074 未知

「タマちゃん……」

 声が聞こえる。

「タマちゃん、タマちゃん」

 聞いたことのある声だ。


「タマちゃん、起きるのだ」

 そこで目が覚める。


 へ?


 目が覚める?


 眠っていた?


 俺は眠っていた?


 いつ? 何故? 何処で?


 背中が痛い。


 ここは?


 目の前に、こちらを心配そうに見ているリンゴのズタ袋が見える。いや、顔か。そうは言ってもズタ袋で顔が見えないもんな。これは仕方ない。


 周囲を見回す。


 ここは森の中だ。幌馬車も見える。燃え尽きた焚き火の跡も、だ。背中に当たっているのは木、か。俺は木に寄りかかって眠っていたようだ。背中が痛くなるワケだ。


 って、眠っていた? なんで俺は眠っていたんだ?


 何があった? 思い出せ。


 もっと思い出せ。


 そうだ。


 ポンチョの少女。あの怪しい少女だ。


 もう一度、周囲を見回す。だが、あの怪しいポンチョの少女――その姿は見えない。

「リンゴ、今は朝ですか」

 起き上がり、ズタ袋のリンゴに確認する。だが、リンゴは首を横に振る。


 朝……じゃない、のか?


「確かに朝になっているのだ」

 いや、朝なのか。じゃあ、なんで、このリンゴさんは首を横に振ったんだ。

「そう、もう朝になっているのだ」

 呆れているというか、ため息を吐いているかのような雰囲気だ。あー、それで首を振ったのか。


「それで、リンゴ、あの少女は何処に行きました?」

 リンゴが首を傾げる。

「タマちゃん、何を言っているのだ。まだ夢を見ているのだな」


 夢?


 あれは夢だったのか?


 俺は夢を見ていたのか? いや、違う。あれは夢じゃあないはずだ。


「リンゴ、居たんです、ここに。黒い毛皮を持った豹のような魔獣を倒したと思ったら、その少女が現れたんです。みんな眠っていて……」

「うーむ。だが、その魔獣と戦った痕跡や死骸は見えないのだがな」

 リンゴは首を傾げたままだ。


 戦った形跡がないのは俺が楽勝で勝ったからだし、死骸がないのは、あのポンチョの少女が魔法でブーツに作り替えたからだ。


 このままでは俺が見張りをサボって眠っていたみたいじゃあないか。


 って、ん?


 ブーツ? そうだ。黒いブーツだ。あのポンチョの少女が魔法で作った黒いブーツ。


 俺は周囲を見回し、それを探す。


 そして、俺が寄りかかっていた木の根元にちょこんと置かれた黒いブーツを見つける。


 ……。


 夢じゃあなかった。あれは本当にあったことだ。


「リンゴ、これです」

 俺は黒いブーツを手に取り、リンゴに見せる。


 ここに黒いブーツが残っている。確かな感触。幻じゃあない。これは現実に、実際に存在している。


「タマちゃんを疑ってはいないのだ。何らかの理由があるとは思っているのだがな。うん? それは……」

 リンゴの言葉が止まる。

「リンゴは知っていますか? 魔獣の死骸から、こういったブーツなどを作るような魔法を、です」

「う、うむ。クラフト系の魔法で素材を取り出したり、道具を作ったりするようなものがあるとは聞いたことがあるのだ。だが、これは……」

 リンゴが腕を組み考え込んでいる。魔法が使えないリンゴに聞くのは間違っていたかもしれない。


「ちょっと聞いて来ます」

 あのおっさんだ。魔法協会のお偉いさんである、あのおっさんなら詳しいかもしれない。


 俺は黒いブーツを持ち、幌馬車へ向かう。


「どうしたのです」

 幌馬車の中ではおっさんが優雅にお茶を飲んでいた。食事中? いや、魔力を補給中か。

「これを見てください」

 おっさんに黒いブーツを見せる。

「魔獣の素材で作られたブーツですか。このような、しっかりとした履くものを持っていたのならば、常に履くのが良いでしょう。みすぼらしい格好では、それだけで狩人としての格が落ちますからね」

 おっさんがお茶を飲んでいた手を止め、ため息を吐き出している。そういえば、このおっさん、靴を履きなさい、みたいなことを言っていたもんな。


 って、違う、違う。


「これは魔法で作られたものです」

「何ですと? 少し待ちなさい」

 おっさんが驚き、こちらを見る。


「魔獣の死骸から、魔法でアイテムを作るコトなんて出来るんですか?」

「可能です。可能でしょう。ですが、少し見せて貰ってよろしいでしょうかな」

 俺はおっさんに黒いブーツを渡す。可能なのか。リンゴも、あるとは言っていたもんな。


 だと、あまり珍しくないのか? これも聞いてみよう。


「珍しいものではないのですか?」

「精巧な造りです。魔法で道具を作ることは可能です。ですが、精緻な魔力の扱いが必要なため、どうしても作ったものは粗いものになってしまうのですよ。場合によっては変質することもあります。水の色が変わるとか、です」

 おっさんは驚いた顔のまま固まっている。


「作れますか?」

 おっさんが首を横に振る。

「私には無理でしょう。協会のクラフト系のマスターならば……」

 おっさんでは無理なのか。でも、作れるのは作れる、と。


 ううむ。


 とりあえず後で鑑定しておくか。


「調べてみて分かったのですが、確かに魔力の流れを感じます。これをどうしたのです?」

 言って良いものなのか少し悩む。いや、隠したところで意味はない、か。

「ノアと名乗る少女が、倒した魔獣の死骸から、その場で作りました」

「なるほど」

「知っているのですか?」

「直接は知りません。ですが、聞いたことはあります。それならばあり得ることですね」

 あり得るのか。


「何者ですか?」

「協会ですら知らない、未知の魔法を扱う、としか」

 謎の人物、か。

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