083 別離
着替え終わったところで部屋の扉がノックされる。まるでこちらが着替え終わるのを待っていたかのようなタイミングだ。
「えーっと、あ、どぞ」
扉が開く。
そこに立っていたのは割烹着の猫人だった。あー、ここの寮母さんだったな。本当に扉の前で待っていてくれたのかもしれない。
「えーっと、おはようございます」
「はい、おはようございます」
割烹着の猫人さんが綺麗なお辞儀を返してくれる。
「えーっと、それで……」
「ローレライ師がお待ちです。案内します」
ローレライ師? ああ、昨日の若いローブの男か。
「えーっと、あ、はい。案内、お願いします」
割烹着の猫人さんの案内で廊下を歩く。どうも寝泊まりしたこちらの建物ではなく、外の大きな方の建物に向かっているようだ。それは良い。別に問題ない。だが、だ。何故、この割烹着の猫人さんは俺の手を引っ張って歩くのだろうか。俺を小さな子どもだと思っているのだろうか。
「ちゃんと着替えられたみたいですね。似合ってます」
割烹着の猫人さんがそんなことを言っている。俺は思わずスカートの裾を抑える。なんだろう、すっごく恥ずかしいんですけど。
渡り廊下を抜け、昨日、正面に見えていた大きな建物の中に入る。そのまま一番奥にある部屋へと向かう。
「ローレライ師は中でお待ちです」
扉の前で割烹着の猫人さんがこちらへちいさくお辞儀をする。そして、そのまま帰っていく。中までは一緒に入ってくれないんだな。
……。
ここか。
ここかぁ。
とりあえず扉をノックして、そのまま開ける。
そこで待っていたのはズタ袋をかぶったリンゴ、狼の頭を持った少女、ローブの若い男だった。リンゴに狼少女、それと昨日出会ったローレライって名前の男だな。
余り広くない部屋だ。四人も居るとちょっと窮屈な感じがする――そんな密談とかに使われてそうな広さ程度の部屋だ。中央には机、そしてそれを囲むようにソファが置かれていた。皆は立ったままだ。
「えーっと、お待たせしました、かな?」
俺が一番最後だもんな。とりあえず軽く頭を下げておく。
「いえ、大丈夫です。まずは座りましょう」
ローブの若い男はにこやかに笑っている。皆が頷きソファに腰掛ける。
「えーっと、それで、この集まりは……」
「はい。まずは報酬をお渡しします」
ローブの若い男はにこやかに笑っている。そして、机の下から大きな袋を取り出す。
ローブの若い男の手によって袋が開かれる。そこには数え切れないほど沢山の銀貨があった。
「えーっと、これは……」
「報酬です。お二人で分けやすいよう辺境銀貨を五百枚用意しました」
お、おう。
五百枚。五百枚かぁ。そりゃあ大きな袋になるよな。凄い邪魔になりそうだ。金貨五枚分だよな? 一気にお金持ちになったなぁ。
「えーっと、これ、数えるの大変そうですね」
「銀貨で欲しいとの希望に応えましたよ」
ローブの若い男はにこやかに笑っている。えーっと、銀貨で欲しいなんて要望を口にしただろうか。いや、確かに金貨五枚だとさ、そのままではリンゴと俺、二人で分けることは出来ないけどさ。でも、それなら金貨四枚と銀貨百枚で良くないか?
ローブの若い男はにこやかに笑っている。
……。
「えーっと……」
「急いでいるであろうあなたたちのために、昨日の今日で魔法協会内の銀貨を集めて用意しましたよ」
ローブの若い男はにこやかに笑っている。
嫌がらせ、か。
いや、でもさ、報酬のことを言い出したのは、あのおっさんだったよな。それに、俺は急いでいない。ゆっくりで大丈夫だのに、な。
「助かる」
狼少女は若いローブの男の無言の圧力を無視している。
「それと魔法武器の修理ですね」
「えーっと、あ、はい。お願いします」
そうそう、元々、それをお願いしたくて受けた護衛だったはずだ。だったよな? あまりにも長旅で良く分からなくなっているけど、そうだったはずだ。一週間だもんなぁ。長いよ……。
「馬車にある。すぐ取りに来て。私は今日にも出発する」
あ、そうなんだ。この狼少女ともここでお別れか。でもさ、それはつまり馬車がなくなるってことだよな? 帰り、どうしたら良いのだろう。道なんて覚えてないぞ。しかも、わざと本来の道から外れて進んでいたんだよな? う、うーむ。
「うむ。私もここでお別れなのだ」
「えーっと、リンゴもですか?」
「うむ。鎧と兜を何とかする必要があるのだ」
なるほど。王都ならそれも手に入れやすい、か。それに護衛のお金も手に入ったしな。
……寂しくなるなぁ。
「魔法武器の修理には七日ほどかかると思います。それまではここで過ごすと良いでしょう。魔法に興味があれば講義に参加するのも良いでしょう」
「えーっと……」
俺の言葉を若いローブの男が遮る。
「安心してください。生まれのことが心配なのでしょう? 私の方から許可を出しておきます」
いや、それは別に心配していないけどさぁ。えーっと、まぁ、いいか。
にしても一週間か。長いなぁ。本当にそんなに日数がかかるのだろうか? 騙されてないだろうか。
「タマちゃん。その服、よく似合っているのだ」
ズタ袋のリンゴが服装を褒めてくれる。何だか恥ずかしい。
「ええ。学院の制服は、ここで生活している間は貸し出しします。その間は気にせず着ていると良いでしょう」
あ。
これ貸し出しか。
てっきり貰えるのかと思った。いや、まぁ、制服だもんな。無関係の人物が制服を着て外を歩いていたら不味いか。関わっている間だけなのも当然か。
「あ、えーっと、ありがとうございます」
まぁ、それでも服が貸して貰えるのはありがたいな。その間に、今回の報酬の銀貨二百五十枚でまともな服を買おう。
……。
にしても、だ。
俺はズタ袋をかぶったリンゴの方を見る。
リンゴとはここでお別れか。俺が初めて出会った人らしい人だから、なんというか……。
いや、まぁ、永遠の別れじゃないんだ。また会うこともあるさ。
うん、そう思おう。
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