第5章 幼神獣は始末をつける

第21話 目覚めの幼神獣

 アズナヴールの灯りが消え、路地を歩く人々の影もなくなった夜。星明りが街の陰影を映す。


 壁を背にして仮眠をとっていたセレスはハッと目を見開いた。大地が揺れ動いたかのような強烈な力の波動が、ほんの一瞬だけドクンと脈打った気がした。


「ご主人様?」


 天蓋付きのベッドでアーリーンとグラシアに抱きしめられたまま眠っているはずのご主人様に声をかける。妖精族の血をひくアーリーンとグラシアも何かに気づいたのか。眠たげな眼をこすりながら身を起こす。

 しばらくして、むくりと小さな影が起き上がった。


「神獣様!」


「神獣さま……」


 ご主人様は左右のアーリーンとグラシアを眺めて、最後にセレスを正面から見据える。暗闇に光るご主人様の瞳は得も言われぬ恐ろしさを掻き立てる。


「――ご主人様?」


 ふわっとご主人様の表情がおだやかになる。


「セレス、心配させたな。もう大丈夫だ」


「いえ。お目覚めになられて何よりです」


 いつものように古代神性言語で話しはじめたご主人様にセレスはほっとする。もしかして悪神が良からぬ魔法をつかってご主人様に何かをしたのではないかと疑いはじめていたところだった。


 念のため確認をする。


名前:シズマ

Lv:32

種族:神獣

性別:女

筋力:6900000

体力:4800000/4800000

魔力:18000000/18000000

闘気:15000000/15000000

神性:310000000/310000000

器用:6800000

敏捷:7200000

反応:6700000

知力:850000

精神:1100000

魅力:9800000/9800000

備考:


 問題無さそうに見えた。


「いまの状況を教えろ」


「かしこまりました。――アズナヴールの索敵開始。……、……、……、……、……、……、取得完了。ただいまの状況を報告いたします――」


 いささか数が多い。ひとつひとつをはっきりとご主人様に説明させていただく。


「クィユ族の奴隷たち、状況変化なし、奴隷市場に囚われたままです。また、奴隷市場にて管理されていた魔獣が解き放たれ死傷者が出ています。クィユ族の奴隷たちが危険です」


「奴隷商人のヴィレムは辺境伯の城に向かって移動中、――座標取得しました。アズナヴールより逃亡する模様です」


「冒険者ギルド、奴隷市場の情報をつかんで特別依頼を掲示しています。アズナヴールにいる冒険者たちが数名依頼を受領。エルシリアが辺境伯軍とアズナヴールの帝国守備兵に伝達のため移動中、――座標を取得しました。現在地は守備兵の詰所です」


「ベイロン商会、状況変化なし。シャルリーヌの安全は確保されています」


「アズナヴールの帝国守備兵、状況……変化あり。エルシリアの要請に基づき兵士に非常招集がかけられました」


「辺境伯軍、状況変化なし。アリスター・グランフェルト辺境伯、ヴィレム・クラーセンの屋敷に確認。性奴隷としてベンロド侯爵という人物に売却されています。――以上、いかがいたしますか?」


 ご主人様はうんざりしたようにしかめっ面で天井を仰ぐ。


「一気に火噴いたな」


「はい、ただちに動く必要があるかと。それと、悪神の存在が確認されています……交戦はぜったいに控えてくださいませ」


「悪神とはなんだ?」


「かつて神話の時代に神獣や精霊神、妖精族や人族と争っていた神です。妬み、悦び、怒り、嘆き、――様々な理由で人や神を争わせ、生まれた感情を喰らって成長していく生命体です」


「悪魔みたいなもんか。懐かしいな、神父に習った……」


「そんな生易しいものではありません! 悪神は神獣を敵視しています。見つかれば殺されてしまいます。早急にクィユ族を助けだしてアズナヴールを脱出するべきです」


「エルシリアやシャルリーヌはどうする? 辺境伯は? この街は危険じゃないのか?」


「――ご主人様、悪神と出会ってしまったらすべてお終いです。全員を助けることはできません」


 非情な選択だがご主人様には決断していただかねばならない。


 悪神ゲン・ラーハは絶望と苦痛を糧に成長していく。

 クィユ族を奴隷とするように働きかけたのも、冒険者ギルドも、ベイロン商会も、辺境伯も、すべてゲン・ラーハの指示だ。奴隷商人ヴィレム・クラーセンを操って効率良く絶望と苦痛を集めるための仕掛けだったのだ。

 特にクィユ族や辺境伯は妖精族の血を引いているため、とても良質な絶望と苦痛を得られただろう。

 いったいどれほどの力を蓄えたのか想像もつかなかった。生まれたばかりのご主人様では絶対に敵うわけがない。


「悪神ね――……」


 ご主人様はすんすんと探るように空気に混じる匂いを嗅ぐ。


「脱出は却下だ。ひとまず、できることをやっていく。お前とアーリーンとグラシアは奴隷市場にいけ。オレは辺境伯を助けにいく」


「――私のナビゲートを信頼していただけないのですか?」


「オレのサポートがお前の仕事だ」


「ですが」


「安心しろ。オレはそう簡単には死なない」


「……」


 子供を殺されて、怒り狂ってマフィアのアジトに特攻して、血塗れの相打ちで死んだのはどこのどちら様ですか、と言ってやりたい。いままで相手をしてきた魔物や盗賊とは比較にならないほどの強さを持っているのが悪神だ。

 しかし、ご主人様は頑固で融通の利かない人だ。

 でなければ、殺し屋をしながら孤児を育てて病気の娼婦を養ってやることなんかしないだろう。クィユ族も、街の人も、辺境伯も、助けを求める人を放っておけない――やさしくて、バカな人だ。


 セレスはしかたなしと疲れたため息を吐く。


「承知しました、私もお供します。奴隷市場はアーリーンとグラシアだけで十分なはず。アリスター・グランフェルトを救出するにせよ、言葉がわからなくてどうするおつもりですか?」


「お前がついてきてどうすんだ。クィユ族の奴隷にはまってる首輪が解除できないだろーが」


「それは……、ご主人様も解除できないでしょうに。辺境伯に首輪がついていたらどうするおつもりで?」


「お前のやり方を見て覚えた。電子ロックを外す要領でいいんだろ」


 解呪魔法ディスペルマジックの発動方法は感覚でできるものではない。電子ロックを外す要領と語られても何とも言えないのですが――、などと心の中で宣うがセレスは考えなおす。直感的に魔法でを再現することができるご主人様であれば可能なのかもしれない。


「言葉も通じませんよ? どうやって意思疎通をするつもりですか」


「オレのわがままだ、なんとかする」


「…………かしこまりました。では、おまかせします」


「二人にも伝えてやってくれ。……腹が減ったから適当にもらうぞ」


 ご主人様はトコトコとテーブルに歩いていくと、アーリーンが買ってきたふわふわのパンに豚肉の燻製を挟むと手に取る。そしてグラシアが調理したとうもろこしとじゃがいものスープを皿に注ぐと、むぐむぐと食べはじめた。

 いつでも食べられるようにスープに火を入れておいてよかった。湯気のたつスープとお手製サンドイッチを齧るご主人様をアーリーンとグラシアがほっこりと見守っている。

 おっと、一緒になって眺めている場合ではありませんね。


「グラシア、これを使いなさい」


「……!」


 セレスは魔力等換魔法マジックガチャボックスのプチ当たりで取得した槍を取り出す。グラシアに投げてよこした。


 樹と水の妖槍ケリオラン

 妖精族の魔法使いが隕鉄より削り出して、樹と水の精霊神に力を注いでもらったと言われている、金銭的価値は天文学的な数字になるであろう世界にひとつしか存在しない世界最高峰の槍だ。

 ……本当は別の大陸の種族が神具として奉納しているはずなので二本あるとおかしいのだが、まあ、バレなければ構わない。


「つよい槍だ。いいのか、精霊神?」


「我が主を守るために使うのであれば許します」


「言われるまでもない」


「ねね、精霊神様。わたしにはないの? こういうの!」


「……これでもつけておきなさい」


「わわっ!?」


 セレスは、同じく魔力等換魔法マジックガチャボックスで手に入れたティアラをアーリーンの頭にずぽっとかぶせた。

 アーリーンは窓ガラスに映る煌めくティアラに目を輝かせる。


「すごい、綺麗……! 精霊神様、ありがとう! これはどんなすごい冠なんですか? ……って、アレ……、これ、とれない……あれ、あれ?」


「氷霊銀の宝冠、と呼ばれる魔法・闘術・神技を一撃だけ無効化するアイテムです。氷の精霊の遺骸を魔法で加工して、精霊と親和性の高い魔法銀ミスリルでコーティングして実体を保たせています。呪いのアイテムなので壊れるまで外せません」


「ええぇぇぇ――っ!? 髪、洗う時に大変ですよぅ……」


「お前が幸せな思考の持ち主で安心します」


 その他、アーリーンとグラシアにはパラメータを上昇させるアイテムを見繕って渡した。悪神と出会ってもわずかな時間であれば持たせられるはずだ。


「我が主は慈愛に溢れたお方です。もはや助けるメリットはない囚われているアリスター・グランフェルトの救出を考えておられます。そこで、二手に分かれます。アーリーンとグラシアは私と共にクィユ族の奴隷を助けに向かいます。我が主は別行動です」


 グラシアはむぅ、と小さく唸る。ご主人様の選択に不満を感じたのかもしれないが、魅了状態にあるグラシアが噛みつくことはない。こくりと頷いた。


「…………わかった。神獣さまに従う」


「神獣様、ひとりでだいじょうぶかなぁ」


 ずずーっとカップを両手で持ってスープを飲み干しているご主人様を、アーリーンが不安そうに見つめている。


「可能性は五十パーセントです。悪神は二手に分かれたどちらかを襲ってくることでしょう。悪神がもっとも倒しやすい私たちを潰すか、ひとりで行動しているご主人様を与しやすいと判断して潰すか、どちらかはわかりません――」


 ご飯を食べ終えたご主人様がトコトコと戻ってくる。


「準備は終わったか? 出発するぞ」


「準備は終わっていません、ご主人様が」


「オレが?」


 ご主人様は自分自身を見返して、……セレスに視線が戻ってくる。


「いけるぞ?」


 いけませんよ――! と叫び返してやりたいところである。

 寝起きで癖のついた髪を梳かして、流しっぱなしのロングヘアを後ろでまとめてツインテールにしてやらねば。顔も洗わないといけない。ご飯を食べたのだから歯も磨くべき。口元にパンくずついていますし。そもそも寝汗もかいているのでシャワーくらい浴びてほしい。

 そもそも服が――……、頭痛がしてきた。


「…………アーリーン、グラシア、三分でご主人様の身支度をしてあげなさい……」


「はぁい」


「……神獣さまは、まだ子供だな。それっ」


 グラシアはご主人様を抱え上げると浴場へと運んでいく。その後ろをアーリーンが苦笑いをしながらついていく。

 口をへの字に曲げたまま、ご主人様は連行されていく。


「……おいおい、急がないとまずいんじゃないのかよ……」


「最短経路はすでに用意しておりますので、七百八秒の余裕があります。まずはご準備を」


 セレスとて優先事項は理解している。

 ご主人様の身支度に割くくらいの時間の余裕はしっかりと計算されているのだった。



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