第31話絶望への反撃を
「ほらー、見てよ……。やーだなー、これ……」
三田村はものすごく嫌そうな顔をしながらも、
「懐中電灯で照らしても、ぜーんぜん光がどこにも届かないだろ? どこまで広がってんだよ、これ……」
三田村が言っているとおり、押し入れの上の、たかだか六十センチもない高さしか無いはずの収納スペースには、天井らしきものが全く見当たらなかった。
「この家は2階建てのはず……なんだよな?」
と、蒔田は確認するようにつぶやき、三田村の隣に立つ。
三田村は不気味さを隠しきれない様子で天袋を見上げている。
「そのはず……なんだけどねえ……。
少なくとも、こんな懐中電灯で照らしても届かないくらい真っ暗な空間が天井の上に広がっているなんてことは、通常じゃ考えられないよ」
三田村はそういったきり、しばらく厳しい顔で闇を
……が、ふと何かを思い出したような顔になって、口を開く。
「……いや、待てよ……。そういえば、俺さあ……ひょっとしたらこの空間、
「なんだって?」
「いや、なんか……俺が異世界でエリカちゃんを殺しかけていた時に、
……で、その向こう側にあったのが……一面真っ黒な何かだったんだよね。ひょっとして、これはあの時見たものと同じものなのかもしれないぞ」
三田村の言葉に、蒔田もはっと息を呑んだ。
「……そういえば確かに、あの時……セラが『管理者』に襲われて、俺が現実世界に戻ってくる
蒔田はそういったきり、
――自分たちが今立ち向かおうとしているものの得体のしれなさに圧倒され、言葉を失ってしまったのだ。
そうして少しの間、闇を見つめていた蒔田だったが、すぐにはっとした表情になり、
「三田村、あまり懐中電灯を向けないほうがいい」
と、三田村が
「え? なんで?」
三田村が首を傾げる。
「……ゾンビはここから出てきた可能性が高いだろう?
おそらく連中はデドコン3の世界の残り
もしもまだ中にゾンビどもが残っているとしたら、光におびき寄せられてこっちに来てしまいかねないぞ」
「うげっ! たしかにそりゃそうだ。天袋の引き戸は最初から開いていたわけだし、ひゃー、こええー……」
と、三田村は慌てたように首を振り、すぐに懐中電灯の光を外した。
蒔田は苦笑しながらも、
「デドコン3のゾンビは人の気配を察知して、倒せば倒すほど無限湧きしてくるっていう最低な連中でな……。そいつらを武器をズルして手に入れて倒しすぎるともっと、もっと強い敵が出てくるんだ。こんなところにミノタウロスやゾンビ戦車なんかに来られたら、新宿が血の海になってしまうな」
と、少しだけ懐かしそうな表情で言う。
「え? なんすかそれ。人の気配を察知してやってくるなんて滅茶苦茶高性能な敵っすね。ていうか最近のゾンビゲーって、ミノタウロスなんてファンタジーなものがポップするんすか?」
三田村が胡散臭げな様子で首を
「……だよな。やっぱりあのゲーム、変なゲームだよな……ゾンビゲー好きのセラは必死に弁護していたが……」
蒔田は苦笑を深めながもそう答えるしかなかった。
夜明け寸前の
蒔田は懐からセラのスマホを取り出すと、『無題』のアプリを開いて、画面を見つめた。
「……必ず助ける。もうすぐの辛抱だ……」
彼の言葉が一体誰に向けたものであるのか……考えるまでもないことだった。
「……さーて、どうするかね。俺が先に乗り込んでおこうか?」
少しだけ伸びをしながらも、三田村は蒔田に問いかけた。
蒔田はほんのすこしだけ考える
「……いや、俺が行く。俺だけが行く。三田村さんは来なくていい」
「あん? あんたは情報集めの仕事があるんだろ?」
三田村は思わず首を傾げる。だが、蒔田は前言を
「……いくらなんでも危険すぎる。半分死にかけているであろうセラを、こちらの世界に取り戻したい……という希望は、あくまで俺のわがままにすぎない。死ぬかもしれない場所まで、あんたを巻き込むわけにはいかないな」
「そ、それはそうかもしれないけどさあ……」
三田村は蒔田の言い分を否定することができず、苦しげに顔をしかめた。
廃屋に再び沈黙が降りてくる。
苦しげな様子で目を伏せていた三田村は、ふといつのまにか日が昇り、すりガラスごしにほんの
――時間がない。
いや、本当に無いわけではないが、着々と時間は経過しており、決してのんびり出来るような状況ではない。
……弱々しい日の光に照らされて舞う
その隣に立つ蒔田は目を伏せたまま、暫くの
「――三田村さん。悪いが、夕方ギリギリまで
……今を逃せば、ここにある資材は一切合切差し押さえられて、もう二度とあちらがわへ自力で行くことも、セラを取り返すことも出来ないのかもしれないのだからな」
☆
それから数時間の間、蒔田は取り
バッテリーがよく持つな……と三田村はほとほと感心したが、どうやらバックパックに予備のものを用意していたらしい。
どれだけのガジェットが蒔田のバックパックに入っているのやら、と、三田村は思わず呆れてしまう。
試しに彼が蒔田のバックパックを持たせてもらったら、それはもうメチャクチャに重かった。
こんなものを通勤ごとに持ち歩くなんて、どうかしている。天才というやつはこんなバカげたことを当然のようにやっているものなのだろうか……と、三田村は
いつの間にやら、周囲は懐中電灯が要らなくなる程度にはほの明るくなっている。隣の家との距離が極端に近いので、相変わらず暗いことには暗いのだが。
「……一応言っとくけど、三時までだよ、蒔田さん。それ以降は、俺達は何があってもこの場所にはいられない……そこんとこ、わかってる?」
腕時計を確認しながらも、三田村が念を押す。
「ああ、わかっている……もうすぐカタはつくから、心配するな」
蒔田はそう答えつつも、膝においたノートPCのモニタから目を離さない。
「もうすぐカタがつくって? ずいぶん早いな。蒔田さん、一体今何してんの?」
「……わるあがき」
「は?」
三田村は思わず眉をひそめる。
蒔田はキーボードの上でせわしなく指を動かしたまま、
「……『管理者』のPCの中の魔術に関する実験記録や『無題のアプリ』の元データを調べられるだけ調べてみたんだが……どうあっても、異世界に召喚されてしまった人間をアプリを使って元の場所に戻すような方法は実装されていないようだった。
基本的に、あれは一方通行のアプリなんだな。
それが、『核』が死に、電子端末が異世界に残る形で代償が満たされるか、一定数の人間が死んで代償が満たされるかすると、『異世界創造魔法』の術式が完了して、残りの人間は不要になるので現実世界に戻される。
あるいは『管理者』が瀕死の重傷を負うと、召喚魔術が途切れ、『代償』を満たすために呼ばれた人間たちは元の世界に帰ることが出来る……という仕組みらしい。
前回の空が割れ、管理者が化け物の姿になっていたのは、あれは管理者が『代償切れ』を起こした合図らしい。異世界を維持できなくなったんだな。それで、俺達は核を除いて現実世界に戻ることが出来たわけだ」
「……『核』が取り残されたのはなんでだ?」
三田村は思いついた疑問を口にする。蒔田は頷いて話を続けた。
「『核』は徐々に『管理者』と同化していくんだ。
「ひでえ」
「そうだな、酷い話だ。
異世界創造魔法を使うことで生まれるリスクを、管理者はすべて『核』に押し付けているようだ」
「なるほど……えーと、待って。管理者が? 核の体を乗っ取るの? 核が死んだら乗っ取れないんじゃない?」
「逆だ。核が死ななければ完全に乗っ取ることは出来ない。乗っ取るというより……死んで抜け殻になった核を管理者が吸収すると言ったイメージのほうが近いのかもしれないな。核が体内に持つ『代償』は通常の人間とはけた違いで、核が死ねば『代償』までも一気に満ちるらしい」
「へえ」
「……とにかく、今の管理者は『核』の補給なしには、あの異世界で自分の体を維持することも出来ない状態なんだ」
そう言って、蒔田はつらそうに目を伏せた。
「……おそらくあの時、管理者が代償切れをおこして、空が割れたあの時に、セラももう後戻りができないレベルで『管理者』と同化していたんだ……俺がアイツのスマホを持ったまま現実世界に戻されたから、『異世界創造魔法』が成立する要件を満たせず、辛うじてまだ首の皮一枚つながっているだけで」
「……それって、助かるのか……?」
「助かるさ。助かるに決まっている。そのために俺はここまで来たんだ」
蒔田は絶え間なく説明しつつも、キーボードを動かす手を休めない。まだ勝算が少しでもあるということだろうか。
三田村はその様子を観察しつつも、寝不足の頭を振ってシミだらけの天井を
「んー……しかし、しっくりこない話だなあ……」
「どういうことだ?」
蒔田はPCから目を離さないまま尋ねた。
「だって、しっくりこないじゃん。『管理者』はゲームのデータを『設計図』として下敷きにして、魔法の力かなんかを使って異世界を作り上げることを目的にしてるんだよね? なんでかは知らんけど。
でも、もしそれだけが目的なんだとしたら、『代償』が満たされて、ゲームのような異世界とやらが完成すれば、もう二度とこちらの人間が『代償』のために異世界に呼ばれるなんてことはないんじゃないの?」
と、三田村は肩をすくめて天井から蒔田に目線を戻した。
「……それが、どうやらそうもいかないらしい」
蒔田は苦い顔で首を振る。
「『代償』も『設計図』も、流し込んだはしから崩れて消えていってしまっているみたいなんだ。
現に、いまこの『無題』のアプリには、なんの『設計図』も残っていない……あれだけセラのスマホから、大量のデータを飲み込んだにも関わらずな。
試しにセラのスマホからもう一度同じデータを流し込もうとしてみたが、一度使ったデータはもう『設計図』に出来ないみたいだ」
「残ってないのか。それなりに大量の代償の力を得ただろうに……」
確かにもうゾンビも出てこないもんな、と、三田村は納得したような納得できていないような、なんとも言えない表情で頭をかく。
「……ダメだ。俺にはよく分からないよ。ていうかそんなに代償とやらを手に入れたいならとっとと自分で殺せばいいじゃん。なに人にやらせてんだよって感じじゃないか?」
「それは確かに、そうだな」
「だろ? よくもまあ『管理者』ってやつは、こんな生産性のないことをやろうと考えついたもんだ」
「……おそらくだが、それだけ疲れ切っていたんだろうな」
蒔田はため息を付いた。
「……例の動画の後半の管理者は、度重なる希望の見えない超過勤務でかなり消耗しているようだった。それで、救いがないと分かっていつつも、
詳細を調べる時間は、今の俺には残っていないが……まあ、俺がヤツを仕留めてしまえばすべてが終わる話だ。真相など明らかにならずとも問題はない」
そう言いながら、蒔田はバックパックからケーブルを取り出して、自分のスマホを『管理者』のPCに接続した。
「……よし、『設計図』が異世界の方に転送されたみたいだな。ついでに、セラを見つけやすい場所に移動させておこう。アイツ、
蒔田はため息を付きながらPCをパタンと閉じたかと思うと、立ち上がって三田村に小さな紙切れとスマホを手渡した。
「……これは?」
と、三田村が蒔田に問う。
「セラか今入院している病院の階と部屋番号をメモしておいた。目を覚ましたらそのスマホを渡しておいてやってくれ。
あんただと、入った瞬間に追い出されそうだから……朝倉あたりに頼んでくれてもかまわない。……セラを、いや、
蒔田はそういうなり三田村の肩をポンと叩き、天袋の中に自分のスマホを投げ込むと、積み上げられた家具に足をかけて自分も中に入ろうとした。……が、闇の中に頭が入るか入らなかったかというタイミングで、ガクリとその場に崩れ落ちる。
「……蒔田さん!」
三田村は反射的に崩れ落ちてきた蒔田を
蒔田は一瞬で気を失ってしまったようで、目を閉じたまま動かなくなってしまっていた。
「び、びっくりした、呼吸はあるのか……って、え?」
その時、なぜか人の気配を感じたので、三田村は思わず顔を上げた。
いくら目を凝らしてみても、天袋の中は闇に包まれたままで、中をうかがい知ることは出来ない。
……だが、たしかにそこに人の気配はあったのだ。
「……うっそだろ、おい……」
だれにともなく、三田村は呟く。
目の前で起きた異常事態に、もはや絶句するしか無い。
人の……蒔田のものらしき気配は即座に遠ざかり、闇の向こうから伝わってくる気配は完全に途絶えて消えた。そしてその場に残される、三田村と完全に気を失った蒔田の体。
「え……え。えええー……? なぁにこれぇ……」
三田村は思わず誰にともなく呟いたが、その言葉に答えるものはゾンビ含めてもはや誰も残っていなかった。
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