1669話 クロノミーネの誤算

開始の合図と同時にカムイの姿が消えた。直径十メイル程度の土縄どじょう内でどんだけ速く動いてんだよ……あ、横から赤兜の足首に噛みついてる! しかも咥えたままぶん回して……投げたー!


あ、また一人場外の奴を巻き込んでる。さっきと違うのは二人とも大した怪我はしてないってところか。いや、カムイに投げられた方は足首が潰れてるし。ムラサキメタリックを変形させるとはカムイの牙と咬筋力恐るべし! さすがに穴が空くほどではないが。これはムラサキメタリックを褒めるべきか。


「どうよ。うちの狼ちゃんはすごいだろ。これが迷宮で通用する強さってやつだ。じゃあムラサキメタリックの装備をいただこうか。」


「ああ……待っておれ。おい、新兵用の術式登録前のものを持ってこい……」


術式登録前? そういえば各個人に合わせて個別登録とかをするんだったか。だから自分のだけは換装で着替えることができるんだったよな。あんなにも魔法と相性の悪い金属をどうやって加工してるんだか。興味深いがさすがに教えちゃくれないだろうなぁ……


来た。ほー、わざわざ荷車に乗せちゃって。


「本来なら赤兜騎士団の鎧にはあらゆる魔法効果を付与するのだが、これにはまだ何も施されていない。よって、見ての通りやたら重く収納もできない。それでもよければ持っていくがいい。」


「貰っておこう。どれどれ……」


うっわ、本当にクソ重いな。こりゃあ重量軽減とか付けておかないと着てもろくに動けないよなぁ。まあ、どうせ潰して紫の弾丸にするだけだから関係ないけどね。さて……


「なっ!?」


ふふふ、騎士長め。驚いているな?

私はムラサキメタリックでも魔力庫に収納できるんだよ。かなり大変だけど……


「剣がないぞ? 装備一式って話じゃなかったか?」


「待っておれ……」


セコい奴め。どうせ鎧がやたら重いから剣までは持てまいとか何とか言ってごまかすつもりだったんだろ?




「待たせたな。これも新兵用だがムラサキメタリックであることには変わりない。受け取れ。」


「貰っておこう。」


「では次だ。三人目は女のようだが、いいんだな?」


「ああ、構わん。胸を貸してやるよ。」


クロミの胸はアレクほどはないけどね。


「サイゼール! いけぃ!」


「はっ!」


一番右端にいた奴だ。位置的にこいつが大将ってことなんだろうか。すでにムラサキメタリックに換装済みか。


「じゃあ行ってくるしー。」


「全力でいけよ。油断するなよ?」


「当たり前だしー。」


『………………』


そして伝言で指示を出す。


『……』


クロミから嫌そうな返事が返ってきた。嫌なことを頼んじゃって悪いね。


さて、クロミが戦う間は私が周囲を警戒する。先ほど私が土縄に上がった時はクロミに警戒を頼んだからな。いつどこから何が飛んでくるか分かったもんじゃないからな。


ちなみにクロミはローブを脱いでない。あれでは動きにくいだろうけど動かずに終わらせるつもりなんだろうか。大丈夫?


「ではよいな! 構えぃ!」




「始め!」


飛刃とびやいば


おっ、飛ぶ斬撃、飛斬ひざんみたいなものか。ムラサキメタリックを装備したままでよく……と思ったら両手首の先からは素手か。そして武器の刀も普通の刀っぽいな。相手によって使い分けると見たね。


さて、さっかくの飛ぶ斬撃も魔力由来の攻撃ではクロミにダメージなど与えることはできまい。避けもせず立っているだけなのにノーダメージだ。見た感じ、風壁かざかべで防いでいるのかな? 見えないけど。


でも危ないぞ? 相手はじりじりと距離を詰めてきやがる。もちろん狙いは……


飛刃連斬ひじんれんざん


おおー、距離を詰めながらも手数を増やしてきたか。だがクロミの防御は突破できないようだ。

そうこうしてるうちに……


「もらったぁ!」


一瞬にして刀をムラサキメタリックの剣に換装した赤兜。上段から振り下ろし、クロミを頭から真っ二つ……そして剣は土縄に突き刺さった。


クロミのバカ……


土塊砲球つちくれだま


あーあ、剣を振り下ろして隙だらけのところに後ろから直径一メイルほどもある土の塊が直撃だ。赤兜は場外へと吹っ飛んでいった。


「なっ、し、勝負あり……」


『クロミ……適当なタイミングで負けろって言ったのに……』


『ごめーん! だって人間ごときに負けるなんてやっぱ嫌だったしー!』


そりゃあ分からんでもないけどさ。私もカムイも少しばかり手の内を晒し過ぎてしまったもんだからさ。せめてクロミぐらいは温存しとこうかと思ったのになー。

さっきのは幻術か。そりゃ当たらんわな。防御も幻術も両方使うとはエゲツないことするわぁー。

本体がそこにいないのに防御を張ってるなんて。そりゃあ気付くわけないよな。その隙に適当な魔法で姿を消して上からか横からかは知らんがあいつの後ろに回り込んで、タイミングをうかがってたわけか。

私は横から見てたから分かったが、目の前であれをされちゃあ気付けなかっただろうなぁ。まったく……適当な攻撃をくらって場外負けでもいいのに。ジュダの野郎に警戒されてしまうだろうが。

一週間後の面会の時、私としてはあいつの態度次第では殺すつもりなんだからさ。

舐められない程度に警戒されるのはいい。だが恐れられるほど警戒されるのはよくないよなぁ。

だったら始めから私が負けておけばよかったなぁ……だってその時はここまで考えてなかったんだもん。場外負けがあるし、魔法だって使えるもんだから苦戦しようがないんだよ。


「はーい終わった終わったー。じゃ、あの黒い汁ちょうだいねー!」


「ああ……おい、持ってこい。」


それにしてもこの騎士長野郎……さっきから『持ってこい』ばっかりじゃん。こっちが勝つことを少しも予定してなかったってのか? 舐めやがって。


「さて、この際だ。こちらはもう二人残っている。よければドロガー君もやってみないか? ついでにお前もな。」


「俺ぁ遠慮しとくぜ。あんたを敵にまわす気はないからよぉ?」


「私も……遠慮しておきます……ここに来たのはこの鎧をお返しするためなので……」


ドロガーはさっさと帰ってバカ騒ぎしたいだけだろ。テンポは鎧を地面に置いた。あーあ、もったいない。こいつ剣の腕はそこそこあるけど、それでも赤兜の中では上の下ってとこだろ。これから冒険者として生きていけるのかねぇ。


おっ、騎士長野郎が何やら思案してるな。このまま帰したくはないんじゃないのか?

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