第52話食われ、死にかけ、勝利をもぎとる

【【【【!! CAUTION !!】】】】


 ゾンビが発生して人間を圧倒する都合上、本話では不可避かつ中程度の暴力描写があります。

 何が起こったのかはあとがきに軽くまとめたので、苦手な方は一気にスクロールしてあとがきだけ読むとハッピーかと思われます。







 鼓膜こまくを破らんばかりに響いた銃声がやみ、あたりは静寂に包まれる。


「……なんで、夕ちゃんがマシンガンを使いこなせているんだ……?」


 一連の出来事を唖然あぜんと見ていた三田村が、ようやくぽつりとそれだけ言う。

 遠方では管理者を撃った笹野原夕が何事か叫びながら彼の上に馬乗りになっているが、何を言っているのかは分からない。


「それに、姿もアバターじゃなくて元に戻っているわ……あれは一体、どういうことなの?」


 と、朝倉も首を傾げるしか無い。二人の疑問にアナタが答える。


「クマノの使っていた魔術式を利用して、ササノに『核』としての力を一部だけ移植したんだ。

 魔術式の『そのキャラクターと同等の強さを得る』って部分だけを抜き出してね。だから今のササノは、マシンガンを使うことが出来る」

「おいおいマジかよ」

「ああ……ただ、『核』として再び縛られてしまったら、元の世界に帰れなくなってしまう。

 だから、この世界にササノが『核』として補足されないように、外見は元の世界のものに戻させてもらった」

「そんなことが出来るのかよ……」


 三田村が脱力した風につぶやいた。

 そんなことがやれるならもっと早くやってくれ、といいたげだった。

 だが、アナタは三田村のそんな無言の非難の眼差しから目をそらし、素知らぬ顔で首を振る。


「そんな目で見ないでくれよ。

 俺の記憶が全て戻った今だからこそ、出来たことなんだからな。

 ……そして、この状態は決して長くは続かない。

 今、ササノがマキタを救えなければ、もう打てる策は残っていないぞ」


 アナタは厳しい顔で事態の推移を見守っている。

 その目線の先では、大怪我を負った管理者が笹野原を突き飛ばしていた。その周囲には、いつの間にやら無数のゾンビが湧いてきている。


「な……っ!? なんなのよアレ! なんでゾンビがココに居るの!?」

「マズい、あのままじゃ夕ちゃんが死ぬ! ……危険だ、割り込むぞ!」

「待て、ミタムラ!!」


加勢に入ろうとした三田村を、アナタがすばやく静止する。


「……俺は。君たち二人を守るようにササノから頼まれている。

 君の介入を認める訳にはいかない。黙ってここで見ているんだ」








 少しだけ時間はもとに戻る。

 笹野原が乱射していたマシンガンの銃声はすぐに止んだ。蒔田の手足だけを打ち抜ければ十分だったからだ。

 一瞬の間を置いて、マシンガンの乱射を受けた管理者は口からも血を吹き出し、その場にドサリと崩れ落ちた。


「──蒔田さん!!」


 笹野原はすぐに彼の元に走り寄って、仰向けにさせて自分はその上に馬乗りになる。


「蒔田さん……ごめんなさい、ごめんなさい!

 痛いですよね……苦しいですよね……でも、他にあなたを救う方法がなかったの!!

 今助けます、待ってて!」


 と、いいながら、笹野原はポケットに仕舞っていた蘇生セットを取り出そうとする。

 だがそれを管理者の左手に止められた。……注射を打つために左手だけには怪我をさせないでおいたのが裏目に出てしまったのだ。



「きゃあっ!?」

「……わ、たしに、触れるなァ!!」


 管理者は、蒔田の体をのっとっている熊野寺は、苦しげにうめきごえを上げたかと思うと、全力で笹野原を突き飛ばし、立ち上がった。



「そんな……ここまで体をはちの巣にしてもまだ動けるなんて!」


 と、地面に転がった笹野原が、蒔田を見上げて絶望的な表情になる。


「蒔田さん、お願い……動かないで! このままじゃ、蒔田さんに蘇生薬を打てないの!」

「だから触れるなと言っている! 俺は蒔田の体から出る気はない……邪魔するなら女、貴様の命もり取ってやる!!」

「抵抗をやめなさい! その体は蒔田さんの体よ。

 熊野寺さん、あなたの居場所はこの世にはもうないの……その人の体から出ていって!!」


 笹野原はまなじりを決して蒔田の体をのっとっている管理者・熊野寺を睨みあげた。

 だがすぐに、その頬をバシッと叩かれて再び地面に臥せってしまう。

 管理者の……蒔田の体から繰り出された馬鹿力を、もろに受けてしまったのだ。

 あまりの激痛に笹野原は声を失い、息をつめて地面に突っ伏した。



「……愚かだな、女とかいう生き物は。

 自分が『居場所など無い』と他人に言ったくらいで、その他人が落ち込み、言うことを聞くだろうと考えている……女ってやつはみんなそうだ。実に愚かで、みにくい」


 そう言って、管理者はわらった。


「──だが、残念だったなァ!

 だからお前は、お前たちは! 私には絶対に勝てない!!

 居場所がない? それがどうした!

 そんな当たり前な事は、とっくにこの私自身がわかっているさ!!


 私は居場所も、才能も、価値も……人とのつながりも、何一つ! 何一つ持っていない!!

 私は何も持たぬからこそ、捨て身になって全てを他人からうばいにいけるのだ!

 そんな私が……お前たちのような幸せな連中に負けるわけが、ない!!」


 そう叫ぶなり、管理者は血を吐きながらも左手を上げて、派手な光輪のエフェクトと共に自分の体の傷を全て治してしまった。


(なっ……しまった!)


 笹野原は思わず悔しげな表情になる。

 管理者がまた動ける状態になってしまったからだ。

 焦る笹野原の目の前で、彼は続けざまに「出てこい!」と鋭声とごえを上げる。

 すると、それに答えるように上空から何かが立て続けに落ちてきた。




「こ、これは……っ!?」


 笹野原は自分の周囲に落ちてきたものたちを見回して、目を見開いた。


「そんな……ゾンビ!?」

「そうだ、ゾンビだ。

 ……ゾンビゲーの世界なんかを今回作ってしまったのが運の尽きだったなあ。

 デドコン3NTの世界から、召喚しょうかんできるだけ召喚させてもらったよ。


 私は管理者だ。この異世界のルールを整えた人間だ。

 この世界でなら、この世界の中だけでなら、私はまるで神のごとく振る舞える!!」


 管理者は笑いながら叫んだ。勝利を確信した声だった。

 笹野原はあっという間にソンビに囲まれ、手足の自由を奪われてしまう。

 すべがない。


「う……!!」


続けざまにゾンビに噛みつかれる。

 肉を噛み切られる焼けるような激痛に、彼女は目を見開いて叫んだ。


「あ゛……あ゛ぁ゛あぁぁあっ!!」

「ふん、いい気味だな……そうだ。一つ、冥土の土産に教えてやろうか。

 お前たちはなあ、元々死ぬはずの人間だったんだ」


 苦しむ笹野原を満足気にみやりながら、管理者はニヤリと笑って話を続ける。

 

「お前も……他の、この世界に召喚された人間達もみな、元々は『あちらの世界で確実に死ぬ運命にあった人間』だった。

 仕事に使い潰され、疲れ切って……なんのために生きているのかもわからなくなっているような人間……そういうヤツらだけを召喚するように、俺は魔術式を設定しておいた。命の有効利用ってやつさ。


 まだ世の中に希望を持っている人間なんかをこんな場所に呼んで、異世界のための殺し合いなんかをさせたら可愛そうだろう?

 最初は共犯者を振り切って元気なヤツも呼んでみたんだが……私自身の良心が痛んでしまってなあ」


 と、笑いながら管理者は話を続ける。


「だから、元々死んだも同然のような奴らをこちらに呼ぼうと考えたんだ。

 まあ、遺族は悲しむかもしれんが……彼らは元々、死にそうなほど追い詰められいた家族を放っておいて、働かせていた連中でもある。そんなヤツらが悲しんだところで、私の胸はなにひとつ傷まない。

 ……どうだ、倫理的な配慮だと思わないか?」

「な、にが……倫理的な配慮よ……この卑怯者!」


 目を見開き、血を吐きながら笹野原は叫んだ。


「どんな属性の人間を選んでいようと、あなたが大量に人を殺した事実に変わりはないわ! 一人一人に人生があって、大切なものがあって、人と人とのつながりがあったのに……あなたはそれを全部奪い取ったの。

 それに、まだ死んでいない人間を粗末そまつに扱っていい『倫理』なんか存在しない。

 ジュネーブ宣言とヘルシンキ宣言五百万回読み直せ!!」

「まだ口を動かせる元気があるか。

 ……耳ざわりだ。さっさと死ね。

 貴様の命はどうせ助からない運命だった。

 その生命、今返してもらうぞ……この異世界維持のための、にえとしてこの俺に捧げだすがいい!!」


 と、管理者は叫んだが、笹野原は屈することを選ばない。


「……だれ、が、捧げるものですか!!」


 そう叫ぶなり、自分の歯をぎりぎりと食いしばり、死力を尽くしてゾンビの群れから、歯から、腕から逃れきった。

 セラ・ハーヴィーの身体能力を与えられていたからこそ出来たことだろう。


「ぐっ……!」


 と、笹野原は食いしばりすぎて欠けた歯を吐き出しながら、地面に転がっていた無限マシンガンを手にとった。

 それを即座そくざに構えて、容赦なく乱射する。

 けたたましい銃声にも、強すぎる反動リコイルにも、笹野原は揺らがない。

 そうして周りにいたゾンビを蹴散けちらし、管理者の足を撃って自由をうばったかと思うと、笹野原は捨て身のタックルを管理者にかまして仰向けに押し倒した。


「が……っ!!」


 ドサリと倒れた管理者に、笹野原は抵抗する時間を与えない。

 有無を言わさず馬乗りになり、眉間に銃身を突きつける。

 それだけで体を硬直させてしまった管理者を見て、笹野原は微笑した。


「──……反射神経とリアクションが完全にもやしっ子ですよ、熊野寺さん。

 健康と生存のために、毎日二十分ほどの有酸素運動ゆうさんそうんどうをおすすめします。


 ……蒔田さん!!」


 と、笹野原はマシンガンを投げ捨てたかと思うと、暴れる管理者を必死に押さえつけながらも彼の耳元に顔を近づけ……何事か、ささやいた。


「あ……?」


 彼女が何を言っているのか、管理者には分からなかった。

 だが、その声は……言葉は、蒔田には通じたらしい。

 次の瞬間、管理者は目を見開き、体の動きを止めてしまった。





「……はっ?」


 管理者は信じられない目をして、自分の体を見下ろした。

 彼の体は仰向けになったまま動かなくなっている。


 ……いや。


 厳密には、全身の筋肉を総動員して起き上がろうとしているのを、彼自身が全力で止めにかかっているように見えた。体が小刻みに震えている。


 ──何者かが、いや、まちがいなく蒔田が、管理者の動きを内部からおさえているのだ。



「な、なぜだ……なぜ体が動かないんだ!?」


 と、信じられないものを見るような目で自分の体を見ていた管理者は、次の瞬間怒気と憎悪もあらわに笹野原を見上げた。


「女、貴様……貴様、私に一体なにをしたァ!!」


 管理者は目を見開き、肺を逆様さかしまにして叫ぶ。

 笹野原は口から血を流しながらもまた笑い、垂れていた血を自分でぬぐった。



「……さあ……何をしたんだと思いますか? 何が起きたんだと思いますか?

 ……なぜ今の私の言葉で、自分の体が動かせなくなってしまったのか分かりますか?


 熊野寺さんにはもうわからないことですよ……自分の生きる場所を放棄して、このおもちゃみたいな世界の中で遊び続けることを選んでしまったあなたには、もう永遠にわからないことです!」


 と、言いながらも、笹野原は手早く片手でポケットから必要物品を取り出して、もう片方の手で蒔田の左手を押さえつけた。


「やめろ!」

「……消えてください、熊野寺さん。

 苦しいことばかりで死んでしまったことは、確かにつらかったでしょう。

 他の人間が自分より恵まれているように見えて、さぞやねたましかったでしょう。


 ……その気持は、よくわかるわ。死ぬことを選ぶ前の私だってそうだったもの。きっと生前に会っていれば仲良くなれたんじゃないか、って思うわ」

「きさ、ま……」

「……でも、だからこそ言えるの。死んで。

 自分が可哀想だからと言いながら、自分と同じような境遇の人たちを沢山殺してしまったあなたは、もう決して普通の人間に戻ることはできないの……さようなら」


 そう言って、笹野原は管理者の腕に蘇生薬を打ち込んだ。





【後書き】

管理者の猛烈な抵抗に逢い、ゾンビに食われるなどしてボロボロになった笹野原だが、アナタくんの実力底上げサポート+愛の力的なサムシングで蒔田さんの体に蘇生薬を打ち込むことに成功した!

やったぞ笹野原! しかしゾンビに噛まれたらこの世界ではどうなるのだったか笹野原!!






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