだ……俺にとっての思い出のゲーム機がそんなに嫌われているとは」
蒔田はため息を一つついて、赤い車のあるであろう方向を見ながら考え込む。それにつられて笹野原も車に目を向けた。
「そういえば、あの異世界のおじさんと若い男の人は今どうしていますか?」
「どっちも寝てる。
オッサンの方は銃を使った飛行型モンスターの撃退で疲れたんだろうな。
若い方は良く分からん。
アイツの言う『魔導器』とやらの詳細について聞き出そうと思っていたんだが、どうやらアイツも疲れているみたいだ。
今はアイツらのことよりも……今は目の前にあるオヤジとカウンターの方を何とかしたいな」
蒔田は『ドット絵の何かに』目を戻し、さらに考え込む。やがてあきらめた風に首を振って、思い切った様子でこういった。
「……駄目だ。考えてみるだけではラチがあかないし、とりあえず出来ることは全部試してみよう」
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