第74話Confession
【ケース3:トイレとケージ】
三田村がそのドアをバールでこじ開けた
「──助けてっ、トイレの水が流れないの!!」
……と、取り乱しながら三田村に飛びついてきた女性は手や顔に大きなアザを作っている。
思わずギョッとした三田村だったが、女性が元気そうだったので、表面上は平静を装いつつ自分から女性をひっぺがした。
「ええーと、トイレがなんだって?」
「トイレの水が……トイレの水が流れないんです。
お腹のゴロゴロが止まらないから早く流して続きをしたいのに、流れないからもうどうにもならないんです!」
女性は顔は完全なる絶望に染まっている。
三田村は周囲にいた地獄の軍勢たちに室内を捜索するよう
「お兄さんは警備の方ですか?
あの、来て下さって本当に助かりました……人を呼ぼうにもスマホは圏外だし、コンシェルジュも呼び出せないし、お腹の我慢は限界だしで……」
「あー、俺は警備じゃないっすね。詳しい説明……よりもトイレの方が先か。
まー見るからに部屋の中が
そりゃ水も流れないか……おねーさん。俺ちょーっとPS(パイプスペース)の方を見てくるので、待っていて下さいねー」
と、三田村は疲労が隠しきれない雑な対応をしつつも、PSを探し当てて中にあった止水栓のレバーを左に回す。
「どう? これでも流れない?」
「……流れました! よかった、これで社会的に死なずに済みます!!」
トイレが流れるお馴染みの水音とともに、女性の明るい声が響く。
部屋の中を捜索していた地獄の軍勢たちも釣られたように微笑んでいた。
ゾンビ殺しで緊迫しきっていた彼らの間に、一瞬ゆるんだ時間が流れる。
(……俺、なーんでこんなところで仕事みたいなことしてんだろ……)
三田村は長いため息をつく。
一刻も朝倉を見つけたいのに、ゾンビが
地獄の軍勢たちに協力してもらうことで捜索スピードを上げる努力はしているが、それにしたって限度があった。
(それにしても、元栓を緩めればちゃんと水は流れるのか、この世界は……)
疲労でぼやけた目をこすりつつ、三田村はそんなことを考える。
流れた水は一体どこから来たのだろうか、いや考えるだけ無駄だろうなとも彼は思った。
とりあえず、東京水道局は全く関係がなさそうだ。
(熊野寺のPCだって、無題のナントカが入っていた夕ちゃんのPCだって、電気なしで動いていたくらいだしなあ……)
と、そんなことを考えていた三田村だったが、地獄の軍勢たちが妙に大きな荷物を部屋の奥から持ってきたことに気がついて思わず嫌そうに眉をひそめた。
「おいおいおいおい、なんだよそれ……」
ドン引きしている彼の目の前でその荷物はリビングの真ん中まで運び込まれ、ドンと大きな音を立てて置かれる。
「……動物用の
「あ、それ、イノシシ用のケージらしいです」
三田村の疑問に答えたのは、トイレから出てきた女性だった。
檻もといイノシシ用のケージの中には、女性以上にアザだらけのボコボコになっているイケメンがいる。見るからに殺気立っていた。
そのイケメンを
「……この人、私がトイレにこもっている間に部屋の中に入り込んでいたみたいなんです。
私がトイレから出てきたとたん、意味の分からない言葉を叫びながら、わたしをケージに詰め込もうとしてきました。だからついボコボコに殴り倒してケージに詰めてしまって……。
全然こっちの話を聞いている感じがしなかったので、本当に怖かったです」
「そっか……ていうかよく殴り倒せたね」
「父が古武術をやっていたので」
女性は答えながらも涙目になっている。
彼女のアザはイケメンとの取っ組み合いで出来たものらしかった。
父親がなんであれ、実際に生身の人間と取っ組み合いをしなければならなかった恐怖は相当なものだっただろう。
しかも彼女は腹痛と戦いながらそれをやってのけたのだ。
「なるほど、そりゃおねーさんも大変だったなあ」
檻の中のイケメンは見るからに細身で、折りたたみやすそうな見た目をしていた。
……彼はこのままにしておいた方が良さそうだ。
「……ていうか、イノシシ用ケージ? なんでそんなもんがここにあるんだよ……」
「この人が私を詰め込むつもりで持ってきていたみたいです。ラベルにはイノシシ用って書いてありますけど、人間も入っちゃうサイズなんですね……」
おトイレはついてませんけど、と自分のお腹を抑えながら女性が笑う。
三田村はそれに頷きながら、
「乙女ゲームの登場人物だったのかねえ。
そういえば、ヒロインがイノシシ用のケージに詰め込まれて
と、遠い目になった。
「乙女ゲーム? エリカちゃん?」
「なんでもない、こっちの話。……ところでこの女の子、見かけなかった?」
三田村はそう言いながらスマホで朝倉の写真を女性に見せる。画面を
「わかりません。ずっとトイレにこもっていたので……」
「だよねえ。……分かった、協力有難う。
俺も大して状況が分かっているわけじゃないんだけど、この建物はいまゾンビのような何かが
地獄の軍ぜ……じゃないや。
この外国の人たちは必ず君を守ってくれるから、この人達と一緒に一階に避難した方がいい」
「分かりました……その、色々と有難うございます」
「どーいたしまして。
ていうか君、スマホ持ってるんだね。そのスマホ、なんかへんなアプリみたいなの入ってなかった?」
と、三田村は何の気なしに確認する。
この質問自体は今までの異世界転移で身についた彼の癖のようなもので、特に深い意味はなかった。
しかし、質問を受けた女性はスマホの電源を入れたかと思うと、三田村が思ってもいなかったとんでもないことを口に出した。
「アプリ……? は、よく分かりませんけど、へんな画面みたいなのになりました」
「えっ?」
「私、この部屋の持ち主の……玖珂さんって言うんですけど、その人から肌身離さずスマホ持ってしょっちゅう確認しておくようにって言われていたんです。多分すぐに私と連絡を取りたかったからだと思います。
それで私、トイレでもずーっとスマホを見ていたんですけど、そしたら急に画面が変わっちゃって」
「画面が……変わった……?」
三田村は思わず聞き返した。
その声は先程よりも少し震えて
「はい。変わったんです。
画面が真っ黒になっちゃって、白い英文がブワーッと出てきたかと思ったらいきなりまた元に戻って」
と、女性が全て話終わる前に、三田村は彼女からスマホをひったくった。
「えっ、ちょっ!?」
と、あわてる女性に目もくれず、彼は素早くホーム画面のアプリ群を確認する。だがすぐに『それ』がないことに気がついて、目を閉じ
(無題のアプリはない、か……良かった……)
──核だったら、殺さなければならないかもしれなかった。
無意識のうちにほっとため息をつきながら、三田村は彼女にスマホを返却する。
「いきなりスマホぶんどっちゃってごめんね……って、どうかした?」
三田村は首をかしげた。
先程まではホッとした顔をしていた女性が、少しこわばった表情でそのスマホを受け取っていたからだ。
「いえ、あの……お兄さんは優しい人だって分かっているんですけど、でも今さっきのお兄さん、ものすごく怖くて……。
多分色々あったから頭がどうかしちゃってるんだと思います。変ですよね、助けてくれた人を疑うなんて……」
と、怯えながらも恐縮する女性に対して、三田村は一瞬何かを悔いるような顔をした。
だがすぐにその表情を消して、少しだけ小さく笑ってみせる。
「……君の直感は正しいよ。
君が玖珂と、どういう経緯で知り合ってこんな所に来ることになったのかは分からない。
けど、これからは
そう言って三田村は女性を下の階に送り出す。
彼女を送り出した彼は、しばらく視線を宙にやってその場に立ち尽くしていた。
と、一連の出来事を黙って見ていた神父が口を開く。
「……お前」
「あ?」
「お前は何かを、恥じているのか?」
「うるせえ」
言いながら三田村は振り返る。
彼の目は
それが何となく気に入らず、かといって邪険にすることも出来なかったので、三田村はしぶしぶと言った様子で口を開いた。
「恥じてねえし、だーれが
……こっちは殺すか殺されるかって世界に何度も放り込まれてきたんだ。
そんな場所で自分が人を殺しまくったことについて、今更弁解したりする気はねえし」
三田村はそう言いながら、ふっと神父から目線をそらす。
「……何があっても一緒にいたい人が出来ちまったんだ。
その子の
……でもまあ多分、異世界で生き残るために人を殺してしまったって事実自体は、一生背負っていくことになるんだろうな……俺は」
と、三田村はこの話は終わりだとばかりにバールを引っさげて、さっさと次の部屋に向かう。
神父は痛ましいものを見るような表情をして彼の背中を見送った。
【ケース4:友よ安らかに】
階段を常にのぼりつづけ、タワマンの部屋を確認して回る作業はかなりの重労働である。
いくら体力オバケの三田村であっても、仕事終わりの夜中にノンストップで走り続け、ゾンビを殴り殺し、バールでドアをこじ開け続けていれば自然と体力はまた赤信号に戻っていた。
だが、顔をしかめながら荒い息をついて階段をのぼっていた彼は、階段の踊り場に転がっている人物を見て思わず声を張り上げる。
「はっ、嘘だろ? アイツ錆助か!?」
──鳳翔院錆助。朝倉を連れ去って、タワマンの上に向かって逃げていたはずの男だ。
三田村は慌てて彼に駆け寄って、体の状態を確認した。
ゾンビの数は増え続けており、地獄の軍勢たちは三田村のフォローどころではなく敵の対応で手いっぱいになっている。
よく見ると敵はゾンビだけではなく、パズルゲームのブロックやゴブリン・ドラゴンなどのオーソドックスなファンタジーゲームの敵なども混ざっているようだった。
階段エリアは上から湧き続けている敵によって乱戦の
(呼吸停止・心拍停止・
──つまり、錆助君は体から血を流してこそいないが、なぜか明らかに死んでいる。
「すげえ……イケメンも死ぬときには死ぬんだ……」
極まってしまった疲労のせいか、ぼーっとした様子で当たり前すぎる事実をつぶやいてしまう三田村。
そんな彼の限界に気づいたらしい地獄の軍勢の中の誰かが、すかさず彼に回復アイテムらしきトマトジュースをバシャアッとぶっかけてきた。
「──おいやめろ! 人体にかけても効くのかもしれねえが、ドリンク系回復アイテムを人に投げつけるのはやめろ! いったい今投げたのはどこのどいつだぁ!?」
と、三田村が階段の上をにらみあげれば、そこには敵と乱闘しつつもムスッとした顔でこちらをみおろしている地獄の軍勢Cがいた。
……前話で三田村の戦闘によって返り血を浴び、怒っていたヤツである。
Cは三田村が回復したところを見届けるとフンッと鼻息を荒げ、再び戦闘に戻ってしまった。
彼はいわゆるツンデレ属性の持ち主のようだ。
といっても、彼はツンデレと言えば連想されるような美少女ではなく、イケメンでもイケオジでもなく、あくまでモブ的な貧相さをもつ白人の中年男性なのだが……。
「お前っ……さっき謝ったじゃねーか! まだ根に持ってんのかよ、悪かったって!!」
と、その時、地獄の軍勢たちの間をすり抜けて、ファンタジー上のモンスター・ハーピーに少しだけ似ているモンスターが三田村に襲い掛かってきた。
羽の生えた美しい女のような姿をしているが、ガバっと開けた口は耳の付け根まで開き、牙と
「……ぐっ!」
三田村は流石にこのクラスの敵に対してバールで対応するのは無茶だと判断して、即座にバールを捨てて、マシンガンで対応した。
と、マシンガンによって女型のモンスターを倒したと思ったら、今度は緑色の血をしたゾンビが階段から落ちてくる。
「緑!? 別ゲーのゾンビか!?」
三田村は叫んだが、今はゾンビの正体を考えている余裕さえもない。
絶え間なく湧き続ける多種多様な敵を倒している彼の横で、結束バンドで手を拘束された状態のまま錆助君に死者への祈りをささげている神父。
「とも、すら、かに、よや……」
──意味不明な祈り文句に、ツッコミを入れる余裕もなかった。
大混戦の大混乱状態だ。
(くそっ、一体エリカちゃんはどこにいるんだよ!
つうかこれ多分、逆流してるよな……前回の異世界転移の終盤で『アナタ』から聞いたって、前に夕ちゃんが言ってた記憶があるぞ。
なーんかさっきから見覚えのあるやつばっかり見かけるし、それどころか俺がかなり前に見た記憶のある世界の敵も混ざってるし、今回も逆流してるっぽいな、これ……)
三田村は敵を倒してじりじりと次の階への入り口に近づきつつ、そんなことを考えた。
そんな彼と乱闘の様子を静かな目をして眺めつつ、神父は何事か考えているような様子を見せている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます