230 鍛冶作業
毎朝の日課として魔法を使い小麦を育てる。
草魔法によって散らばった無数の種を木の皮を編んで作った籠に入れていく。この小麦の種を籠に入れる作業が一番大変かもしれない。
この小麦の種を工房前まで運び、そこで魔人族の女性に渡す。彼女は猫人の料理人さんの手伝いを始めた女性だ。
その彼女が、頑張ってこの小麦の種から小麦粉に変えてくれているようだ。力任せにゴリゴリと種を潰し、ふるいにかける。非常に手間のかかる作業だが、それを彼女は手早くこなしている。このまま任せれば大丈夫だろう。
さて、と。
俺は工房の中に入る。
そしてその工房の奥にある鍛冶場に向かうと、そこでは鍛冶士のミルファクが待ち構えていた。
「さて、これから帝に鍛冶作業を教えるのさね。早く『炉』を用意するのさね」
ミルファクから分けて貰った簡易の炉を使って錬金術のようにものを作る。その作業の仕方を教えて貰う。
だが俺はその用意よりもミルファクの後ろにある窯とこれ見よがしに置かれた巨大なハンマーが気になった。
「えーっと、窯を使った鍛冶作業じゃあなくても良いのでしょうか」
俺の言葉を聞いたミルファクが小さく笑う。
「手打ちはまだ早いさね。それに魔力が余っている帝には炉を使った方が向いていると思うのさね」
むむむ。そうなのか。
改めて窯を見る。でもさ、うーん、窯で鍛冶作業って繋がらないよな。なのに、窯? 気になるよなぁ。
俺が窯を見続けているとミルファクが少し呆れたような様子で説明を始めた。
「窯の鍛冶は難しいのさね。窯で素材を溶かしぐにゃぐにゃとした、元素にまで戻す。それをこのハンマーを使って形を整えてやるのさね」
そう言ったミルファクの手にはいつの間にか巨大なハンマーが握られていた。
「あれ? いつの間に?」
「何のことさね?」
「いや、えーっと、窯の前に立て掛けてあったハンマーがいつの間に、と思ったので……」
「ああ。そこに食いつくとは思わなかったのさね。空間魔法の応用で取り寄せたのさね」
へぇーって、え?
「何を驚くことがあるのさね。帝の方が凄い魔法を使っていると思うのさね。ここからどれだけ離れているか分からない神域を繋ぐなんて、それこそ神の御技としか思えないのさね。私の空間魔法なんて手の届く範囲しか効果を及ばさないのさね」
あー。そうか、そう言われてみると俺のリターンの魔法の方が凄いような気がしてくるな。いや、でも、空間魔法だよ。プロキオンが使っているのも見たけどさ、うん、使えたら便利だよなぁ。
と、今は羨ましがっている場合じゃあないな。話を戻そう。
「えーっと、窯の扱い方はなんとなく分かりました」
まぁ、自分が考えていた使い方と全然違っていたけどさ。普通はさ、窯を使っても陶器を作るか、ピザでも焼くかくらいだと思うじゃあないか。そりゃあ、こんな魔法みたいな使い方、想像出来ないよ。やっぱり魔法みたいな力か、ああ、異世界なんだな、としか思えないよ。
「それで何を作りたいのさね。まずはイメージしやすい簡単なものからがオススメさね」
イメージしやすい簡単なもの、か。
「えーっと、では籠を作りたいと思います」
小麦の種を運ぶのに籠が欲しかったんだよな。まぁ、金属で作ると重くなってしまうかもしれないけど、でも隙間があってボロボロこぼれそうな木の皮の籠よりはマシなはずだ。それに俺は自分の怪力としか呼べない馬鹿力にはさ、うん、自信があるしさ、それに重ければ良い筋力トレーニングになりそうじゃあないか。
「へ? か、籠とは意外だったのさね」
ミルファクが驚いたように目を大きく見開いている。
「えーっと、そんなに意外でしょうか」
ミルファクが頷く。
「まずは馴染みのあるもの、例えばシンプルなナイフとかからになると思ったのさね」
ナイフ、か。いや、馴染みがあるって、俺には馴染みがないよ。ナイフが馴染みのあるものとして真っ先に出てくる世界なのか。そりゃあ、魔獣とかが普通に棲息している世界だからなぁ。まずは武器って感じなのか。
「えーっと、それでも籠でお願いします」
「分かったのさね。ただ、それだと帝が持ってきたゴーレムの素材を使うのはもったいない気がするのさね」
あー。あのゴーレムか。確かにゴーレムの素材で籠を作るのは勿体ない気がするなぁ。それに軽い金属だから、それで作った籠は鍛錬にならなさそうだ。
まぁ、でも、他に持ち込んだ素材もないし、それで良いか。ミルファクが持っている素材を使うってのも何か違う気がするしな。
「とりあえずゴーレム素材でお願いします」
「分かったのさね」
まずはやってみよう。
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