閑話 英雄の慟哭

 アリスター・グランフェルトと言う人物について説明しよう。


 やや白髪の混じり始めた金髪を後ろで束ね、鍛え上げられた細身の体にどことなく中性的な魅力を放つ中年の男性で、ロバン帝国が擁する【英雄】である。

 【英雄】の率いるグランフェルト騎士団は幾度となく他国の侵略を退け、草原を敵兵の血で染め上げてきた。近年は魔物との戦闘ばかりであるが、「アリスター・グランフェルト辺境伯のような勇敢な男になれ」、と帝国騎士の息子は育てられるほどだ。


 グランフェルト家のはじまりは古い。

 ロバン帝国の初代皇帝により国境の守護を任命され、辺境伯自ら指揮をして砦を建設した。やがて、砦を中心に街が生まれてアズナヴールが誕生したのがグランフェルト家の起源となる。


 砦の名は【ロア城塞】と命名され、今日まで一度も陥落したことのない無敵の城と国内外で語り継がれている。


 ついでに、ロア城塞についても補足する。

 ロア城塞は草原を流れる大河より水を引き込み、百メートルもの長さがある堀に囲われている。さらに、市街を守る外壁よりも数段高い城壁には連射式大型魔道弓が備え付けられており、対岸の敵をあっという間にハリネズミにする。無敵の城と言わしめるだけあって強固な造りである。

 また、強固である以外にも特徴がある。

 ロア城塞は建設されてから長い年月が経っており、増築に増築を重ねていびつな構造をしていた。かつて部屋であったところが塞がれ通路となり、使われなくなった通路は埋められたり、当主のみが知る抜け道や牢獄として利用されるようになっていった。


 ロア城塞の最下層にひとつの牢獄がある。

 かつて初代辺境伯の時代に造られた捕虜を収容するための牢獄は、長らく使われることもないままネズミと害虫の住処となっていたが……――。




***




 ロア城塞、最奥の牢獄にて。

 十七、八くらいの全裸の女が両手両足を繋がれた姿勢で宙に吊るされていた。そして、首には醜悪な金属の首輪が嵌っている。

 美しい腰まで伸ばされた金髪は埃と油に汚れ、牢獄の薄暗い明りにくすんだ輝きを放つ。女性らしい魅力的な身体つきでありながら騎士として鍛えられた肢体は、長い牢獄の生活でやせ衰えていた。

 さらに、女性であれば悲鳴を上げてしまいそうなおぞましい肉塊が全身に絡みついている。肉塊は不気味に胎動しながら全裸の女を這いまわる。


「――っ、――く、……ぁ……」


 時折、淫らに弄ぶように肉塊が全裸の女を粘液の滴る触手でねぶる。無理やり呼び覚まされる快楽に声を押し殺し、肌を這いまわる気色悪い感触にじっと女は堪えていた。


 女が顔を上げると凛々しい相貌が露わになる。

 数か月にわたり苦痛と恥辱に身体と精神を苛め抜かれて尚、誠実さと武人の勇ましさを湛えた女の瞳は健在であった。


 ふと、女はいつもとは違う気配に息をのむ。もしや、助けが来たのか? 期待と怖れを感じながら暗がりに目を凝らす。


 カツン、カツン、とはるか遠くからかすかな靴音が聞こえてくる。やがて、薄暗い灯りに照らされて一人の男が現れた。小さな魔法の灯りを手に現れたのは痩身痩躯の奴隷商人、ヴィレム・クラーセンであった。


「お前は……」


 助けに来てくれると思っていた人物とは違い、さりとて女をここに押し込めた道化師のような男でもない。

 なぜ、この男がここに――?

 訝し気な表情を見せる女にヴィレムは慇懃無礼な態度で話しかけてきた。


「お元気そうでなにより。いかがですかな、私のご用意した牢獄は」


「な―――っ!? ……っ………き、貴様が、……!?」


 牢獄の女は拘束された腕をちぎらんばかりの勢いで吼える。


「ヴィレム――ッ!!! 貴様ぁぁぁぁぁ――!!!!! 商人として気概溢れる男だと……、貴様を見込んで支援をしてやったというのに。なんたる、これが……これが、貴様の本性か!!!」


「いえいえ、当時は大変助かりました。今も忘れることなく感謝をしております。しかしながら、私は商人でございますので機を逃すわけにはいかんのですよ」


「愚か者め! 私が不在であれば辺境伯領の内政は滞る、異変に気づいた者たちがすぐさま駆けつけるわ!」


「フ、ハハハ――ッ、まるでご自身が辺境伯であるかのように語りますな。アリスター・グランフェルト辺境伯はこちらにいらっしゃいますのに」


 ヴィレムが暗がりに灯りを向けると、ゆらりと一人の男が歩み出てくる。


「な……、ん……」


 暗がりから現れた男は、誰もがであると認める男の姿である。偽辺境伯が顔に手を当てて顔、もとい【仮面】を外すとすぐさま見た目が変わる。

 牢獄の女は知らぬことだが――、【仮面】の魔道具を持つ者はクィユ族の村を襲っていた女盗賊、レギナである。


「……その魔道具を――!?」


「いやはや……存じ上げませんでしたよ。アリスター・グランフェルト辺境伯はであったなどとは。誠に勝手ながら辺境伯の歴史も調べさせていただきました。初代グランフェルト辺境伯は妖精の力を継ぐ人物であり、人族より長寿で、女しか生まれぬ家であると。ちょうど帝国の法律が変わり、男しか爵位を継げぬとなってから男の当主が現れ始める。……ククク、姿を偽る魔道具で性別を変えていたとは、これは帝国に対する反逆罪ですなぁ――」


「く……っ」


 牢獄の女、【アリスター・グランフェルト】は何も言えなかった。

 どのようにして調べ上げたのかわからないが奴隷商人ヴィレムの語ることはすべて事実である。

 初代様より秘匿し続けてきた家の事情を他人に知られてしまうとは……、先祖に顔向けできなかった。


「いったい何が望みだ……! 辺境伯に成り代わるつもりか?」


「ハハハ――、まさか! 私は商人として大成したいだけでございますよ。辺境伯様にはその礎となっていただきたい。代わりも用意しましたので問題は起こりませんよ」


「そういうことさね……。あんたの代わりはあたしがやっといてやるよ、辺境伯様」


 レギナはニヤニヤと笑いながら【仮面】をかぶり、アリスター・グランフェルト辺境伯の姿へと戻る。

 アリスター・グランフェルト辺境伯の姿で、レギナはわざとらしく口を開く。


「アリスター・グランフェルト辺境伯である私がここにいるのなら。この女はいったいどこの誰なのかな、ヴィレム殿?」


「さぁて……私にもわかりかねますな。元英雄の美しい性奴隷として販売すればよい値段がつきそうです。私が引き取っても構いませんか?」


「好きにするがいい」


「ほざけ――!!! 私の正体を知る者もいる! 私は辺境伯ではなくなるかもしれぬが、貴様らの悪事はいずれ暴かれるぞ!!!」


「もちろん抜かりありませんとも。あなたを知る者たち、門番のルーカス、執事のメイガス、侍女のミリアム、……それと、庭師のガレットでしたか。カモフラージュにいろいろ苦心していたようですが、すべて始末しました。あなたを知る者はもうこの世には一人もいないんですよ」


 眩暈がした。全身を氷水に漬けられたかのように血の気が引いた。


「ど、どう……や、って………………」


 息がうまく吸えない。ありえない、と思った。

 このような事態を想定して、アリスター・グランフェルトを知る人物は必ず生き残るように隠してきた。すべての事実を知る者を見つけ出すなど、頭の中を覗き見るようなことでもしない限り、ぜったいに……わかるはずがない。


 ヴィレムは牢獄の女の様子を眺めて、さもおかしそうに嗤う。


「近年知り合った友人が魔道具に詳しくてね。彼は何でも教えてくれるんですよ、なんでもね」


「ぅ……そ……だ……」


「嘘ではありません。――あなたは名もない元英雄の性奴隷として生きていくんですよ、これからずっとね」


 さらに追い打ちをかけるようにヴィレムは牢獄の女に告げる。


「ちょうど買い手もおります、――帝国金貨一万枚。笑いが止まらないとはこのことですよ、誰が購入したと思いますか? あのベンロド侯爵です」


「ベンロドだと!?」


 牢獄の女は露骨に顔を顰める。

 ベンロド侯爵はロバン帝国の北方領地を治める人物で、山脈の洞穴を住処にしていた蛮族を奴隷にして、広大な鉱山地帯を開発したことを皮切りに侯爵の地位まで上り詰めた男だ。年齢は確か六十くらいであったか。

 帝都の晩餐会で皇帝に間を持たれて顔を合わせたことがある。武勇と教養に優れるものの好きになれない性格をしていたため交流は避けていた。武勇だ、政治だ、と何かあれば向こうがこちらを目の敵にしてくることはあったが関わらないようにしていたのだ。


 何が好きになれないかと言えば、まず素行が気に入らない――。


 ベンロド侯爵は不始末をしたメイドや召使を、戯れに物陰に引きずり込み乱暴したり、服を汚しただのとあっさり斬り殺してしまうような残虐な男であった。目の前でメイドが殺されそうになった時は思わず割って入ったが……、あのときのベンロド侯爵の忌々しげに睨む瞳をいまでも覚えている。


 次に性格が好みでない――。


 気に入った女は権力と財力にものを言わせて街娘であろうが貴族の娘であろうが愛妾として召し抱えてしまう。

 英雄色を好むとも言うし、女好きはいいとしてだ。

 召し抱えられた愛妾を幸せにするつもりもなく、ベンロド侯爵の戯れに純潔を汚され、少しでも気に入らない行いをすれば、子飼いの魔獣の檻に放り込んで餌にしてしまうといった蛮行も聞くという。

 聞いた噂では、娘が生まれた家はベンロド侯爵領にいると危険なため遠くの親戚に預ける家が多いのだとか……。とんでもない話である。


 最後に、これは……あまり言ってはならぬことだとは思うが、見た目が気に入らない――。


 ベンロド侯爵は普通の男よりも背が高いが、でっぷりとつきでた腹から恐ろしく短い足が生えている。容貌は奇怪でギョロギョロと目玉を動かすさまは二足歩行のカエルのようであった。

 あれでいて武勇に優れるのかと疑問を覚えたこともある。しばらくして、ベンロド侯爵は自ら戦うことは得意ではないが類まれなる戦術家だと知った。ただし、兵士を大切にしない戦術を提案するためやはり好みではない。


 アリスター・グランフェルト牢獄の女は男の振りをして生きているが、身体も心も女であり、女の感性がある。ベンロド侯爵は素行も性格も見た目も何一つ好きになれなかった。


「あんな男の愛妾になどなれるか――!!!」


「ハハハハッ、これは嫌われたものですな。本日はお披露目を兼ねてご本人にも来ていただいているのですが……」


「なかなか面白い余興であったぞ、ヴィレムよ。ふん……まさかあのアリスターがこんな可愛らしい乙女だったのとはな」


 偽辺境伯レギナの後ろからのっそりと鈍重な影が現れる。脂ぎった顔が暗がりから現れて牢獄の女を舐めるように見下ろす。思わず身体を隠そうと身を捩るが拘束された体でできることなど何もなかった。


「ベンロド……!」


「勘違いするなよ、アリスター。愛妾だと? 貴様は奴隷だ! わしに跪き、媚びへつらい、糞を喰らえと命じれば地べたを這いずりゴブリンの糞を喰らう、奴隷だ!」


「なっ――!?」


「愛妾になんぞしてもらえると思っていたのか? ……貴様には数え切れぬほど恨みがあるからなぁ、ヒヒヒ……飽きるまでは相手をしてやっても良いが、ただでは殺さぬ。そうだな……わしの闘技場で飼っている魔獣どもの子を孕ませるのも悪くない。【英雄】の血を引く魔獣が生まれれば強力な兵器になる」


「…………下種め。貴様らの思い通りになどならん」


 アリスター・グランフェルト牢獄の女は決意を秘めた顔で口を開ける。そして、きれいな舌をのぞかせる。真っ白な歯がきらりと輝く。


「おや、自害なさるおつもりで。さすが騎士の模範となられるお方だ」


 ヴィレムはパチンと指を鳴らす。すると、アリスター・グランフェルト牢獄の女の身体に這いまわっていた肉塊が剥がれ落ちる。続いて両手・両足の鎖が騒々しい音を立てて解き放たれた。

 残されたのは首に嵌められた醜悪な金属の首輪だけだ。


「な――!?」


「どうぞ、お使いになられますかな?」


 ヴィレムは何のつもりか懐から取り出した短刀を檻の隙間からアリスター・グランフェルト牢獄の女へと投げ入れた。はじかれた様に短刀を拾い上げて喉元に当てる。


「なんのつもりだ……? 私が、死を恐れないとでも思っているのか?」


「やってごらんなさい、あなたが望むようにね」


 ヴィレムはおどけた調子でアリスター・グランフェルト牢獄の女を焚きつける。


 死など怖れない。アリスター・グランフェルト牢獄の女は喉に短刀を突き入れるべく力を込めた。力を、込める――。力を……。

 しかし、万力を振り絞っても短刀はピクリとも動かない。


「ぅ…………、く…………、ぅ、な……んで……」


「【英雄】の力はあらゆる状態異常を無効にしてしまうのでね。この数か月間、いろいろな魔道具を駆使して対策を取らせていただいたのですよ、フフフ。あなたはいま首輪の魔道具で自由に体を動かすことができないほどに、【英雄】の力を失った。いずれ、自由に話すこともできなくなるでしょうな。そして、意識はそのままに主の思うがまま操られる奴隷となる」


「……ぐ、ぅぅぅ、……う、動け………動け、ぇ、ぇ、ぇ……」


「無理ですよ、あきらめてください。ナイフ、危ないので返していただきますよ」


「ぁ……」


 アリスター・グランフェルト牢獄の女は、貸りたハンカチを手渡すようにあっさりとヴィレムにナイフを手渡してしまう。

 呆然とした表情でアリスター・グランフェルト牢獄の女は立ち尽くす。それを見て、ベンロド侯爵は喜悦に満ちた表情で囁いた。


「ヒヒヒ……――、愉しみにしているぞ、アリスター」


「……こ、こんなこと……許される、はず、が……ない……」


「奴隷をどのように扱おうとも主人の自由ですよ。ましてやあなたはどこの生まれかもわからない女だ。誰も守ってくれやしません」


 ヴィレムは優しく語り掛ける。


「わ、私は……アリスター・グランフェルト……」


「アリスター・グランフェルト辺境伯は、だ」


 偽伯爵が失笑する。


「そ、そしたら……わ、私は…………、……っ」


 自分が【アリスター・グランフェルト】であると誰も証明できない。どこの誰かもわからぬ奴隷の女を助けようとするものなどいない。最後に残された死を選ぶこともできない。

 そして、死ねない、ということはこれからどうなるのか。

 アリスター・グランフェルト牢獄の女はゆっくりと事実を飲み込み理解する。


「……ゃ…………いや、だ」


 パキリ、と薄氷が割れるように女騎士の矜持がひび割れる。壊れるのは一瞬だ。


 ガチガチガチ――と奥歯が震える。唇は真っ蒼に染まり、全身を這い上がってくる恐怖にガクガクと足がすくみ、痙攣するように震える足で立っていられずにその場に崩れ落ちた。


「いやだ、……いやだいやだいやだ、いやぁぁぁぁぁああああああ――!!!」


 髪を振り乱し、涙も鼻水も垂れ流し、牢獄の中で絶叫を上げる。


「誰か、だれか――、そんなのいや!!! たすけて、……だれか、たすけて――!!!」


 牢獄の女は格子にしがみつき、みっともなく悲痛な声で喚き続けた。


「やれやれ……、――黙れ」


「んう~~~!? んんんぅ――!!!?」


 ヴィレムはに命令する。すると、貝の口閉じるようにアリスター・グランフェルト牢獄の女の口は閉じられてしまった。無様に呻く声だけが牢獄に響く。


「牢獄ではお静かに。では、また来ますよ」


「勇ましい騎士であっても一皮剥けばこんなものか。ヒッヒッヒ、俄然楽しみになってきたわい……」


「…………ふぅ……、ああはなりたくもんだねぇ…………」


 ヴィレムはひらひらと手を振って必死で声なき声を上げる女を置き去りにする。ベンロド侯爵と偽辺境伯レギナも続いた。


「さて、ベンロド侯爵。アレは【英雄】の力が完全に消えればいい奴隷になるでしょう。そう日数はかからないので遊技場カジノで暇をつぶしていかれてはいかがでしょうか? サービスさせていただきますよ」


「そうだな。案内せよ」


 ヴィレムは偽辺境伯レギナへの指示も忘れない。もともと盗賊であったレギナのことはこれっぽっちも信じていない男だ。警戒は怠らなかった。


「レギナは俺の手下の官僚と組んで動け。お前は辺境伯のふりだけしてればいい」


「あいよ、旦那」


 偽辺境伯レギナもヴィレムの気持ちは当然知っている。金さえもらえれば気持ちを割り切ることは簡単だった。偽辺境伯レギナは素直に従った。


 ヴィレムとベンロド侯爵、そして偽辺境伯レギナは牢獄でむせび泣く女のことなど気にすることなく歩き去っていく。


 ロア城塞、最奥の牢獄はふたたび暗闇が包み込み。深い絶望に沈む女が一人残された。


***


 その夜、一仕事終えたヴィレムは喜びに打ち震えつつ屋敷でくつろいでいた。アリスター・グランフェルトの販売金額はヴィレムの夢を叶えるための軍資金として充分であった。


「ようやく、ここまできた。ここまできてやったぞ……フ、フフフフフ――ハハハハハハハハッ」


 これだけの資金があれば帝都に大規模な店を構えることができる。クィユ族の精霊使いの奴隷に作らせている絹の販売も順調だ。あと一歩、あと一歩でたどり着ける。


「よう、ご機嫌だねえ。ヴィレムくん」


 突然呼ばれて振り返る――、そこには派手な服をきた道化師のような男が立っていた。


「……ゲン・ラーハか。どこへいってたんだ?」


「なぁに、野暮用でね。こう見えて俺はけっこう忙しいんだ。わかるだろ?」


 ゲン・ラーハはぺちりと額を叩く。ニカニカと笑いながら居間のソファに腰を下ろす。ヴィレムはゲン・ラーハの対面に座るとグラスを渡す。琥珀色の上等な酒を注いでやった。


「……お前のおかげで夢が叶いそうだ。いろいろ助かったぞ」


「そうかい、そうかい。そいつぁよかった! めでたい話だ!」


 ゲン・ラーハは両手をパチパチ叩きながら大笑いする。

 どこかネジの外れた狂気を感じる男だが、ヴィレムはゲン・ラーハのことを信用していたし高く買っていた。様々な情報を教え、不思議な力を秘めた魔道具を大量に貸し与えてくれたのはゲン・ラーハだからだ。彼のおかげでヴィレムは想像もしないほど早く巨万の富を得るに至った。


「気分を盛り下げて悪いんだがよぉ、ちょいとやっかいな奴が街に入ってきたみたいだぜ? どうするんだい?」


「聞いている、【神獣の子供】だろう? 冒険者ギルドを解放したらしいな。あと、ベイロン商会に入り浸っていると言っていたか」


「ああ、どうするね? 厄介な相手だぜぇ」


「お前が言うのか……。わかった、偽辺境伯レギナに命令させて辺境伯軍を出そう。軍相手では盗賊のように殺すこともできないしな。抵抗したとしても捕らえられるだろう」


「ちっちっち、甘いよ甘いよぉぉぉ、ヴィレムくん。もう一押し言ってみようじゃない?」


「……そこまでなのか? わかった、この前に調教し終えたクィユの狂戦士も出そうじゃないか。アレは強い」


「おっけぇ、最高。バッチリだ。明日が楽しみだね、ああ、楽しみだ!」


 ゲン・ラーハのご機嫌な鼻歌が居間に響く。

 【神獣の子供】をどうしてそんなに警戒するのだろう、とヴィレムは考えていたが、机に積まれた金貨の山を目にして己の夢について想像していると、どうでもよくなっていた。

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