199 昔の話

 逃げ切れた、か。


 あの少年は――少年たちは逃げないと駄目なほどの相手なのか?


 とにかくだ。


「えーっと、ウェイ、教えて貰っても良いだろうか?」

 俺は蟲人のウェイに話しかける。この機会だ、とにかく色々と教えて貰おう。だが、それを邪魔するものが居た。

「なぁ、おい! ここって……」

 赤髪のアダーラだ。アダーラが驚き、叫び、キョロキョロと周囲を見回している。


「ひひひ、赤髪、そうだよ。ここが神域だよ」

「なんだって!」

 蟲人のウェイの言葉を聞いたアダーラが驚きの声を上げる。それを聞いたウェイは何処か得意気だ。


 ……何でウェイが得意気なんだよ! って、そうじゃあなくて!


「姉さま! 少しここを! 探索してもよろしいですか!」

 赤髪のアダーラが尻尾でも見えそうな勢いでこちらに迫る。

「あ、えーっと、まだ殆ど探索できていないので危険が……」

「望むところです!」

 あ、はい。何だろう、逆にワクワクしているって感じだな。


 キョロキョロと不安気に周囲を見回していた獣人たちの表情が一気に引き締まる。あー、これ、無理矢理付き合わされると覚悟を決めた感じだな。


「あ、私は行きませんよ」

 猫人の料理人さんは一緒に行かないようだ。その方が良いだろう。せっかくの料理人が怪我でもして料理が出来なくなりました、なぁんて事態になったら大変だからな。

「何だと!」

 だが赤髪のアダーラは一緒に来て欲しかったようだ。

「はいはい、そうですね……私はここで団長が帰ってきた時のために美味しいご飯を作って待っていますよ」

「なるほど! 頼んだ!」

 赤髪のアダーラは納得したようだ。単純というか、何というか……トップがこれで大丈夫なのか?


「よし、お前たち行くぞ! 探索だ! 姉さまの好意に感謝して探索だぞ!」


 ……赤髪のアダーラは探索する気満々だな。


 まぁ、それなら好きに探索すれば良いさ。だけどまぁ、多分……多分だけどさ、自分が居ないと開かない場所、進めない場所があるんじゃあないかと思う。だから、というワケでもないけどそこまで危険はなさそうな気がする。あくまで気がするだけだとさ。だから好きに探索すれば良いさ。


 ……。


 にしても、イケニエとやらから逃げて来たばかりなのに元気だな。いや、だからこそ、か。撤退したことで不完全燃焼になっているのかもしれないな。


 赤髪のアダーラが率いる獣人たちが玉座の間からゾロゾロと出ていく。まぁ、何か見つかったら嬉しいかなって程度の期待で送りだそう。


 で、だ。


「えーっと、ウェイ、イケニエとは何でしょう? 自分には普通の少年のように見えました」

 そうなんだよな。聞こう聞こうと思って聞けなかったことだ。まぁ、聞いてもはぐらかされていたのがオチなんだろうけどさ。だけど、今なら教えて貰えるはずだ。俺は聞く時はしっかり聞くんだぜ。


 まぁ、四種族を滅ぼすために人が召喚したということをプロキオンから聞いているから、何となく予想はついている。だが、それが正しいのかどうか。プロキオンとウェイで話に齟齬がないのかどうか、聞いておく必要がある。


「ひひひ、帝の言われるように、あれらは普通の人種なのだがね」

 蟲人のウェイが話し始める。そうか、普通の人種なのかって、ん?


 話し始めたウェイの後ろでは猫人の料理人さんが小さなバッグから次々と調理道具を取り出していた。何で小さなバッグからあんなにも道具が……って、もしかして魔法のバッグか! やけに手荷物が少ないなぁと思ったらそういうことだったのか。便利なものを持っているな。もしかすると異世界の技術によるものなのだろうか。いや、でも、こうやって堂々と使っているってことはそうでもないのかな。


 猫人の料理人さんが調理をはじめ、周囲に良い匂いが漂いはじめる。


 ……。


「帝よ、ひひひ、話は食事を終えてからにしようかね」

 まぁ、何となく『会話!』って感じの流れじゃあなくなってしまったな。


 いや、でもさ。

「いや、このまま話してください。情報は聞ける時に聞いておきたいです。自分は色々なことを知らない。だから教えて欲しいです」

 俺の言葉を聞いた蟲人のウェイが蟲の顎を歪ませ笑う。子どもが泣き出しそうな笑顔だ。

「ひひひ、それなら話しましょうかね。空断が帝に教えている内容と同じかもしれぬが、我ら蟲人族に伝わっている話をしようかね」


 空断?


 ああ、魔人族のプロキオンか。プロキオンとはすれ違いというか、あまり話をしていないからなぁ。魔人族の里に連れてこられて放置されたって感じだからさ。聞きたいことが聞けていない感じだよ。


 んで、だ。


 ウェイの話を聞こう。蟲人に伝わる話、か。これは四種族、それぞれで伝わっている話が微妙に違うってことかもしれないな。


「我ら四種族も、偽りの種族――魔人族どもの言う人もどきも、人種によって造られた種族だと言う説があるのだがね」


 ん?


「ひひひ、それは今ではもう確認出来ない事なのだよ。だが、我らが人種によって支配――隷属させられていたのは間違いないね」


 人に支配されていた?


 その言い方だとまるで……。

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