035 半分
「た、タマちゃん、さっきの私の話を聞いてなかったのだな」
ん?
ちゃんと聞いてたよ。しっかりと聞いていたよ。
「えーっと、ハーフ……混血だと魔力が無いから魔法が使えないって話ですよね。だから、竜人と人の混血であるリンゴは魔法が使えない。そうですよね」
「あ、うむ」
リンゴが驚いた顔のまま頷く。しっかり聞いてます。聞いてますよ。聞いてないように見えてしっかりと聞いているのだった。
それより、魔法だ。
もう一度、使ってみよう。
体内の魔力を練って放出する。その力を放出する際に、この世界の法則? 素子? が働き、効果を作り出し、発現する。
――[サモンヴァイン]――
俺が指定した場所に草が生える。ただの雑草だ。本当に草が生えるだけの魔法だ。
魔法の力。
何も無いところから草が生えた。まるで無から有を生み出しているかのようだ。だが、これは何も消費せずに使用できる力じゃない。質量保存の法則……では、無いな――でも、似たようなイメージだ。
魔法は変換の力だ。魔力を消耗し、それを原材料として造り替える。
そう、俺の体の中にある魔力? それを使って発現する力だ。魔力――これは何というか、血液に近い気がする。血を流して力とする。血だから、もちろん流し続ければ死ぬ。そんな感じだ。だから使い過ぎるのは危ない。
……。
って、何で俺は血で例えているんだ。例えるなら、もっと分かりやすいものだってあるだろうに……。
まぁ、二回使ったくらいなら大丈夫だろう。自分の中の魔力が切れそうな感じはない。サモンヴァインの消費魔力が少ないのか、少し怠いかなという程度だ。
「あ、いや、それでなのだがな」
リンゴが何かを言いたそうにこちらを見ている。
「えーっと、話は分かったんですが、それで、何故、リンゴは兜をかぶって素顔が分からないようにしていたんでしょう」
最初の質問。俺は、この質問の答えを貰っていない。いや、まぁ、分かるよ。リンゴはハーフで忌み嫌われているから素顔を隠しているってことはさ。でもさ、俺が聞きたいのはそういうことじゃあない。そういうことじゃあないんだ。
踏み込んで聞いて良いものなのか迷う。
……。
ええーい、ごちゃごちゃ考えても仕方ない。
「リンゴは自分自身のことが嫌いですか?」
もちろん、この自分というのはリンゴ自身のことだ。
リンゴが口を大きく開け、ハッとしたような様子でこちらを見ている。そして、ゆっくりとうつむく。
……。
リンゴは答えない。
うーん。
まぁ、難しい問題だよな。答えづらい質問だよな。これは仕方ない、か。
――[サモンヴァイン]――
草を生やす。おー、草が生えた。
――[サモンヴァイン]――
また草が生える。楽しいなぁ。草だよ、草。
――[サモンヴァイン]――
またも草が生える。草が生えた。う、うーむ。連続で使うとかなりキツいなぁ。少し自分の息が荒くなってきた気がする。生命力というか生きる力が減ったというか。
自分の力でぽんぽん草が生えるのは楽しい。楽しいけど、これが何の役に立つのか分からない。生えているのだって雑草だ。燃やして燃料くらいにはなる、か? すっごい微妙だ。
……。
いや、これ、雑草に見えるだけで凄い力を秘めた草かもしれない。そうだ、思い込みは良くない。せっかくだから鑑定してみよう。
……。
……。
……。
名前:雑草
品質:低品位
ただの草。
ただの草かぁ。そうかぁ。いやいや、雑草でも色々と種類があるだろ。どんな品種のどんな名前の雑草かも無いのかよ。この鑑定、大雑把過ぎる。ますます役に立たない気がしてきた。
「タマちゃんは……」
リンゴの声。どうやら、やっと復活したようだ。
「はい、何でしょう」
「タマちゃんの村では他の人たちもタマちゃんと同じように魔法を扱えるのだろうか?」
どうやら、俺の質問はスルーされてしまったようだ。まぁ、答えづらい質問だから仕方ないよな。俺もそこまで答えを求めていたワケじゃない。
「分かりません。記憶が無いので分かりません」
そうとしか答えようがない。
まぁ、でもさ、多分、使えなかったんじゃあないかと思うぜ。
うん、そうだ。
さすがに俺でも気付く。いい加減分かるさ。
町には俺みたいな、人の姿に獣耳の獣人は居なかった。犬頭や二足歩行の猫や蜥蜴人だったもんな。
それに、だ。組合で掲示板の前に居た犬頭の子どもが言っていた『半分の』という言葉。
まぁ、分かるよな。
俺のこの体は――獣人と人の混血なんだろうな。
だから、普通は魔法が使えない。そういうことなのだろう。じゃあ、何で俺は魔法が使えるのだろう、か。
このタブレットの力なのか、それとも前世が人だったからなのか。そもそも、何で死んだと思った自分が、この獣耳の少女の体で生き返ったのかも分からない。
分からないことばっかりだ。
「タマちゃん、その魔法の力は他の人に見せない方が良いと思うのだ。その力は危険すぎるのだ」
危険、か。雑草を生み出す力の何が危険か分からないけどなぁ。まぁ、もしかしたら、異端狩りみたいなのに会うかもしれないし、他の混血から妬まれて大変なことになるかもしれない。雑草を生み出すだけの力で面倒ごとに巻き込まれたらたまったもんじゃない。
そう、たまったもんじゃないのだ。
「分かりました。それで、これからどうします?」
「うむ。大物も手に入ったのだ。今日はもう戻った方が良いと思うのだがな」
そう言って、リンゴが手に持った兜の中をのぞき込み、顔をしかめながら、その兜をかぶる。もしかすると、兜の中はまだ湿っていたのかもしれない。
「そうですね。そうしましょう」
と、それで、だ。
大猪の死骸なんだよなぁ。正直、大きすぎる。
「これ、持って帰るの大変そうですね」
「うむ。しかし、ここまで台車を持ってくるのは無理があるのだ」
確かに荷車は欲しいなぁ。まぁ、でも、無いものは仕方ないさ。
「リンゴと自分、二人の力なら運べますよ。それに、ほら」
俺は大猪の死骸から飛び出た青銅の短槍の柄に紐を結びつける。
「こうすれば、引っ張って運べます」
引っ張って運ぶことで大猪の死骸が傷んでしまうかもしれない。でも、諦めるよりはマシだ。
でもなぁ。これ、青銅の短槍は確実に駄目になっているよな。駄目になるよな。
はぁ。
この大猪が高く売れれば良いのだが。もし辺境銀貨十枚以下だったら大赤字だぞ。そうなったらリンゴに土下座でもして真銀の斧を借りるかな。武器がなければ稼ぐことも出来ないもんな。
「うむ。分かったのだ。タマちゃん、一緒に頑張って運ぶのだ」
俺は頷く。
さあ、頑張って運ぼう。
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