172 羽子猫
卵が。
せっかく運んできた卵が。
割れた。
割れてしまった!
卵の上半分からヒビが入り、そのまま上半分が粉々になっている。抱えている下半分は無事だが……中身は? 中身は無事なのか? ああ、殻の破片が中に落ちてしまっていると料理する時が大変だぞ。
「帝よ、何故寝転がっているのです?」
プロキオンが仰向けになって卵を抱えている俺をのぞき込んでいる。いや、あのさ、別に好きで寝転がっているワケじゃあないんだぜ。足が動かないんだよ。足の感覚がないんだよ。
卵を抱えているから手も使えないし、何だよ、この状況。
「えーっと、好きでこの格好をしているワケではありません」
「ええ。そうなのですね」
プロキオンは何を理解したのかうんうんと頷いている。いや、納得していないで何とかしてくれよ。
割れた卵……。
俺が抱えた卵の割れてしまった上部分をしょんぼりと眺めていると、何かきゅいきゅいという小さな音が聞こえた。聞こえてきた。
音は近い。
ん?
んん?
きゅい、きゅい。
確かに聞こえるな。
って、まさかまさか、まさかッ!
卵の残っていた下半分にも大きなヒビが入る。割れる。
卵が完全に割れる。そして――その中から謎の生物がッ!
って、何じゃこりゃあ。
謎の生物が俺の腹の上でキュイキュイと鳴いている。
……。
……。
……。
……。
その姿は翼の生えた子猫だった。猫だ。黄色い毛並みの虎猫だ。子猫だ。目が開かないのか小さな体でキュイキュイと鳴いている。
……。
えーっと、なんで、猫?
子猫?
卵のサイズと合ってないよな?
何で、あんな抱えないと持てないほどの馬鹿でかい卵から普通サイズの子猫が? 何で? あー、いや、訂正しよう。普通サイズではないな。子猫なのに大人の猫と同じくらいのサイズはあるから、ここから成長すれば……かなり大きな猫になるな。でも、猫って言える範疇だよな。
って、なんで、猫?
「あの、えーっと、これ、ワイバーンの卵ですよね? でしたよね?」
俺は羽の生えた子猫を腹に乗せたまま翼の生えた優男の方を見る。
「我は別にワイバーンの卵だとは言っていない」
翼の生えた優男はそんなことを言っている。
「えーっと、いやいや、しっかりと言いましたよ! さすがに憶えていますよ!」
俺は優男を見る。睨み付けるような視線で見る。
じーっと見る。
「いや、まぁ、確かに、いや、違う。我はかもしれないと言っただけだ。そうだとは言っていない」
おい、コラ。断定していないから嘘は言っていないって? 通るかよ。そんな言い訳が通るかよ!
卵料理が食べられなかったどころかワイバーンの卵じゃあ無かったとか……。
「えーっと、これ、食べられるかな」
「お前、なかなかに酷いヤツなのだな」
翼の生えた優男がジト目で俺を見ている。お前が言えたコトかよッ! って、俺も本当に食べるつもりじゃあないからな。言ってみただけだよ。獣耳と尻尾を持った半獣人な姿の俺が似たような子猫を食べるかよッ!
「ところで蟲人よ、帝とは何のことだ?」
「ひっひひひ、そこにおられるのが帝よ。気付いておらなんだのかい?」
コイツ、話を誤魔化そうとしているな。
……。
「きゅいきゅい」
お、羽の生えた子猫の目が開きそうだ。
「きゅいきゅい」
子猫と目が合う。
おー、猫だ。本当に猫だ。羽は生えているが子猫だなぁ。お腹が空いたのか。
「きゅいきゅい」
いや、でもさ、子猫に与えられるような食べ物なんて持ってないぞ。あるのは干し魚くらいだしなぁ。
干し魚、食べるかな?
「きゅいきゅい」
子猫の前に干し魚を持っていく。子猫が干し魚を食べる。おー、さすがは異世界の生き物。生まれたばかりなのに魚を食べるのかー。
離乳食とかじゃあないと駄目かと思ったが、そんなことは無かったぜ。
「これが、この小さな魔獣と戯れているのが帝だと言うのか? 蟲人よ、我の聞き間違いではないのか?」
「ひっひっひひひ、間違いないよ」
「ええ。この方こそが帝です」
「信じられぬ」
向こうは向こうで話が盛り上がっているようだな。
「天人の、おぬしも帝の片鱗を感じたのではないかね?」
「ええ。私も、そこの蟲人も帝には一度敗れているのですよ」
んで、この子猫、どうすれば良いんだ?
そろそろさ、俺の腹の上から動いて欲しいんだけどなぁ。腹の上に散らばっている卵の殻の破片も邪魔だしさ。
うーん。
「確かに、我が意識しなかった一撃だったとはいえ、尾を払いのけた。しかも我のブレスすら斬り裂いていた。何かの間違いかと思っていたが……むむむ」
「ええ。それこそが帝の力の片鱗なのですよ」
「ひっひひひ、そうだね」
向こうは盛り上がっているなぁ。
早く足が動くようにならないかなぁ。ミルファクは盾の修理で工房に引き籠もっているのかな。この状況をさ、何とかして欲しいんだけどな。頼りになるのはミルファクくらいだよ。
はぁ。
どうしようなぁ。
またワイバーンを倒しに山を登るのも面倒だしなぁ。
はぁ、どうしてこうなったのやら……。
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