086 くさ

 まぁ、半分の子は魔法が使えないのだから、ここには魔法を習得しに来た訳じゃない――それは当然の話だ。目の前の羊角の少年も分かっているのだろう、そう思っているのだろう。


 それでもここにいる理由。それを考えたら答えは出そうなものだが、何故、俺が魔法を学びに来たなんて思ったのだろうか。


 この羊角の少年は自分にとって都合の良い方向で物事を考えているのかもしれない。


 魔法が使えないのに魔法を学びに来ている――なんて、な。


「そうですよね……」

 羊角の少年は力なく肩を落とし、がっかりしている。何だかなぁ。

「あ、えーっと、まぁ、アレですよ。魔法が使えなくても生きていくことは出来ます。それほど深刻にならなくても良いのでは?」

 そうなんだよな。


 俺は魔法がない世界からやって来た。だから、魔法があるってコトにワクワクするだけで、それほど必要とはしていない。この世界で――この世界に生きる人たちに魔法がどれだけ必須とされているのかは分からない。まだこの世界に来たばかりだからさ。だが、そう――だが、だ。半分の子なんていう魔法が使えない人でも生きていける世界なのは間違いない。今の俺だって魔法が使えることを隠して、普通に問題無く生活出来ているからね。何とかなっている。


 そうだよ。魔法なんて必要ないんだよ!


「それは、あなたが半分の子で最初から魔法を使えないから言えることです」

 羊角の少年は何処か色々と諦めているような、そんな乾いた笑顔を浮かべている。死んだ魚のような目だ。この羊角の少年は何が言いたいのだろうか。何故、俺に絡んでくるんだ? 同じ魔法が使えない者同士で同情して欲しかったのだろうか。


 この羊角の少年の種族は――天竜族だったか。自分でそう言っていたからな。で、えーっと、その天竜族は魔法が得意な種族だ、と。まぁ、確かに魔法が得意な種族なのに魔法が使えないのは辛いかもなぁ。だけどさ、その辛さは、この羊角の少年のもので自分で解決しないと駄目な問題じゃあないのか。それを俺に言ってきてどうなるんだ? まぁ、この子は随分と若いようだし――十歳くらいの少年にしか見えないもんな。


 同情して欲しいってのも仕方ないか。


「えーっと、自分の中の魔力の流れは感じ取れるんですか?」

 羊角の少年は俺の言葉に驚いている。まぁ、魔法が使えないと思っている人から魔法のことについて話が出たら驚くか。


「それは分かります。でも、魔法が発動しないのです」

 分かるんだ。確か、半分の子は魔力を失うから魔法が使えないと、そう、リンゴは言っていた。


「えーっと、それなら……」

「色々な方法を試しました。もう頑張る意味なんてないんです。似ている境遇のあなたなら分かってくれると思ったのに……」

 まぁ、ここは、この辺境の魔法の中心だろうから、最近になって魔法を覚えたばかりの俺よりも詳しい人が多いだろう。


 俺が助言できる内容なんて、他の人から散々聞いたことでしか無いだろう。


「もう可能性なんてないんです」

 魔力は持っている。なのに発動しない、か。


 それなら、何かきっかけがあれば大丈夫なんじゃあないかな。


 ……。


 可能性、か。


 この子に必要なのは出来るって信じる心じゃあないかな。何か心にトラウマとなるようなことがあって、それが防波堤となって魔法が使えないだけじゃあないのか?


 きっかけ。


 きっかけ、きっかけ、か。


 まぁ、良いか。


 乗りかかった船だ。こういうのも縁って言うのかな。


――[サモンヴァイン]――


 羊角の少年の目の前に草が生える。本当に草が生えるだけの魔法だ。


 だが、魔法だ。


「え!?」

 羊角の少年が驚き、こちらを見ている。

「えーっと、魔法です」

「え? え? で、でも、あなたは半分の子で……」

「そうですね。でも魔法ですよ」


――[グロウ]――


 草を生長させる。


「そ、そんな……」

 羊角の少年は口を大きく開け、整った顔が台無しになるような表情で驚いている。

「えーっと、そうですね。魔力を持たないはずの半分の子でも魔法が扱えるようになるんですから、魔力を持っているなら、うん、頑張れば何とかなるんじゃあないですかね」

 まぁ、俺は全然努力していないし、頑張っていない。ただ、タブレットを操作しただけだ。だけどまぁ、それは、今は内緒にしておこう。


 そんな裏話は、この羊角の少年にやる気を出させるのに不要なことだ。


「えーっと、内緒ですよ」

 羊角の少年が驚いた表情のまま何度も頷いている。まぁ、別に、それほど本気で隠しているわけじゃない。ただ、奥の手になりそうだから、ただ、それだけの理由で隠しているだけだからね。まぁ、でもさ、あまり言いふらすようなことでもないからなぁ。


「……もう一度、可能性を信じて頑張ってみます」


 羊角の少年の死んだようだった瞳に小さな、でも何処か強い、そんな光が宿っていた。


 まぁ、頑張るがいいさ。


 俺が出来るおっせかいはこの程度までだ。

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