1660話 ドロガーとキサダーニ

帰りたくなったので帰ることにした。コーちゃんはもう少し飲みたそうにしていたが、私のわがままに付き合ってもらおう。宿でアレクのバイオリンを聴きながら別の酒を飲むのも悪くないよね?


さて、若草雲荘は……ギルドからそんなに遠くないそうだが……ん?


「なんだぁこいつ? チャラチャラしやがってよぉ?」

「首に蛇なんざ巻いてやがんぜ? かっこいいつもりかぁ?」

「冒険者になりに来たんかぁ? やめとけやめとけ。お前みたいなヒョロいモンにゃあ無理だぁ」


ギルドから出たらいきなり絡まれた。時間的に冒険者が依頼を終えて帰ってくる頃か。


「お前らさあ。俺がもしギルドに依頼を持ってきた人間だったらどうするつもりだ?」


これいつも思ってたんだよなぁ。ギルドに来る人間は冒険者だけではない。依頼を持ってくる人間だっているんだよなぁ。一回も見たことないけど。


「ぎゃははははは! なーんも知らねーでやんの!」

「ひぃーひひひ! バカだぜこいつ! ハッタリにもなってねぇよ!」

「やっぱお前冒険者に向いてねぇよ。やめとけやめとけ」


ふーん。つまりここ、正面入口から出入りしてる時点で依頼人じゃないってことか。裏口でもあるのかな?

それはそうと、こいつらはムカついたから……『麻痺』……あ、効いてない。これって……


「おいおい、こんな所で魔法使うな……あ? てめぇ魔王か?」


バカ三人組の後ろから現れたのは乱魔キサダーニじゃないか。そういえばこいつ、天都に用があるとか言ってたな。


「キサダーニか。久しぶりだな。中にドロガーがいるぞ?」


「てめっ! 誰の名前を呼び捨てにしてやがる!」

「しかもドロガーさんまでだぁ!?」

「やっぱお前冒険者に向いてねぇよ」


「黙れ。お前らは先ぃ行ってろ。」


「え、は、はいっす」

「え? 何なんすかこいつ?」

「分かりました」


「詳しくはドロガーから聞けよ。俺は帰ろうとしてるところなんだからさ。」


「そうかよ。だいたいの予想はつくけどよ。シューホー大魔洞を踏破したんだろ? それにしちゃあここまで着くのが早すぎる気がするがよ?」


「色々あってな。ドロガーが酔い潰れる前に聞いた方がいいぞ。じゃあまたな。」


「そうかよ……またな。」


キサダーニはドロガーと同じブラッディロワイヤルの生き残りだって言ってたな。それならあいつが迷宮を踏破したことは素直に喜べるはずだろう。仇だってとったんだし。




さてと、宿はここか。


「いらっしゃいませ」


「カース・マーティンだが、連れが先に来ていると思う。部屋へ案内してもらえるか?」


「承ってございます。ご案内いたします」


「ありがとう。それから部屋に酒と肴を頼む。だいたい五人前ぐらいで。酒はお任せでいい。」


「かしこまりました」


うーん。やっぱいい宿の客室係ってのは話が早いよな。打てば響くとはこのことか?


「失礼いたします。お連れ様が参られました」


「入りなさい」


おっ、アレクの声だ。扉越しに聴いても凛とした良い声だよなぁ。上級貴族オーラがびんびんくるね。


「それでは。これにて失礼いたします」


「ああ。ありがとう。」


扉を開けると客室係はささっと帰っていった。動きにそつがないね。


「ただいま。」

「ピュイピュイ」


「おかえりなさい。早かったわね。」


むふっ。アレクにおかえりと言われることの嬉しさたるや。


「アレクに会いたくなったもんでさ。」

「ピュイピュイ」


「か、カースったら……ば、バカ……」


ふふ、顔を赤らめるアレク。やっぱり可愛いよなぁ。私たちに倦怠期なんてないのだ。


「ちょっとニンちゃんウチには!?」


「おおクロミ。ドロガーが寂しそうにしてたぞ。行ってやったらどうだ?」


クロミは疲れたからさっさと寝るんじゃなかったのかよ。


「行かないし! ドロガこそウチをほったらかしてってひどいし!」


おやおや。これはマジでカップル誕生か? がんばれドロガー。春はもうすぐだ。


「そういえばカース。アーニャを見て欲しいの。」


「おや、どうしたの?」


アレクに連れられて寝室へ。


「だいぶ肉付きがよくなってない? 肌艶もいいみたいだし。」


そこにはベッドで眠るアーニャがいた。確かにアレクの言う通りだ。

ガリガリに痩せ細っていた体が、見えてる部分は腕と顔だが、だいぶ一般人並みに戻っている。それでもまだ細いけど。そして死人のように青白かった顔色も生気を取り戻しているかのようだ。


「そうみたいね。やはり神だけあって約束は守ってくれてるようね。この分だと目覚めるのもそう遠くなさそうね。」


「そうだね。アレクには苦労をかけてばかりだけど。」


「そんなことないわよ。カースのためならこのぐらい。それに私、アーニャの口から昔のカースのことを聞くのが少し楽しみなの。」


あら……アレクったらそんなことを。確かにアーニャがあいつならば話すことは可能だけど……

正直言って私には分からない。アーニャがあいつであって欲しいのか、欲しくないのか……もう迷宮を踏破した後だってのに。


「アーニャが起きる時が楽しみだね。」


「ちょっとぉー! なーに二人だけの世界に入ってんのぉー? ウチを除け者にして酷いしー。そんなんじゃいい事教えてやんないしー。」


今日のクロミはしぶといな。眠いんじゃなかったのかよ。


「いい事って何?」


「教えたらニンちゃん明日デートしてくれる?」


ダークエルフにもデートって概念があるのかよ……

ちらりとアレクを見ると、何の心配もないかのように首を縦に振った。


「明日はここの騎士長の用事があるからその後な。」


「いいよー。だっていい事ってその人間に関することだもーん。」


赤兜の騎士長に関すること? そんな情報をクロミが持ってるとは意外だが……まあ聞くだけ聞けばいいか。

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