第75話神父の説明


 地獄の軍勢たちの健闘の結果、ひとまず非実在モンスターどもの百鬼夜行状態は収まった。

 とはいえ、非常階段一帯には三田村たちが倒した化け物の死体がゴロゴロしている。歩きにくいことこの上なかった。


(……ったく。死体は消えねえのが面倒くさいよな。とはいえ少しは余裕ができたのは有り難いか……)


 三田村はまわりの様子をうかがいつつも、無意識のうちにため息をつく。

 周囲が安全なうちに血糊ちのりと油分で使い物にならなくなっていた武器を新しいナイフに持ち替えた。

 彼自身も意外に思っていることだが、ここに至るまでに三田村自身はひとつの怪我も負っていない。


 敵の気配が絶えたため、軍勢たちは笑みを交わしあいながら互いの健闘をたたえあっていた。


 ──……やはりあれらを一種のプログラム呼ばわりするのは無理があるのではないか……。


 三田村ははしゃいでいる彼らを見てどうしてもそんなふうに思ってしまう。

 と、少し離れたところにいる地獄の軍勢のうちの一人が、調子に乗って某格ゲーよろしくゾンビの背骨をフェイタリティしているのが見えたので、彼は、


「そういうのはやめろ!!」


 と、少し強めに叱責した。

 ……背骨を抜くなどという物騒なマネを、ビビりの朝倉の前でやられたらたまったものではないからだ。


(本当に人間じみた連中だよな……。与えられる指示次第では、あの警備員の爺さんを口説いていたヤツみたいにアホなNPCにもなってしまうらしいが……)


 と、思わずため息を付きながら、三田村は階段の途中でほんの少しだけ立ち止まる。

 さすがの彼も疲労の色が隠せなくなってきていた。


(……居住エリアは今の階が最後か。……ということは、ここの上にはもう展望プールしかないってことになる。

 エリカちゃん、水死体になっていなきゃいいけどなあ……)


 ──朝倉をさらったはずの錆助を筆頭に、ここにたどり着くまでにイケメンの変死体を三体も見る羽目になったせいで彼の気分は最悪だ。

 目立った外傷はないので別のモンスターにやられたわけではないらしいが、彼らの死因は未だに分からないまま……という事実が、三田村の気分をさらに悪くさせる。


(エリカちゃんはいつもいつも危ない目に遭っておきながら、なんだかんだで無傷で済む、っていう謎すぎる特性があった。だから今回もきっと大丈夫なはずだ……大丈夫だと俺が信じないでどうする……)


 そんなことを考えつつも、嫌な予感がおさまることはない。

 ……と、ふらつきながらも階段をのぼろうとした彼を後ろから観察していた神父が、ふいに口を開いてこういった。


「おい、レーズン男」

「ああ?」

「ああじゃないだろ。今のうちに私の指を何とかしてくれ。

 珍妙な形に結びおって……これでは魔物に襲われたときに為す術がないだろうが」

「仕方ねえだろ、お前は人間に危害を加える可能性があるって思ったんだからさ。

 まーその様子を見る限り、もうそんなに危ない存在でもなさそうだなぁ……って、待て待て待て待て待てちょっと待て。


『レーズン』男?」


 三田村ははたと顔を上げ、目を瞬いた。


「……今おまえ、レーズンつったか?」


 と、三田村が神父を見ると、彼は口をへの字にしつつ、珍妙な形になっている自分の手をずいと三田村に向かって突き出してくる。

 三田村は困惑気味にその手を見て、ついで神父に目を戻した。


「どういうことだ……? 俺たちがお前さんにレーズンを突っ込んで止まらない下痢に追い込んだのは『この』異世界転移じゃねえぞ。『前回の』異世界転移の時だったはずだ。


 ……まさか、前回の記憶が戻ったってことか?」


 三田村が問うと、神父は静かな顔のまま頷いた。


「そのとおりだ。

 理由は一切わからんが、先程からこの辺り一帯は代償の力で溢れている。

 その関係で、私の以前の記憶と、『生きている人間をサポートしろ』という魔術師の指令が戻ってきた。あの指令はかなり広範囲に渡って出されていたからな」

「魔術師の指令?」

「『前回の異世界転移』とお前が呼んでいる現象が起きた時に最後に我々に出された指令だ。

 つまり、お前が地獄の軍勢と呼んでいるここらへんの連中と、この私が同じ状態になった……といえる」

「……あー、つまりアナタの奴がワクチン捜索中の蒔田さんを救おうとした時に出した、指令がお前にも適応された……ってことか?」


 三田村は面倒そうな顔をしつつ神父の話を要約する。神父はそれにうなずいた。


「そうだ。魔術師の名はアナタではなくレギスという名前だったはずだが、もしアナタとレギスが同一人物を指しているのなら、お前の推測のとおりなのだと思う。

 ……そんなことより手を何とかしてくれ」


 彼はそう言いながら自分の手をグイと差し出した。

 ──両手を合わせた状態で親指同士から小指同士にいたるまで丁寧に『結束』されているのだから、確かに一刻も早くほどいて欲しくてたまらないだろう。


「分かったよわーったよ。

 ……しかし驚いたなあ。記憶が戻るなんてことがこうも頻繁に起きるとは……」


 三田村はしきりに感心しながら神父の指の結束バンドをほどいていたが、すぐに微妙な顔になって首をかしげた。


「……いや、やっぱり変だぞ。

 あの時と俺、見た目が違うハズだぜ? 前回の異世界転移の時の俺はゲームのキャラクターの外見をしていたはずだし」

「見た目が違っていても分かる。お前はあの時の青髪の男だろう?」

「……正解。なんで分かった?」

「簡単なことだ。

 私は……いや私達は、魔術科学で生み出された疑似ぎじ生命体だ。そして私達のような存在は、外見だけで相手を区別しているわけではない。」


 と、神父は自由になった指で自分の目を指差してみせる。強い印象の金色の目をしていた。


「──我々には魔力を見分ける『目』のようなものが備わっていて、人間の体内にある肉眼不可視の臓器から放たれている魔術紋まじゅつもんの違いを見分けて相手を区別しているんだ」

「……」

「……そんな胡散臭いものを観るような目で私を見るな」


 三田村の眼差しに耐えきれず、神父はついと目をそらす。そして弁解するような早口になりながら、


「むしろ『そんな特技があったのか』とありがたく思って欲しいものだな。

 我々はこの『目』のおかげで、相手との距離が離れていてもある程度の距離までは相手がどこにいるのか把握することが出来るのだぞ?

 さっきから湧いてくるバケモノどもがまっすぐにお前を狙ってくるのも、地獄の軍勢たちがお前をすぐに助けに入ることができたのも、おそらくはこの目のおかげだろうな。

 アイツらは『人を殺せ』と命令されているのだろうし、逆に私達は『人を守れ』と魔術式に命令されているから、そのように動いているというわけだ」

「……」

「だ、だから! そんな胡散臭いものを見るような目で私を見るな!!」

「いや、そうじゃなくて」


三田村は困惑気味に首を振る。


「……その遠距離からでも人を見つけられる能力? とか言うのを使ってエリカちゃんを見つけてくれれば良かったんじゃないか?

 こっちはスマホでエリカちゃんの顔をみせたりしたじゃねえか。あの時に今の話を教えてもらえれば、こっちもいちいち部屋をバールでこじ開けずに済んだんじゃ……」

「いや、さすがにあの画像だけじゃ無理だ」

「あーーーー……そうか。そうだな。

 ほら、レーズン女だよ。前にお前も会った、銀髪ツインテールの子。俺あの子を探してるんだ」

「……。……アイツか!」


 神父はしばらく考え込んだのち、目を見開いた。


「お前あんな悪趣味な女を探していたのか!? 正気を疑うぞ!」

「うるせえ!」

「人の頭をパーではたくな! 痛いじゃないか!」

「俺の職場じゃこれくらい挨拶みたいなもんなんだよ! ガムテープや灰皿じゃなかっただけありがたく思ってほしいもんだな。

 ……で、どうなんだ? レーズン女の居場所は分かるか?」


 という三田村の問いかけに、神父はしばらく目を瞬かせて考え込む。

 そしてふつりとこう一言、


「……いや……よくわからん……」

「分かんねえのかよ!」


 ここまで期待させておいて……と脱力しつつ三田村は思わず突っ込んだ。

 そして焦れたように周囲一体の地獄の軍勢たちを見回して、


「おーい! お前たちの中に、魔術紋? とかいうのを見分けられるやつはいるか!?」


 と、叫ぶ。

 するとその声に反応した地獄の軍勢たちが全員真顔で手をあげた。


「マジか! こええな!

 ……んじゃあその魔術紋とかいうのが分かる奴の中で、デドコン3の世界で銀髪ツインテールでトラックを運転していた女のことをおぼえているやつ!」


 これにも全員が手をあげた。


「マジかよ、本当にこええな!

 ……じ、じゃあ、今その子の居場所が分かるやつは……?」


 ……これには全員が手をさげた。


 そして戸惑ったように首を振りながら、口々に何事か異世界語を喋っている。


「……神父、ヤツらはなんと言っている……?」


 三田村は彼らの様子を見て目を細めて首を傾げた。


「大したことは話してないな。『あんまり覚えてない』『印象に残りにくいやつだった』『変な悲鳴を上げたりしていたことは覚えてる』といった内容だ」

「マジで大したこと喋ってねえな……」


 期待はずれだった。三田村はガックリを肩を落とす。

 残念な事実が判明した以上、ここでぐだぐだと時間を消費していい理由はもはやない。


「……さっさと上行くぞ、上」


 と、言いながら、彼は階段に足をかける。

 だが次の瞬間に、三田村は階段に転がっていた死体に足を引っ掛けて盛大にすっ転んでしまった。


「……ってえ」


 うつぶせの恰好のまま、すぐに起き上がることも出来なくなっている三田村。明らかに疲労状態だった。

 そんな彼の様子を見て、神父が呆れたようすでため息を付く。


「お前、もう少し休んだほうがいいぞ」

「うるせえ。時間がないんだよ……」


 拗ねたような口調の三田村に神父は苦笑するしか無い。


 ……と、その時、床に突っ伏したままの三田村を見て何を思ったのか、地獄の軍勢たちがワラワラと集まってきて、思い思いの回復アイテムを三田村に向かってふりかけたり薬草を千切ってちぎって体中に貼り付けるなどしはじめた。気遣ってくれたのだろう。


「……やめろお前達……回復アイテムを浪費するんじゃない……」


 三田村は彼らの気持ちを嬉しく思ったが、残念ながら元気になったりする兆しはない。


「怪我の回復や筋肉の疲労の回復までは出来ても、睡眠不足を解消する効果はないようだな」


 と、神父は苦笑を深めながらも地獄の軍勢たちの動きをやめさせた。


「レーズン男、お前はもう少し休んだほうが良い。

 それと、いつ私達の魔術式が何者かによって書き換えられて、お前の敵になってしまうかもわからない。

 ……今のうちに、伝えられるだけ伝えておくぞ」

「あ? なにをだよ」

「我々と言う存在について、だ。

 私や地獄の軍勢やここで死んでいる化け物共のような存在を、異世界の人々は『疑似生命体』、あるいは『魔獣』とも呼びならわすのだ。『ホモデウス』と呼ぶ者たちもいるが、まあこれは少数派の魔術科学狂信者共だな。

 我々魔獣は基本的に思考回路と行動のすべてを魔術式に支配され、与えられる式によって知能が虫並みにもなる時もあれば、主である魔術師と同レベルになる時もある。

 全ては魔術式次第というわけだ。

 そして、今の私や地獄の軍勢たちは後者の状態であるといえるな」

「……つまり、今のお前たちはレギスの知識と知能レベルを引き継いでいると?」

「そういうことだ」

「地獄の軍勢たちはなんで異世界語を喋ってるんだ。元は英語を喋ってたはずだぞ」

「おそらくだが、魔術師レギスにとってその方が楽だったからだろうな。


 神父は言った。


「魔術師とて万能ではない。

 時間や魔力に余裕がない時には、他の者から見ると一見奇妙に思えるような命令を出してしまうことがあるのだ。

 大体が時間か代償の力を節約しようとした結果であることが多いな。

 地獄の軍勢たちの使用言語を英語から日本語にしようとしたが難しくて、日本語にも戻せなくなってしまったからやむを得ず異世界語にしたとか、そんな感じの理由があった可能性がある」

「へえ」

「主である魔術師の命令に絶対服従し、魔術回路を魔術師と共有することによって主からの指令を即座に受け取ることが出来る……人に似て人ではないもの。それが我々という存在だ」

「……。……聞けば聞くほどよくわからんが、まあいいか。お前がそういうんならそうなんだろうな……」


 三田村はアナタ少年ことレギスの事例も思い出しつつ、疲れたようなため息を吐いた。


「……つーかお前たちにとっての記憶って、そんなに簡単にポンポン忘れたり思い出したり出来るようなものなのかよ……」

「馬鹿者。記憶の復活がそう簡単に行えてたまるものか。単純に、今この場所の代償の濃度がおかしくなっているんだ。化け物が増加したあたりから代償の量も急に増えたな」


 神父はそう言いながら嫌そうに周囲を見回す。


「……お前たちが『前回の異世界転移』と呼んでいるあの騒ぎの時に牢獄中に溢れかえっていた魔力が、今この建物の中に流れ込んでいる。

 常識では考えられない濃度、密度でだ。……こんなことが起きてしまった理由は一つしか考えられない……道が開いてしまったんだ」


 神父は注意深く周囲を見回している。


「レギスの牢獄とこの世界の間に、魔力の通行可能な道ができてしまっている状態だ。これは間違いなく異常事態だぞ。

 私の中にある知識に照らし合わせると、普通はこんな形で道は開かないはずだ。どう考えても人為的な災害だろうな」


 神父はそう結論づけて、一人ウンウンとうなずいた。

 三田村は床に突っ伏した格好のまま器用に首を振る。


「……何もかも分かんねえよ。意味が分かんねえ。こっちは朝に出社してから今に至るまでほぼノンストップで働きずくめなんだ、頭脳労働なんぞ出来るか」


 三田村はそう言って鼻を鳴らし、ゆっくりと起き上がったかと思うと、さっさと階段をのぼりはじめた。


「おい、無理をするな」


 神父が言うが、三田村は立ち止まらない。


「そうも言っていられるかよ。休んでいるうちにエリカちゃんに何かあったら死んでも死にきれねえし」


 考え事より今は朝倉の身柄の確保が先決だった。地獄の軍勢たちも三田村に従う。神父はそんな彼らを見て、ため息をつく。


「仕方のない連中だな……」


 神父は肩をすくめながらも、三田村と地獄の軍勢達に続いた。


「それにしても、私の話はそんなに分かりにくいか」

「分かりにくいというか、頭に入ってこないなあ。

 あっちの世界とこっちの世界で、会話の前提になるような常識が全然違うんじゃねえの?」

「常識……ああそうか。ひょっとして、お前たちの世界と我々の世界とでは、記憶というものの扱われ方が違うのか?

 いいか、レーズン男。魔術科学の支配する世界では、代償の力が必要とされるのだ」

「知ってる」

「代償の力が魔術科学の世界を燃料として支えているんだ。魔法を使うには何をおいても代償の力が必要だ」

「だーかーら、知ってるって。ここに来るまでに何度その話を聞いたと思ってるんだよー」


 三田村は階段をのぼりながらも彼の言葉に応えた。


「要は代償の力ってのは、ゲームやファンタジー映画で言うところの魔力みたいなものなんだろ?」

「ああ。実際に魔力と呼ばれることもあるな。

 なんにせよ、魔術を成立させる代償の力とは、生命の力そのものである。活力、感情、執着心……大体そんなものだな。

 そして記憶もこの代償の力に含まれる。厳密には記憶そのものではなく、自分の記憶をいとおしく思ったり憎んだりする『感情』が、代償の力として利用できるのだ」

「……あー、つまり、記憶自体ではなく記憶とひもづいた感情なり執着心なりが奪われると、『記憶を失った状態』になってしまうと?」

「そうだ」

「記憶そのものは脳に残っているのに?」

「そうだ」


 神父は立ち止まってうなずいた。自然と、階段を中ほどまで登った彼と三田村は踊り場で話し合っている形になる。


「頭の中に残っているのに、思い出せなくなってしまうんだ。……お前にも身に覚えがないか? 感情とは、記憶を定着させるための大切な接着剤なのだぞ。

 楽しかっただとか、面白かったとか、辛かったとか、悲しかっただとか、忘れたくないだとか……そういう感情が伴わない記憶というものは、驚くほど短期間のうちに思い出せなくなってしまうものなんだ。

 逆に、濃厚な感情と結びついた記憶は、どんなにささいなことであってもいつまでも何度でも鮮明に思い出せる。お前もそうなのではないか?」

「……いまいちピンとこねえが、そういうこともあるのかもしれないな」

「かもしれない、ではない。そういうものなんだ。

 そして記憶と結びついた感情を根こそぎ奪われてしまうと、すべての記憶を失った状態になるというわけだな」

「……。……反復練習で身についた記憶の扱いはどうなるんだとか言いたいことは山ほどあるが、まあお前たちの世界ではそうなんだな。分かったよ、そういうことでもういいよ。やっぱ常識が全然違うわ……」


『楽しかった』という記憶にひもづいた自分のエゾアカガエルにまつわる記憶を思い出しつつ、三田村は力なく頷いた。神父もそれに頷き返す。


「一度起こった出来事が消えないのと同じく、原則として人間の脳から記憶は消えないものだ。

 しかし、記憶と紐づいた感情はその人間から奪うことが出来るし、ある種の資源としても利用できる。……記憶を取り戻すには、莫大な量の代償の力を必要とするがな。

「記憶を取り戻すのが難しいのは魔術科学の世界でも同じだってことか?」

「そうだ。だから記憶が戻るなんてことが起きたらそれは尋常ではない異常事態だ」

「……今は魔法の世界でも考えにくい異常事態が起きていると思うのか?」

「ああ。……そう、そういうことなんだ。これは異常事態なんだ」


 神父は自分で自分の言ったことに納得するように頷いた。自分が説明していることの内容を、たった今実感として理解したと言いたげな様子だ。


「私の記憶が戻り、何よりここにはあの時と同じ代償の力が溢れている。あの牢獄で何が起きたか覚えているか? お前たちが住む世界と、牢獄と、魔術科学の発達した向こう側の世界……これらが一本の道でつながっていたんだ。そして、私の主がその道を断ち切った。そのはずなのに、断ったはずの道がまたつながっている。


 ……これは妙な話なんだ。


 魔術師レギスの知識に照らし合わせても、こんなことが起きるはずがないという答えしか出てこない。どんな禁呪でも、異世界同士を繋ぐことは不可能だ。少なくとも人間には出来ない」

「出来ない……? それは妙だな」


 三田村は思わず首をかしげる。

 彼の頭は疲れ切っているはずだが、映画やドラマを見るのが趣味でもある彼は、今までに聞いた話や見聞きした状況を突き合わせて矛盾点に気がつくのも早かった。


「だってさ、現に夕ちゃんや蒔田さんは今あっちに直接体ごと行っている筈で、それはつまり現実から異世界への移動が可能ってことなんじゃ……ていうか待て待て待て。

 そもそもがよく考えたら今までの異世界転移騒動と今の状態って、ちょっと違うぞ?」

「ほう、そうなのか?」

「そうなんだよ。

 熊野寺がやっていた異世界転移魔法は、人間の体を現実世界に残して精神だけを異世界に呼び寄せるとかいうやつだったんだ。異世界転移から帰還したときの俺たちはだいたい病院で目を覚ましていた。

 だけど、今の俺しろ夕ちゃんや蒔田さんたちにしろ、明らかに『自分の体ごと異世界に移動している』わけで、これはなんか別の魔法とやらの仕業なんじゃないかって」


 と、三田村がいいさした時、三田村でも神父でもない第三者の声が上から割って入ってきた。


「『それ』を可能にしたのが俺たち魔獣の偉業だったってワケさ!」


 唐突に湧いてきた『声』が聞き覚えのあるものだったので、三田村は思わずギッと声のした方向を睨みあげる。


「──玖珂か!!」

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