1701話 アラキ島の未来

「アラキ島は今や名実ともにアラカワ領になったよ。」


へぇ。名実ともにね。ちょっと前までは名前だけだったもんな。


「そりゃまたどうしたことだ? 蔓喰の奴らが必死に取り返したアラキ島を領主が掠め取ったように聞こえるぞ?」


いや、一番活躍したのは私だけどさ。


「半分正解かな。掠め取ったんじゃなくて上納されたんだよ。蔓喰の会長ヨーコ・ミナガワ直々にね。」


ほー。ヨーコちゃんがねぇ。


「へー。それはまた思い切ったことをしたな。それで? 閣下としては今後はアラキ島開発に力を入れるのか?」


「ああ、そうなるかな。この際だから港湾事業を拡大するらしくてね。案外その辺りの動きを聞きつけたから蔓喰は早々にアラキ島を差し出したのかもね。」


「今まではそんなに大きくなかったのか?」


確かテンモカにも港はあるはずだが。


「そうなんだ。今まではオワダやトツカワム、それにイカルガなど沿岸部を周回するぐらいだったのさ。今後はローランド王国のバンダルゴウや王都との船便がやりとりできるほど港を拡大するらしいよ。」


つまりそれほどの大型船が出入りできるほどに港を整備するってことか。クタナツの代官がやったグラスクラーク入江みたいなもんか。いや、あっちはゼロから作ったんだから大違いか。


「ふーん。がんばるんだな。」


「大きな声じゃ言えないけど、アラキ島を使って南の大陸との貿易も視野に入れてるようだよ。他国との貿易は天王家の独占状態だからね。今までは手を出しにくかったんだけど、今の天王はもう長くないみたいだし。だよね?」


「さあな。そうかも知れないな。せいぜい海で死なないように気をつけろよ。海は危ないからな。」


「分かっているさ。僕が船長をやるわけじゃないけど、せいせい父上に伝えておくよ。魔王くんの忠告をね。」


上手くいくといいね。


「シューマール様、お待たせいたしました」


「ああ、ご苦労。魔王くん待たせたね。届いたよ。」


「ああ、手間をかけたな。ありがたくいただくよ。」


名誉アラカワ領民か。十等星冒険者より身分証としての価値はよほど上だろうな。もらって損はない。


「ところでもうイカルガに行ってしまうのかい?」


「ああ、少し蔓喰に顔を出したらな。夕方までには戻りたいからな。」


「そうか。名残惜しいが今日はここまでとしようか。またいつでも来てくれよ。」


「ああ、閣下によろしく。またな。それからお前たちも元気でな。」


「ありがとうございます……魔王様のご恩は忘れません……」


ちなみにシバノの顔はもう治ってる。ポーションを飲ませてやったからね。誰が好き好んで女の顔など殴りたいものか。


下町の大衆食堂って感じの店を出るだけなのに、両サイドに整列して……見送られてしまった。そうなるともう真っ直ぐ進むしかないじゃん。蔓喰の事務所はどっちだったか……




結局大通りまで出てしまった。まあここまで出れば逆に分かりやすい。今度は迷わず行けるだろう。


あっ! この店……すっかり忘れてた!

仕立て屋ブルタ。浴衣を注文してたんだ……

行こう。


「らっしゃーい。おや、魔王様。ずいぶんとお見限りだったねー? もう来ねぇんかと思ったぜー?」


「悪かったな。確か仮縫いにも来てなかったよな。こちらの落ち度だ。言い値を払おう。」


「そんじゃ二着で六百万ナラーいただきましょうかい。」


ん?


「えらく安くないか? 一着で三百万ナラー超えるって言ってなかったか?」


「なぁに。あの魔王様に仕立てたとあっちゃあいい宣伝になるってもんでねー。それに、忘れずこうして来てくだすったからなー。言い値でいいね? ってなもんよー。」


「そっちがそれでいいんならいいけどさ。じゃあこれ。」


「これだけの大金をぽんと現金払いたぁ。さすがだねー。そんじゃ仮縫いするぜー。そいつを脱いでもらおうかい。」


素肌に浴衣を一枚。冷やっ、さすがに今の季節に着るもんじゃないな。でも、着るとすぐに温まってきた。温度調節やサイズ自動調整が付いてるんだったな。へぇー柔らかで滑らかな肌触り、私のシルキーブラックモスのシャツに優るとも劣らない品質だね。


天鵞絨てんがじゅうって言ったかな。懐かしのスカジャンを思い出すね。


「よし、さあ見てくれ。どうよ? 魔王様らしく仕上がってんだろー?」


鏡の前に立つ。

ほう……これはこれは……

一切飾りのない黒一色。しかし帯だけは濃い紺色。めちゃくちゃカッコいいじゃん! これは気に入った! あっ、しかし問題が……

さすがのドラゴンブーツも浴衣には似合わないなぁ……


「これに合う履物ない?」


「適当に見繕っておこうかー?」


「頼む。この浴衣は相当気に入ったよ。」


防御力はスカスカだけどまあいいだろう。

アレクのがどんなのか気にはなるが、次回のお楽しみだな。どうせならアレクが着たところを見てみたいし。


「そんじゃまあ十日ぐれぇ経ったら来てくんなー。」


「ああ、間は空くとは思うが今度はたぶん忘れないと思う。」


私の普段着の上にコート代わりに羽織るのもアリかも。ウエストコートにトラウザーズ、その上に浴衣か……いいかも。


さて、今度こそ蔓喰に行こう。




おっ、ここだここだ。


「ヨーコちゃーん。」


「なんじゃあオラぁ!」

「何だぁコラぁ!?」

「誰の名前呼んでやが……ま、魔王さん! ち、ちぃっす!」


ほう。私の顔を知ってる者がいたか。


「ヨーコちゃんはいるかい?」


「へいっ! 会長はただいまカシラと縄張りシマの見回りに行っておりやす!」


しま?


「島ってアラキに?」


「い、いえ、失礼しやした! そうではなく、蔓喰が面倒見てる店なんかの見回りです!」


あー、なるほど。ヨーコちゃん偉いね。


「じゃあゴッゾやビレイドは?」


「へいっ! ゴッゾの兄貴でしたら今ごろ新しい店の方かと! ビレイドさんはアラキ島におりやす!」


あらら、あいつもしかしてずっと働きっぱなし?


「ちなみにカドーデラは?」


「へいっ! カドーデラさんもまだアラキ島にいらっしゃるかと!」


あいつ帰らなくていいのか? 私が気にすることでもないけど。


「分かった。ヨーコちゃんはいつ頃戻る?」


「へいっ! おそらくあと一時間もすれば戻るかと思いやす! さあさ魔王様! どうぞこちらへ! 上がってお待ちになってくだせぇ!」


一時間か……微妙な時間だよな。他にあちこち見回るには短い。しかしただ待つには長い……

まいっか。

のんびり錬魔循環でもしながら待つとするかな。

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