082 羞恥

 用意されている浴衣のような服の袖に腕を通す。う、うーん。せっかく用意してくれた服だが、正直、貫頭衣とあまり変わらないような……。


「あ、えーっと、服……」

「そちらは寝間着です。あなたの服は洗ってお返しします」

「えーっと、あ、はい」

 寝間着だったかぁ。となると、本当に浴衣なのかもしれない。ここは浴衣が存在する世界だった!


 ……。


 あ、そうだ。

「えーっと、そのトイレってありますか?」

「案内します」

 割烹着の猫人の女性がそのまま案内してくれるようだ。親切だ。


 にしても、だ。お風呂だけじゃなく、しっかりとトイレもあるんだなぁ。あー、でも、よく考えたらさ、トイレに行くなら、お風呂に入る前に行くべきだったか。いや、でもさ、トイレに行きたかったことを、今、思いだしたワケで……これは仕方ないよね。


 ……。


 建物の外に出て四角い箱のような部屋に入る。トイレは外なのかぁ。


 狭い箱の床には四角い穴が開いている。その部屋の隅には枯れた葉っぱがいくつか重ねて置いてあった。あ、うん。これは、そういうことだよな。


 ……。


 ……。


 ……。

 ……。


 ふぅ。


 こういうのはアレだ。


 慣れないよなぁ。


 ……。


 消化というのを意識して出来るようになりたいな。色々とその方が楽そうだ。なんというか、早く覚えないと俺の心が羞恥心で死んでしまう。


 とぼとぼと四角い箱から外に出る。


「では、お部屋に案内します」

 割烹着の猫人さんがちょっと放心状態の俺の手を引っ張って、案内してくれる。えーっと、この割烹着の猫人さんは、ここでどのような役割の人なのだろうか。

「えーっと、あなたは?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はギンコです。この寄宿舎の寮母をしています」

 あー、ここって寄宿舎だったのか。しかも寮母さんなのか。で、名前がギンコと。何だか随分と和風な感じだな。そういえばリンゴも随分と和風な名前だよな。これは翻訳の問題なのだろうか。タブレットで習得した言葉だからなぁ。何か不都合があったとしても分からないよな。


「えーっと、あ、はい。自分はタマです。よろしくお願いします」

「ちゃんと自己紹介が出来るとは偉いですね」


 なんだろう。


「いや、えーっと……」

「綺麗な言葉で喋ることが出来て、挨拶も出来る。しかも、ちゃんとこちらの言うことを聞いてくれる。あなたはとてもよい子です」

 う、うーむ。これは、アレだ。凄く小さな子を相手にしているような、そんな感じだよな。


「最初は、あなたの生まれのことで思うところもあったのです。ですが、ここに居る生まれだけのぼんくらより、あなたの方がとても良いです」

 ぼ、ぼんくら? う、うーん。それは良いとして、だ。


 これ、子ども扱いされてるよなぁ。俺が首から提げている銅のプレートは見えなかったのだろうか。いや、お風呂に入る時に見たはずだ。気付いたはずだ。それで、この対応なのか? うーん。もしかして銅のプレートって、小さな子どもでも獲得出来るくらい、たいしたことが無いのかなぁ。


 俺、これを手に入れるの、結構、大変だったよな?


 うーん。


 寮母猫人さんに手を引っ張られ寄宿舎の中を進む。そして、角の部屋に案内される。

「ここを使ってください」

「えーっと、あ、はい」


 寮母猫人さんが離れ、部屋には俺一人が残される。


 正直、そこはとても狭い部屋だった。部屋の奥に机が一つと、端にベッドが一つ。それだけでいっぱいいっぱいになっているような狭い部屋だ。だが、ベッドの上には布団らしきものが乗っており、とてもふかふかしてそうな感じになっている。


 正直、悪くない。


 狭さなんて気にならない。


 ベッドの上に寝転がり、目を閉じる。随分とふかふかのベッドじゃあないか。外で干していたのか、お日様の匂いがする。


 今日はよく眠れそうだ。


 ……。


 にしても、なんだろうな、これ。


 まさか、このまま、この学院に入学させられる流れなのか? 俺、学院に入りたいみたいなこと言ったかなぁ。言ってないよな?


 良く分からない。


 ま、まぁ、明日、色々と聞いてみよう。


 ……。


 ……。


 俺は眠りに落ちる。


 ……。


 ……。


 ……。


 ん!


 は、ひ、へ?


 俺は飛び起きるように目が覚めた。


 聞こえる。聞こえた。聞こえている!


 鐘? 鐘の音?


 外では、うるさいほど大きな音で鐘が鳴っていた。鳴り響いている。せっかく熟睡出来たと思ったのに、酷い仕打ちだ。


 まだ寝足りない。だけど、こんな、鼓膜が破れそうなほどの音で鐘が鳴っていたら二度寝なんて無理じゃあないか。


 仕方ない、起きよう。


 ん?


 そこで気付く。


 部屋の奥にある机の上に『服』が用意されていた。


 いつの間に? 昨日の夜はなかったはずだ。誰かが部屋に入って置いていった? 全く気付かなかったぞ。


 ……。


 ヤバいな。完全に油断していた。ベッドのふかふか具合に心を奪われて完全に熟睡してしまっていた。これが俺の命を狙うような刺客だったら! って、まぁ、お偉いさんでも、重要人物でもない俺の命を狙うような輩はいないだろうけどさ。でも、油断だよなぁ。


 とりあえずせっかく用意してくれた服だ。着替えよう。


 布団を整え、その上に浴衣のような寝間着を畳んで置く。そして、着替える。


 ……。


 あー、はい。


 黒い上着にその上から羽織る短いガウン。腰までの長さの黒いマント。そこまでは良い。だが、問題がある。問題しかない。


 もう一つのアイテム。


 ……スカートだ。


 黒のスカートが用意されている。


 あー、そうだよなぁ。


 そう来るよなぁ。


 す、スカートかぁ。


 お、靴下ぽいものもあるぞ。膝上までの長さだ。これでブーツを履いても問題無いな。


 ……。


 ま、まぁ、カボチャパンツで外を歩き回るワケにもいかないしなぁ。


 覚悟を決めよう。


 はぁ。


 しかし、スカートかぁ。しかも靴下ぽいのが膝上までの長さだからか、ちょっと短めのスカートになっているんだよなぁ。


 すっごい抵抗がある。これが長ければ、まだローブのようなものだと俺の心を騙すことが出来たかもしれない。


 でも、これはなぁ。


 はぁ。


 服を用意してくれたのはありがたいけどさ。


 これはなぁ。


 なんだかなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る