205 帝国神話

 閉じられた暗闇の中、何かが起動するかのような音とともに光が灯る。


 そして一気に視界が広がる。


 閉じられた鎧の中に外の景色が映し出される。全方位に映し出されたパノラマの中に自分の体が浮かんでいる。


 手を動かす。


 それに合わせるかのようにゴーレムの腕が動く。指を動かす。ゴーレムの指も動く。


 そういうことか。


 左手を動かす。ゴーレムの左手が持っている弓を構えるように体を動かしていく。右手を、弦を持つように動かす。すると実際の右手に何かをつかんでいるかのような感触が感じられた。感触も再現しているのか。感覚が鈍らなくて良いな。


 弦を引く。


 弓が引き絞られていく。


 しなる。


 手を放す。


 弦が鳴る。


 ……。


 ……。


 ……。

 ……。


 だが、それだけだ。


 ……当たり前だけどさ、矢がないと駄目だな。


 自分の腕を――ゴーレムの手を動かし、弓を見る。十メートルを越す太く巨大な弓だ。矢も巨大な物が必要になるだろう。


 この規模の矢になると、手に入れるのが――作るのが大変だな。


 いや、それでも凄い。凄いぞ。


 何というか自分の中から力がいくらでも湧いてくるような気分になってくる。ゴーレムの持っている巨大な力が自分の中に流れ込んできているかのようだ。


 これは凄い!


 んで、だ。


 これ、ゴーレムって言われていたけどさ、ゴーレムというか、鎧というか、ぶっちゃけて言うとパワードスーツみたいなものだよな。もっと言えば、搭乗型のロボットか。これを作ったヤツは何を考えているんだ。馬鹿じゃないのか。もうね、凄い浪漫を感じる。これさ、弓のゴーレムを起動したワケだけど、こういう風に扱えるゴーレムならさ、最初から持っている弓にこだわる必要はないよな? 初期武装にこだわる必要はないはずだ。自分で動かすなら何を使っても良いはずだ。ただまぁ、そうなると、このゴーレムの大きさに合わせたサイズの武器が必要になるな。


 十数メートルクラスの巨大なゴーレムに持たせる武器、か。巨大武器は浪漫だけど、作るのは大変すぎるよなぁ。


 それは、うん、鍛冶士のミルファクに頑張って貰おう。


「帝よ、大丈夫なのですか!」

 酷く慌てた様子のプロキオンの声が聞こえる。あー、プロキオンからしたら俺がゴーレムに吸い込まれた……というか、喰われたみたいに見えるか。


 人の遺産を使うイケニエに対抗できる唯一の存在のはずの俺が居なくなれば、魔人族のプロキオンたちの負けは確定みたいだからな。それは避けたいだろう。


 向こうからしたら一大事だな。


 まぁ、そういうことを抜きにして、この慌て方は……普通に俺のことを心配してくれている感じはするけどさ。


 とりあえず、このゴーレムの中から出るか。


 俺の意識を感じ取ったのかゴーレムが膝を付く。広がっていたパノラマが消え、暗闇に閉ざされる。そして、鎧の胸部が開く。


 ひょいっと俺の体が鎧の中から放り出される。しゅたっと片膝をつくような姿勢で腕を伸ばし、格好よく着地する。


 ちょっとヒーローになったかのような気分に浸れる着地だ。


「帝よ、大丈夫なのですか」

 プロキオンにしては珍しいくらい慌てているな。

「えーっと、大丈夫です。これ、ゴーレムというか、巨大な鎧ですね」

「ひひひ、鎧かね」

「はい。これ、全部真銀とやらで作られているんですよね? その巨体から繰り出される力は凄いと思います。一体でも充分過ぎる戦力のような気がします」

 だなぁ。


 このゴーレムで軽く殴ったら、そこらの魔獣なんてあっさりミンチになるんじゃあないだろうか。それだけの力を感じた。


 これがあればイケニエさんたちと戦うのも、その力を見せて交渉を有利にするのも、簡単なんじゃないだろうか。


 ……。


 いや、違うか。


 向こうにもこれと同じくらいの物があると思った方が良いのか。このゴーレムの中に入った時、それだけで全能感のような力を感じた。


 人の遺産、か。


 人の残した遺産。それが一個や二個しか残っていないってことはないだろう。つまり、これくらいの力の物が向こうには大量にあると思った方が良い。そりゃあ、プロキオンやウェイが危険だと思うワケだよ。


 だから……。


「ゴーレムが手に入りました。その力を感じて、ウェイがイケニエを恐れた理由が良く分かりました。これだけでは足りないかもしれません。皆で、ここで力を合わせましょう」


 皆で力を合わせれば、なんとかならないことはないだろう。


 なんとかなるなる。


「ひひひ、そうさね。神話をなぞり、かつての帝が行ったように、各種族が協力して国を作るのだね」

「うむ。帝による国、帝国の誕生だな。神話の再現とは面白い」

 何故か天人族のアヴィオールがまとめる。アヴィオールは本当に無駄に偉そうだよな。


「ええ。それは良いですね。帝による建国ですよ」

 魔人族のプロキオンが感極まったように瞳を潤ませていた。意外だ。


「姉さま! ここから姉さまの神話が生まれるのですね!」

 赤髪のアダーラが両手を胸元で握り合わせてとろけたような表情をしている。大丈夫か?


「ふふ、帝を見ていると飽きないさね」

「まーう」

 鍛冶士のミルファクにはこれからもがんがんお世話になりそうだ。


 にしても建国、か。


 それも悪くない、な。


 ここを自分たちの国だと言えば、もう、そこは国だ。


 人の遺産を扱うイケニエと対抗するため、ここで力を付けよう。


 国を大きくしよう。


 ここからはじめよう!

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