220 迷子だな

 機械の少女を抱えたまま途方に暮れる。


 帰り道が分からない。


 まず方角が分からない。


 えーっと、どっちから来たか本当に分からない。階段の向きで分かるはずだが、どの向きだったかなんて覚えていない、覚えているワケがない。


 さて、本当にどうしようか。


 偽物の太陽が消えて暗闇になっているが、光っている赤い線のおかげでそこまで暗くない。俺の目なら、このぼんやりとした赤い線だけで充分な明るさだ。にしても、赤か。なんだろう、ゲーミングパソコンとか、その辺のセンスだよな、これ。


 ……。


――[サモンヴァイン]――


 思いつきで草を生やしてみる。


 うん、草が生えた。


 暗闇に草が生えた。こうやって草を生やし続けたら、さっきまで広がっていた偽りの世界が創れるんじゃあないだろうか。あー、でも小川になるような水や太陽を創る魔法を覚えていないから再現は無理か……うん、無理だな。分かっていたことだけどさ。


 とりあえず、ここにとどまっていても仕方ない。とにかく進んでみよう。


 赤の線にそって歩いて行くか。夜目が利くから、この程度の明るさでも充分、周辺が見渡せるし、問題ないな。


 赤い光の上に乗って歩く。真下からだとほんのり光っているような明かりでも少し眩しい。


 とぼとぼと歩く。


 こっちかな、それともあっちかな。


 黙々と赤い線の上を歩く。


 俺は小川に沿ってどれくらい歩いていたかなぁ。タブレットで時間を確認しておけば良かった。後悔先に立たずだな。まぁ、でもさ、これが腕時計だったならちょくちょく時間を確認しただろうけどさ、タブレットサイズだと確認も手間だからさ、確認していなかった俺は悪くないよな。


 歩く。


 結構歩いたよな?


 一時間くらいは歩いたか?


 もっとか?


 これくらい歩けば壁が見えてもおかしくないはずなんだけどなぁ。こんなに広かったか? うーん、これは逆方向に進んでいるかもしれないな。来た道を戻るか?


 ……。


 まぁ、進めるだけ進んでみるか。行き止まったらそこからそのままぐるーっと壁沿いに歩けばいつかは戻れるだろうからさ。


 とにかく歩こう。


 黙々と歩く。


 赤い線が引かれているから、ちゃんと真っ直ぐ進んでいるか確認出来るのは大きいな。それがなかったら、ぐるぐると同じところをまわっているとと錯覚したかもしれないなぁ。その部分で不安にならないのは大きいな。


 歩く。


 歩く。


 歩く。


 黙々と歩く。


 歩く。


 歩く。


 とにかく歩く。


 歩く。


 すると向こうから見知った顔が走ってくるのが見えた。


 ん?


 あれは……。


「姉さま、探しました!」

 赤髪のアダーラだ。

「まーう」

 羽猫も一緒のようだ。


「アダーラ、何故?」

 俺は駆け寄ってきた赤髪のアダーラに声をかける。


 赤髪のアダーラは透明な壁に遮られて進めなくなっていたはずだよな? まさか偽物か? 俺は幻覚を見せられているのか?


 ……。


「姉さま、どうしました?」

「えーっと、いや、あの壁はどうしたのかと思って」

「姉さま! それが、あの後も叩き続けていたら突然消えたのです。私の力の前には耐えきれなかったようです!」

 あ、この脳筋ぶりは本人だ。


 にしても、あの後も大人しく待たずに叩き続けていたのか。本当に脳筋だ。


 でも、だ。


 多分、いや、間違いなく、透明な壁が消えたのは赤髪のアダーラが叩き続けたからじゃあなくて、この魔法で創られた世界が消えたのと関連しているよな。


「それで、姉さま、ここは何処なのでしょう? それに、それは?」

 ん?


 赤髪のアダーラは今頃になって俺が抱えている機械少女に気付いたようだ。


「えーっと、ここが何処かは分かりません。神域のどういった部分に当たるのかちょっと分かりません。この機械の少女も良く分かりません。ここで見つけたものです」

「そうなのですね。帝である姉さまが分からないのであれば、この世界の誰も分からないでしょう」

「まーう」

 そうなのか。うーん、俺は皆から。帝って言われていても帝の知識があるワケじゃあない。詳しいワケでも何か知っているワケでも無い。まぁ、今、それを言っても仕方ないな。


「えーっと、ちなみにですが、アダーラは帰り道が分かりますか?」

「姉さま、もちろんです」

 分かるのか。頭の中まで筋肉が詰まってそうなアダーラなのに分かるのか。ちょっと負けた気分になるな。


「ちなみに、どうやって分かるのでしょうか?」

 なんとなくとか言われそうだ。


「匂いです」

 へ?


 予想外の答えだ。


「この空間には匂いが殆どありません。ですが、ここには姉さまの匂いと私が歩いてきた匂いが残っています」


 ……。


 そういえば、このアダーラ、まっすぐに俺の方へ駆け寄ってきたな。そうか、匂いか。


 俺はくんくんと自分の体の匂いを嗅いでみる。そんなに臭うのだろうか。最近、まともなお風呂には入っていないし、汗臭いのかもしれない。自分自身の匂いって分かり難いからな。


 うーん。


 でもさ、匂い、か。


 ちょっとショックな言葉だよなぁ。


 ……。


 帰ったら、お風呂を作ろう。そうだ、そうしよう。後は石鹸とか作ってみるか。海があるから、石鹸くらいは作れるんじゃあないだろうか。


 ちょっと頑張ってみるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る