037 賞金

「えーっと、銀貨を百枚集めると金貨一枚になるってことですか」

「正確には辺境銀貨百枚が辺境金貨一枚なのだがな」

「えーっと、それって金貨一枚が銀貨百枚ってことですよね」

「正確には辺境金貨一枚が辺境銀貨百枚なのだがな」

「えーっと、それはつまり」

「そうなのだ」

「銀貨沢山ってことですね!」

「そうなのだ。その重さだけで硬貨を入れる袋が膨らんで大変なことになるのだ」

「百枚……なりますよね! 大変なことになりますよね!」

 リンゴと二人で盛り上がる。


 いや、これは盛り上がるだろう。盛り上がらないとおかしいぜ。


 こう、二人で手を叩き合わせるとかしちゃいそうだぜ。


「盛り上がっているところ悪いがよ、それでどうするんだぜ」

 渋い声の黒毛の猫人が呆れたような顔でこちらを見ている。


 リンゴと顔を見合わせ、頷き合う。そんなの決まっているじゃあないか。


「換金をお願いしたいのだ。だが、少し査定額が高すぎる気がするのだ」

 え? ちょっとリンゴさん、そんなこと、聞かなくても良いから。

「その通りだぜ」

 ほらほら、黒毛の猫人がこんなことを言い始めたじゃん。やっぱ無しとか言われたらどうするんだよ。

「どういうことなのだ?」


 リンゴの言葉を聞いた黒毛の猫人が腕を組む。

「フォレストボアのヌシ自体の査定額はフォレストボア十数体分程度でしかねぇよ」

「どういうことなのだ?」

「どういうことなんです?」


 黒毛の猫人がニヤリと笑う。だから、どういうことなんだってばよ?

「ヌシの体内から運良く高純度の魔石が見つかった。しかも、今回のコイツは懸賞金がかかっていたのさ。つまり、お前らは運が良かったんだよ」

 お、おう?


 元のフォレストボアの買い取り額がいくらか分からないからなんとも言えない。うーん、辺境銀貨数枚くらい、か? そうだと仮定すると、ヌシの買い取り額は辺境銀貨十から三十くらい? いや、辺境銅貨の可能性もあるのか?


「えーっと、懸賞金がいくらで、魔石がいくらだったんでしょうか?」

「懸賞金が辺境金貨二枚だ。こっちはそのままだ」

 そのまま? どういう意味だ。

「そして、魔石が辺境金貨一枚だぜ」

 おー、魔石もかなり高かったのか。何に使うか分からないが、魔石ってのは、かなり需要が高い代物のようだ。


 って。


 ん?


 査定額って辺境金貨三枚だったよな? 懸賞金が金貨二枚、魔石が金貨一枚。


 んん?


 んんん?


 俺の記憶が確かなら二足す一は三だよな? 一足す二でも三だよな? 三だよな。三だよなぁ。俺の勘違いじゃあないよなぁ。


「えーっと、懸賞金と魔石で辺境金貨三枚になると思うんですが、本体の買い取り額はゼロになっているってことですか?」

「ほう。計算できるのかよ」

 黒毛の猫人が感心したような様子でこちらを見ている。って、足し算くらいは余裕だっての。馬鹿にするんじゃねぇ。


「えーっと、つまり?」

「お前、忘れてるのかよ。お前もギルドの一員になったんだよな?」


 ……。


 ……。


 ちょっと待て、ちょっと待て。

 そういうことかよッ!

 いや、でも、マジか。


「ギルドの取り分ってことですか? いやいや、ちょっと取りすぎじゃないですか?」

 俺の言葉を聞いた黒毛の猫人が鼻で笑う。

「そうだぜ。だから、早く金や真銀に上がるんだな」

 確かにその通りだ。その通りなんだろう。ギルド証のランクが上がれば買い取りの金額が改善すると説明を受けた。確かに受けたさ。分かる、分かるよ。これがギルドの運営費になるのだろう。でもさ……。


 これ、高額で売れるものなんかは、すぐには売らずにランクが上がってから売った方が良いってことだよな?


 ん?


 ちょっと待てよ。


 それなら……。

「えーっと、それならですよ。高ランクの人を呼んで、その人に頼んで売って貰ったら良いじゃないですか!」

 黒毛の猫人が大きなため息を吐き出す。

「それをよぉ、ギルド職員の前で言うのかよ」

「で、どうなんです? それってアリなんですか?」

「アリかナシかで言やぁよ、出来るだろうさ。だがな、考えて見やがれ。そうすると、それはお前の成績にならないんだぞ。そんな、高額で売れるものを倒せるほどの強さがあるのに、いつまでも階級が上がらないことになるんだぞ。それだったらよぉ、買い叩かれようが成績にして、早く階級を上げた方が良いんじゃあねえか?」

 む。


 確かにそうかも。


 いや、騙されるな。


 必ずしもそうだってワケじゃあないはずだ。お金が欲しい時なんかは頼んだ方が良いはずだ――って、まぁ、その頼める高ランクの知り合いがいないんだけどさ。


 はぁ、結局、考えるだけ無駄か。


「あ、えーっと、すいません。話込んでしまって、お願いします」

「ああ。代金は受付で……」

 と、そこで黒毛の猫人が言葉を止め、リンゴの方を見る。


 ……。


 黒毛の猫人が大きなため息を吐き出す。

「ちょっと待ってろ」

 そう言うと組合の建物の方へと歩いて行った。


 そして、黒毛の猫人はすぐに戻ってきた。その手には小さな袋が握られている。

「確認するんだな」

 俺はリンゴの方を見る。リンゴが頷きを返す。


 ……。


 それを確認し、俺は黒毛の猫人から袋を受け取る。袋の紐をほどき、中を確認する。


 中には金色の粒が三つ、銅の粒が四つ入っていた。俺は袋から粒を全て取り出し、その袋を黒毛の猫人に返す。

 そして、手のひらの上に広げた粒をリンゴに見せる。


「リンゴ、確認してください。半分に分けましょう」

 しかし、リンゴは首を横に振る。

「ヌシを倒したのはタマちゃんなのだ。私は辺境銅貨だけで充分だ」

 リンゴは随分と謙虚なことを言う。一緒に金貨だ、って喜んだのに、さ。

「ヌシを倒せたのはリンゴの武器があったからです。それに、リンゴに庇って貰わなければ俺は死んでました。半分にしましょう」

 俺は、そう言った後、すぐに黒毛の猫人を見る。


 両替して欲しいな、金貨を銀貨百枚に両替して欲しいなぁ、と期待を込めた目で見る。


 黒毛の猫人は何も反応しない。


 ……。


 分かって、欲しいなぁ。


 ……。


 そして、リンゴが笑い、俺の手から金貨一枚と銅貨四枚を取る。

「タマちゃん、これで良いのだ。これで充分なのだ」

 へ? いやいやいや。

「しかし……」

 金貨は三枚だ。三枚だと半分に出来ないように思うかもしれない。でも、それは、だ。実際は半分に出来る数なんだぜ。

「辺境銀貨が五十枚もあってはかさばって大変なのだ。だから、これで良いのだ」

 リンゴは笑っている。


 むぅ。


 はぁ、これ以上はリンゴの気持ちを無駄にするだけか。


「分かりました。今回はこれで納得します。その代わり、次はリンゴが受け取ってください」

「うむ。分かったのだ」

 金貨で喜ぶくらいなんだから、リンゴだってお金に余裕があるワケじゃ無いだろうに、さ。まったく、まったくだぜ。


「それで、話は終わったのか?」

 黒毛の猫人が話しかけてくる。お、さっきは無視した癖に、何だとぅ。

「終わったのだ」

「ああ、そうかい」

 黒毛の猫人がこちらを見る。


 ん?


 何だろう?


「そこの変わったの」

 俺のことか?

「ああ、そうだよ。お前しか居ねえよ。クロイが呼んでたぞ」

 クロイ?


 ああ、ここのギルドマスターだな。


 何の用件だろう。

 って、用件は一つしか無いよなぁ。試験が決まったのか。思っていたよりも早かったな。というか、早すぎだな。


「ええっと……」

 俺はリンゴの方を見る。

「うむ。行ってくると良いのだ。私は、この傷んだ鎧を見て貰い、その後、宿に戻るつもりなのだ」

「分かりました」

「うむ。何かあればまた宿に来るのだ」

 奥の部屋だったよな。了解だぜ。


 じゃあ、ギルドマスターに会いに行ってきますか。


「あー、そうそう。あのヌシに刺さっていた槍だがな、途中で折れて使い物にならないようだったからな、こちらで処分するぞ」

 黒毛の猫人がそんなことを言っている。


 ……。


 マジかよ。

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