075 黒獣
馬車に揺られながら黒いブーツを鑑定する。
鑑定結果は……。
名前:黒獣のブーツ
品質:中品位
ブラックタイガーの毛皮を使って作られたブーツ。
……。
えーっと、これは、アレだ。
突っ込み待ちか? 突っ込んだら良いのか? 突っ込むぞ? 突っ込むからな?
「エビかよッ!」
叫ぶ。魂の叫びだ。
「タマちゃん、どうしたのだ」
慌てた様子でズタ袋をかぶったリンゴがこちらを見る。突然、叫んだからな。当然の反応だ。
「うるさい」
御者台の狼少女は――こちらは馬車を操りながら呟いている。うるさくしてごめんなさい。いや、でも、これは叫ばないと駄目だろう。叫ぶ必要があるだろう。
だって、ブラックタイガーだぜ。エビじゃん。確かに、この黒毛の魔獣と出会った時に、猫か虎か、みたいなことは思ったけどさ。だからって、これは酷いだろう。
黒い毛皮の虎だからブラックタイガー。分かる。それは分かる。この世界だとエビが存在しないのかもしれない。いや、エビが存在していたとしてもブラックタイガーという名前のエビは存在しないのかもしれない。
かもしれないけどさぁ。
これは酷い。
ま、まぁ、気にしたら負けか。負けかな、うん。
とりあえず、せっかくの謎の少女からのプレゼントだ。履いてみよう。
足に巻いていたボロ布をほどきとる。足に付着していた汚れを叩き落とし、気持ち綺麗にしてから、そのブーツに足を突っ込む。
……。
ぴったりだ。緩すぎず、キツすぎず、ちょうど良い。まるで俺のために作られたかのような大きさだ。
ちゃんと左右の足に黒獣のブーツを履く。履き心地も良い。毛皮で作られているようだが、靴底が柔らかくてクッションが効いている感じだ。これなら足が痛くならないだろう。
今まで素足同然だったもんなぁ。これは大きな進歩だ。
本当に良いものを貰った。あのポンチョの少女、怪しすぎて敵かと思ったが、こんなにも良いものをくれるなら、悪い奴じゃあないのだろう。今度、お礼を言っておかないとな。
だが、良いことばかりじゃない。
問題もある。
今は良いが、これ、蒸れそうなんだよな。夏場とか、暑い場所は大変そうだ。まぁ、暑い場所ではサンダルとかを履くべきなのだろう。
暑い場所、か。
砂漠とかあるのかな。砂漠……ありそう。普通にありそうだ。だが、まぁ、俺が行くことはないだろうから、そこはあまり考えなくても大丈夫か。
そんなことをやっているうちに森を抜ける。
おやつ代わりに干し肉を囓りながら、幌から顔を覗かせ、景色を楽しむ。
旅の終わりが近づいてからだけどさ、こうやって馬車の旅が楽しめるのは良いな。元の世界ではなかなか出来ない経験だな。
馬車が道に出る。石畳の道だ。馬車を引っ張っている蜥蜴もどきの足を痛めないようにするためなのか、速度が落ちる。
ゆっくりした歩みで石畳の道の上を進んでいく。
時々、歩きの旅人や馬車の姿を見かける。旅をしている人たちはそれなりの数が居るようだ。行商だろうか? それとも本当に旅をしているだけなのだろうか。観光とか。
やがて、石畳の道の先にいくつかの建物が見えてくる。木で作られた建物は殆ど無く、その多くが石材や煉瓦で作られた建物だった。
「あれが王都ですか?」
「宿場町」
狼少女の言葉は素っ気ない。
俺はリンゴやおっさんの方を見る。
「王都まではもう少しなのだ」
「ええ、そうでしょう。この進みならば、明日には王都に辿り着けるでしょう。とはいえ、本日は、ここで宿を取って休憩です」
ん?
王都じゃあないのか。建物も多いし、人通りも増えてきて、活気があるから、てっきり王都に着いたと思ったんだけどなぁ。
まぁ、でも明日には辿り着けるというなら、あとちょっとだな。
それに今日は宿だ。宿だぞ。初めてまともな場所で眠ることが出来そうだ。
護衛は宿に上がらせない、外で寝ていろ、とか言わないよな?
「えーっと、ふかふかのベッドで眠れる場所が良いです」
俺の言葉を聞いたおっさんが腕を組み、考え込む。
……。
駄目なのか?
「えーっと、どうしました?」
「良い宿に泊まるか、悩んでいたのですよ」
おっさんが俺を見る。
「えーっと、そこは、ほら。護衛として頑張ったご褒美に、どうでしょうか? 盗賊や山賊を追い払ったりとか魔人族を撃退したり、役に立ったと思うんです。ふかふかのベッドを与えても良いと思います」
おっさんが大きなため息を吐き出す。
「それなりのお値段の宿を選ぶのは良いでしょう。ですが、あなたたちのような姿……格好で泊まれると思いますか?」
あ。
そうか。
高いところになると身だしなみも重要になってくるのか。お金があれば泊めてくれる――そんな場所ばかりじゃあないんだろうな。
……。
「えーっと、ふかふかの、ふかふかのベッドがあれば、あれば! それ以上は贅沢を言いません」
おっさんが俺を見ている。
……。
えーっと、どうでしょう?
……。
「良いでしょう。あなたたちでも受け入れて貰える場所で、一番、良い場所に向かってください」
おっさんが狼少女に告げる。ああー、そうか。忘れていたけど、俺って半分の子だもんな。一応、差別対象か。泊めてくれる場所を探すのは大変かもしれない。
「もう向かっている」
だが、狼少女はそんなことを言っていた。
行動が早い。決定権は狼少女にあるようだ。
頼りになるなぁ。
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