073 異質

「誰? 誰って、俺はタマだよ」

 そうだ。


 この世界の俺は、もうタマだ。一度、死んで生まれ変わっている。もう昔の俺は居ない。


 だから、俺は、タマだ。獣人の子どもだ。半分の子のタマだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 誰って聞かれても、俺が誰かなんて答えることは出来ない。自分が何者か? それを答えることが出来るのは詩人か哲学者くらいだろう。


「ふ、うーん」

 ポンチョの少女が後ろ手に組み、こちらを見る。フードで顔は見えないが、こちらをじろじろと見ている気がする。


「それで何の用だ?」

 青銅の槍と鉄の槍を持つ手に力を入れる。油断しては駄目だ。


 なにもかもがおかしい。


 リンゴたちが起きないのは、このポンチョの少女が関係している。間違いない。


 ……。


 ポンチョの少女が肩を竦める。

「さっきも言ったけど君が何者かを聞きに来ただけだよ」


 何故、俺だ? 俺の何が知りたいんだ?


 まさか、俺が異世界人だったという話だろうか。それを聞いているのか? 聞き出そうとしているのか?


 だけど、何故? 何故、それを知っている? この世界では異世界人が当たり前なのか。良くあることなのか?


 こちらの無言をどう思ったのか、ポンチョの少女の言葉が続く。

「こちらの新しい知り合いに変わったのが居ると聞いたからね。会いに来たんだよ」

 ポンチョの少女は肩を竦めたままだ。


 ん?


 こちら?


 知り合いに聞いた?


 知り合いって誰だ? 俺のことを話すような知り合い?


 ぱっと思い浮かぶのは犬頭だ。だが、あの犬頭が俺のことを誰かに喋るだろうか?


 ……喋りそうだよなぁ。でも、犬頭が、このポンチョの少女と知り合いだとは思えない。それくらい、このポンチョの少女は異質だ。


 となると、あの崖から突き落とした魔人族か? いや、そんな当日に追っ手が来るか? しかも狙ったかのようにさ。


 となると……。


 そうか。あのオークだ。はじまりの町を襲撃したオークたち。俺が戦った、あのオークの将軍が、この異質な少女に俺のことを伝えていてもおかしくない。いや、そうとしか考えられない。


「オーク、か」


 ……。


 だが、俺のつぶやきを聞いたポンチョの少女はフードを傾けて首を傾げていた。

「オークって何のこと?」

 ん?


 表情が見えないため、誤魔化しているのか、本当に知らないのか、どちらなのか分からない。


「はじまりの町を襲ったオークたちのことだ。そいつらから聞いたんじゃあないのか?」

「違うよ。聞いたのは……って、ちょっと待って。今、はじまりの町が襲われたって言った?」

 俺はとりあえず頷く。するとポンチョの少女が頭を抱えていた。


「あちゃー、そっちだったか。あっちは陽動だったのか。やられた。完全に裏を掻かれた」

 ポンチョの少女が呟いている。これは独り言なのだろう。


「情報、ありがとう。とりあえず、急いで戻るよ」

 ポンチョの少女が動こうとする。が、その動きが止まる。

「あー、そうだ。少しだけ情報のお礼。ちょっと、そこの魔獣の魔石を使うね」

 そう言うと同時にポンチョの少女が右手を上げた。


 魔獣の魔石? この黒豹か? 何をするつもりだ?


 ポンチョの少女が上げた右手に反応するように黒豹の死骸から、ぽこんと魔石が飛び出す。何か見えない力に引っ張り出されたかのようだ。


 その魔石が空中でくるくると回転する。


 なんだ? 何をしている? 何が始まるんだ?

「え? えーっと、何を……」

「見てて」


 魔石の回転に合わせるように黒豹の死骸の周囲に光の線が走る。そして、その光の線が重なり黒豹の死骸を包み込んでいく。


 だが、光はすぐに消えた。一瞬だ。


 そして、その光が消えた先には黒いブーツが存在していた。あの黒豹の毛皮を使ったかのような黒いブーツだ。


 へ?


「その魔獣を加工して作ったものだよ。この世界の魔素に干渉した裏技みたいなものかな」

 ポンチョの少女は腰に手を当て、得意気に胸を張っている。


 魔獣を加工した? 裏技?


 何が起きた?


 黒豹の死骸が光に包まれたと思ったらブーツになっていた? なんだ、それ。


「な、何を……」

「魔法だよ。魔法は多くの可能性を秘めているからね。常識に囚われず試してみるべきだよ」

 魔法?


 俺に魔法のことを言うのか?


 何故、このポンチョの少女は、俺が魔法を使えることを知っている? 俺は――今の俺の外見は半分の子だ。普通は魔法が使えないと思うはずだ。それが、この世界の常識なのだろう? なのに、何故?


「そうそう、早めに塔に行くことをおすすめするよ。君の旅が楽になるからね」

 ポンチョの少女は楽しそうに指を振っている。


 ポンチョの少女の言葉。


 塔?


 塔って、あの見えている塔だよな?


 旅が楽になるって、今からどうやって塔に向かうんだよ。今がその旅の途中だよ。


 このポンチョの少女は何を言っているんだ?


「それじゃあ、またね」

 ポンチョの少女が手を振っている。


 そして、その少女の言葉とともに、俺は意識を失った。

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