第42話笹野原の分析・前編

 私が少年『アナタ』を連れて朝倉さんの家にお邪魔すると、そこにはもう先客がいた。

 家のあるじの朝倉さん以上に主らしい顔で居座いすわって、マグカップ入りのほうじ茶っぽい液体を飲んでいる彼の名は、確か三田村京伍といったはずだ。

 目つきがやたら獰猛どうもうなのは、今日という休日を作るために、無茶な仕事をしすぎて疲れ切っているからだろうか。寝不足で気が立っている人間特有の鋭さを感じる目線だった。


「……チッ……管理者をそそのかしたアナタとかいうガキはお前か……本当に子供なんだな……。

 大人だったら一発くらい殴っても罰は当たらないかと思ったのに」


 と、三田村さんは部屋に入ってきた『アナタ』を一瞥いちべつして言いながら、こたつ机の上にドンとくまさん柄のマグカップ(たぶん朝倉さんの私物)を置いた。

 スマホ通話越しの彼とは違う、強い威圧感を感じた。下手な逃げは許さないといわんばかりの様子だ。



「――……さて、夕ちゃん。まずは言いたいことがある」


 と、三田村さんは重い声でそう言った。

 堂々たるその姿は、やり手のイケメン不動産屋というよりは、さながら家族会議前のお父さん……ここはあくまで朝倉さんちなんだけれども。


「俺は確かに、君たち二人に協力するとは言った……が、本当に異世界に行って後戻りできなくなる前に、納得のいく説明はしてもらうぞ。

 そうでなければこの話はナシだ。

 生命の危険がある以上、『こりゃ駄目だ』と判断したら、俺は君がどんなに止めても君のSSDを派手にぶっ壊したうえで、今日の休みはキャンセルして自分の仕事に戻らせてもらう。

 ……もしもあっちで全員死んだら、さすがに蒔田さんが浮かばれねえだろうからな」

「へえ、良いですよ? 受けて立ちます。あと、蒔田さんはまだ死んでません。変ないい方をしないで下さい」


 私は思わずこぶしを握って、挑むように三田村さんをにらみ上げる。三田村さんはそんな私を鼻で笑った。


「おーおー、おっかないねえ……看護師には気をつけろって先輩から聞いたことあるわ。あれかな? 君も付き合ってる彼氏を包丁で脅したりしたクチかな?」

「そんなことしませんよ。……ちょっと先日は、メタルラックのパイプを振りかぶったりはしましたけど……」

「メタルラックのパイプは振りかぶるんだ……」

「うっ、ずいぶん看護師に偏見があるみたいですけど、そういう三田村さんだって、人のこといえた職種ですか?

 いくらバイオレンスゴリラがひしめく不動産業界だからって、女の人をタワマンに監禁するなんて、ゴリラがやる行為の中でも一番最低な行為だと思います!」

「ゴリラゴリラ言うんじゃねえ! あとあれは監禁じゃねーし! 危ないと思ったからおれんちで待機たいきしてもらっただけだし……つうか家帰ったら、エリカちゃんフツーに我が物顔でココア飲みながらネトフ█で█リー観てたんだぜ!? あれは監禁じゃねえだろ、むしろ自由行動の時間だっただろ!!」

「あー私、グリ█好きなのよねー。ていうか貴方たち、なんでしょっぱなから仲悪い風なの?」


 そう言いながら朝倉さんが台所から戻ってきて、私とあなたにマグカップ入りのほうじ茶を出してくれた。

 ……と、わちゃわちゃやっている私たちを見ていた少年・アナタが、ぽつりとこうつぶやいてしまう。


「ええと、時間がないなら早く話を始めた方が良くない……?」


 あまりにまっとうな意見だ。


 ――こうして、最初の試練が始まる。







「――まず考えなければならないのが、現在の蒔田さんの体の行方です」


 こじんまりした部屋の中、こたつ机の周りに並んで座りながら、私は話を切り出した。

 会議カンファレンスなんて仕事でアホほどやっているから、喋ることならお手の物だ。


「私たちの身に起きたことをふりかえってみても、『蒔田さんの体が消えた』という現象は明らかに異常です。

 彼にだけ、何かおかしな現象が起きている……その理由をまず考えなければなりません」


 そう言って私はほうじ茶に口をつけ、再び説明を再開する。


「蒔田さんは……私が最後に会ったタイミングでは、ゲームキャラクター『桐生総一郎』の外見をしていました。

 この時点での現実世界の彼の体は、まだ消えていなかったと推測できます。

 多分同じくらいの時期に、三田村さんは突然意識を失った蒔田さんの体をなんとか安全な場所に連れて行こうとしてくれていたんですよね?」

「だなー。……体が気絶しているってことは、精神があっちの世界に言っちまったんだろうなーってことは推測出来ていたから、あの時点ではまだそこまで慌てていなかったんだよ」


 と。三田村さんは胡坐あぐらをかいた姿勢のまま肩をすくめる。


「ただ、その後に蒔田さんの現実の体も煙みたいに消えちまっただろ?

 あの時には、何が起きたのか意味が分からなかったし、正直『これはもう助からない』とも思った。異常な死に方をしたんだろうと思ったんだよ」

「……死んでませんよ、蒔田さんは。アプリには名前が残っています」

「死んでなきゃいいなと俺だって思っているさ」


 三田村さんはそう言って、飲みかけのほうじ茶を飲み干した。

 私はしばらく三田村さんをにらんだ後、机の上に目線を落としながら、話を続ける。


「……要するに、五回も異世界に巻き込まれている三田村さんにも理解できないような現象が起きてしまったんです。

 でも逆に、蒔田さんの身に何が起きたのかを考えるヒントがそこにあると思うんです。

『管理者』を殺したであろうタイミングに、現実世界での蒔田さんの体も煙のように消えてしまった……という現象は、私にも、エリカさんにも三田村さんにも起きていません」

「それは、そうだな」


 三田村さんが点頭し、私もうなずき返しながら話を続ける。


「今までの人間はほぼ例外なく『現実世界の自分の体は気絶した状態になり』、『任意のゲームキャラクターの外見を借りて』あの異世界に転移していたはずですよね?

 つまり、精神だけが異世界に転移して、体はこちらの世界にいつまでも残ることが普通だった。


 異世界で自分の精神が死んでしまったら、現実世界に残っていた自分の体も死んでしまいますが、それでも物体としての肉体は残るはずのシステムだったんです。体が残るといったって、死体という形でですけどね。


 ……で、ここで三田村さんにもエリカさんにも思い出してほしいんですけど、『管理者』の見た目はどんなのでした?」

「え?」


 と、首をかしげたのは朝倉さんだ。


「ええと、最後に観た時には気味の悪い化け物だったけど、基本的にその化け物の時にも、人間の形をしていた時も、顔だちはごく普通の日本人の若者って感じで……って、あっ!」


 息をのむ朝倉さんの隣で、三田村さんが膝を打った。


「そうか! 確かにヤツは、現実世界の体をそのまま異世界でも使っていた!

 つまりヤツは、意識だけあっちに持っていかれた俺たちとは違って、現実世界の体を異世界に持ち込んでいたってことか!?」

「そうだと考えるとつじつまが合うんです」


 私はそう言いながら静かに頷く。


「管理者? の人が配信していたっていう動画、私も一応ざっと見てみました。

 あそこまでゲームやアニメに執着があって現実の自分を憎んでいるような人が、『自分の外見』に執着があるとはちょっと考えにくいです。

 もし変えられるなら、絶対にイケメンやら美少女なんかの体に変えていたはず」

「確かに……つまり、管理者はどんなに望んでも自分の外見を変えることは出来ないってことか?」

「おそらくですが、そういうことです。

 そして多分ですが、あちらの世界で管理者を殺したことで、今は蒔田さんが管理者の立場になってしまったのではないかと思うんです。

 それで、蒔田さんの体が突然消えて、あちらの異世界に出現するという現象が起きてしまった」

「……なるほど、確かにつじつまは合う。つじつまは合うが……」


 そう言いながら、三田村さんは首を振る。


「そんなことが分かっても、蒔田さんを連れ戻す方法……というか、あっちの世界から現実世界に戻る方法が確立できなきゃ俺は異世界行きを認められないぞ。その辺は、どう説明するつもりだ?」


 その言葉に、私は思わず押し黙る。もちろん元の世界に戻る仮説は立てている。だけど、本当にその方法で戻れるのかは、自信がない。


「……核は戻れません。ですが、蒔田さんが管理者なら、管理者なら現実世界に戻ってくることが出来ますよね?」

「どうしてそう思うの?」


 と、問いかけたのは朝倉さんだ。三田村さんは苦い顔をしながらも、何度も頷いている。そして頭を掻きながら口を開いた。


「ええとだな、エリカちゃん。

 元管理者……つまり熊野寺は、かなり長い間現実世界に拠点を置いて、異世界の様子を実況する動画を撮ってはユーテューヴにアップロードしていたんだ。

 あの動画とやっていることを見ると、確かに『管理者は現実世界と異世界を行き来する能力・あるいは権限を持っている』という仮説は確かに成立する……全員が戻ってこれる保証はないがな」

「へー……」


 と、感心した風に頷いている朝倉さんの横で、私はやおら立ち上がった。

 そして玄関先に置いていたキャリーケースから、重くてゴツい機材の数々を部屋の中に運び出す。


「……というわけで、本題に入りましょうか。いまからPCを組み立てるので、お二人ともちょっと待っててください。数十分後に本物の『無題』のアプリの中身をお見せしますよ」

「なんか突然とつぜんおい█んぼみたいなことを言いだしたなオイ」





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