084 否定
リンゴと辺境銀貨を平等に分け、狼少女から幌馬車に乗せていた俺の荷物を受け取る。五百枚も辺境銀貨を数えるのは大変だったぞ、こんちきしょーめ。
草紋の槍は魔法協会に引き渡し、他の、槍などの荷物は用意されていた部屋に投げ込んでおく。今度、暇を見て売りに行こう。良い店がないか王都を探索するのも良いだろう。美味しい食べ物がないか見てまわるのも良さそうだ。
なんたって、今、俺は銀貨二百五十枚を持っているのだからな! 草紋の槍が辺境金貨二枚だった。それよりも手持ちが増えたのだから、苦労して護衛の旅を続けた甲斐はあったのだ。
うん、最高だ。
魔法の講義とやらにも参加してみる。
……。
良く分からない。半分の子である俺を見ても蔑んだり、攻撃してきたりは……ない。だが、無視される――存在そのものを無視されているような感じだ。しかし、それも俺が半分の子だから無視されているワケではないようだ。
そして、良く分からない。
講義という名前だったので講師がいて授業をするものだと思っていたのだが、どうも違うようだ。魔法について議論をしていたり、良く分からない器具を使って良く分からない実験をしていたりと、とにかく良く分からない。
う、うーん。俺が考えていた講義と違うのは、言葉と文化の違いから来るものなのだろうか。俺の共通語の理解がおかしいのか?
魔法論やその元素について議論しているようなのだが理解出来ない単語が次々と飛び交っていてついて行けない。この世界の言葉だと思うのだが専門用語が多すぎて駄目だ。これは途中から参加してどうにかなるものではないようだ。
もっと、こう、一から教えて貰えるような、子ども向けの内容から始めないと無理だろ、これは。
……。
よく考えてみればそれも当然か。
ここは王都だ。しかも特権階級しか入れないような場所なのだろう? 外壁の方にも魔法協会はあるってことだからな。つまり、ここはエリートが通う場所だ。そんな場所での勉強について行ける訳がない。
言うなれば、今の俺の状況は、小学生や幼稚園生がいきなり大学に行っているようなものだ。そりゃあ、無理だ。参加してよいって言われたけどさ、無理だろ。いや、きっと、あの若いローブの男は分かっていたんだろうな。分かっていてあえて言ったのだろう。金貨ではなく銀貨で報酬を渡してきた件についてもそうだけどさ、性格が悪いよなぁ。陰湿だ。
王都観光でもしていた方がマシかもしれないなぁ。銀貨二百五十枚ものお金はあるんだ。色々と買えるはずだ。それに、山賊から奪った鉄の槍を売れば少しは足しになるはず。
そう思って寮母さんである割烹着の猫人さんに買い取りを行っているような場所がないか聞いてみた。思ったらすぐ行動だからな。
……。
不思議そうな顔で首を傾げられた。
良く分かっていないという表情だ。
それでも聞いてみて返ってきたのが、王都の外にならあるかもしれないという答えだった。王都の外、か。
だが、王都の外は危険なので行かない方が良いとも教えられる。荒くれ者や乱暴者が多く、俺みたいなのは人さらいに攫われるだろうと言われてしまった。
……。
俺は、その王都の外から旅をしてきたんだけどなぁ。
なんだろうな、これ。
ここは温室なのか。エリートが集まってぬくぬくと育つ温室なのか。
……。
ま、いいさ。ここではふかふかのベッドがあって、食事もタダで、お風呂もついている。草紋の槍が直るまでの間、堪能させて貰おう。
……。
俺はその日もお風呂を楽しんでいた。時間をずらし、この寮の人たちとは会わないように、真夜中、一人でお風呂を楽しむ。
このお風呂だが、使い方が異世界らしく変わっている。
お風呂場にあるのは桶だけだ。そこに水の魔石と火の魔石を使ってお湯を生み出しお風呂にするのだ。水を生み出す魔法が込められた魔石と暖める魔法が込められた魔石は脱衣場に用意されている。これらは高級なものかもしれない。だが、ここでは使い放題だ。
だから、俺は遠慮無く魔石を使ってお湯を作りだしお風呂に入らせて貰う。まぁ、本来の半分の子なら魔石が使えないだろうからお風呂を沸かすことは出来ないんだろうけどさ。だが、俺には出来る。そう、何故か可能なのだ。
この王都の魔法協会に来て良かったことの一つに魔石の使い方を覚えたってことがある。魔石の使い方、それは――魔石に魔力を流せば発動する。そう、魔法の使い方と殆ど同じだ。
魔法が扱える俺には難しいことじゃない。
楽しもう。
お風呂があるのは良い。生き返る。
俺がお風呂を楽しんでいると扉が開いた。
へ?
入ってきたのは女性だ。角の生えた背の高いスリムな女性だ。
「うん? 君は例の子か。こんな時間にギンコさんに負担をかけるのは感心しないな」
お風呂場だけあってもちろん全裸だ。しかも、見せびらかすように堂々としている。こちらが目のやり場に困ってしまう。
あー、こういうのが嫌だから時間をずらしていたのに……って、ギンコ? ああ、寮母さんのことか。なんであの割烹着の猫人さんが出てくるのだろうか。真夜中まで起きているのは迷惑だって話なのだろうか。
「初日しか講義に来なかったようだが、もう魔法への興味は消えたのかね」
「あー、えーっと、実戦向きではないかな、と」
研究ばかりだもんなぁ。机に向かうようなのは向いていない。
「それは違うぞ。ここがこの辺境での魔法の中心なのだよ。魔法技術の革新によって生活は改善され、豊かになっていくだろう。前線のみが魔法習得の場ではない。ここから新たな魔法や魔法技術が生まれ、それが実戦に活かされるのだよ」
エリートさんだな。ここにいるのは本当にエリートたちばかりだ。
いやぁ、正直、住む世界が違うってやつだね。
「あ、えーっと、自分は、もう、お風呂でますんで、どうぞ」
ここは違うな。そう、違う。
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