1654話 騎士長の目論見

これは刺身か。旨いなぁ。へぇー、魚の種類によって厚みを変えてあるのか。醤油にワサビも嬉しいなぁ。はぁ、酒もよく合うし。青い刺身はちょっと違和感があるけど、食べてみると旨いな。刺身なのに外はカリッ、中はじゅわっ。さすがに一国の首都で一番の名店と言われるだけあるな。


「そんで、俺らに何か用でもあるのか?」


「天王陛下がご興味を示されておいでなのだ。」


「ヒュー、俺らみてぇな冒険者に天王陛下が興味だと? そんじゃあどうすんだ? 後で顔出せばいいのか?」


むっ、それは困る……私の準備が整っていない。まだ奴と顔を合わせるわけにはいかない。


「まだだ。陛下とてお暇ではない。一週間後の一月二十五日、昼食会に招待したいとのおおせだ。それまで天都から出ぬように。よいな?」


うわぁ……もう一月末かよ。迷宮内で年を越してしまったのか。なぜか急に雑煮が食べたくなってしまったな。あんこ餅もいいなぁ。あー蕎麦も食べたいなぁ……


「俺ぁ構わねえがな。宿の面倒ぁ見てくれんだろうなぁ?」


「無論だ。若草雲荘わかくさうんそうを用意してある。そこでゆるりと過ごしてくれ。」


「ほーう。なんと若草雲荘かよ。用意のいいこって。だが部屋は最低三部屋で頼むぜ? 全員同じ部屋ってのは勘弁だからよぉ。」


「いいだろう。では陛下へお話しする内容をしっかりとまとめておいてくれ。陛下はお前たちの冒険譚を所望である。ああ、それから手土産も用意しておいた方がいいな。本来なら騎士しか潜れない迷宮にどんな手を使ったのかは知らぬが冒険者が潜って、なおかつ踏破したのだ。最下層の獲物なんかを献上すれば陛下のお怒りにも触れずに済むというものだろう。」


お怒りねぇ……


「おお。まあ考えておくわ。」


そこら辺もドロガーにお任せだな。私は何も持ってないし。


「ところで、他のメンバーも紹介してはくれないか? 私の知るブラッディロワイヤルとはずいぶん違うようだからな。」


ドロガーが目で私に問いかけてくる。まあそれぐらいなら構わないさ。


「カース・マーティン。六等星冒険者。」


「マーティンとは聞き慣れぬ姓だが、もしや国外の者か?」


「ああ、ローランド王国から来た。今回はドロガーのおかげで迷宮を攻略できて感謝している。」


嘘はついてない。あら、ドロガーが照れ臭そうな顔してる。かわいい奴め。それにしても、さすがに私の名前はまだ知られてないようだな。カゲキョーの街が壊滅したのは知られてないのか?


「そうか。とても冒険者には見えぬ洒落た服装をしているな。よくドロガーのパーティーに加われたものだ。」


「逆だぜ。俺がメンバーに入れてもらったんだ。こいつら揃いも揃ってやべぇ奴らばかりだからよぉ。」


「ほう、ドロガーがそこまで言うほどか。ならば隣の君もそれなりにやるのか?」


「ウチ? まあ普通じゃん? 隣の部屋にいる奴らぐらいなら楽勝だし?」


さすがクロミ。やっぱ気付いてたのね。


「ほぉう。それは気になるではないか。ならばどうだろう。腕を見せてもらうというのは?」


「んー、後でねー。これ美味しいからー。」


クロミのことだからいきなり魔法を使うかと思ったら。ここで魔法なんか使われたら料理に埃が入りかねないもんな。


「私はやめておくわ。アーニャが心配だし。」


それは私もだ。それなのにアレクにばかり世話を任せてしまって自分は料理に舌鼓……私はダメな奴だ……


「騎士長よぉ……やめといた方がいいぜ。こいつらやべぇんだって……マジで。」


「ほう? ますます気になるな。うちの精鋭を相手どこまでやれるか明日にでも見せてもらうとしようではないか。どうかな君たち?」


「報酬だせよ。」


のんびりしたいってのにさぁ。アーニャは気になるしコーちゃんやアレクとイチャイチャしたいし。まあ報酬次第だな。なんならムラサキメタリックを丸ごと剥がしてやってもいいし。


「ふむ。何を望む? 仕官でもいいが。」


嫌に決まってるだろ。


「いい酒を頼む。例えばアキツホニシキの特等純米生原酒なんかをな。」


そしてコーちゃんと一緒に飲むのさ。


「ピュイピュイ」


ふふ、コーちゃんも飲みたいよね。あの酒は精霊の味がするって言ってたもんね。


「そこまで量はないが勝てば進呈しよう。勝てればな?」


思うに、赤兜騎士団としては今まで迷宮を攻略できなかったもんだから、冒険者に先を越されて立場が危ういはずだよな。影響力だって低下するだろうし。だからそんな私たちを叩きのめすことで自分達の威信をアピールしようとしてるってとこか。いや、叩きのめす以上のことを考えているはずだ。まったく……


まあ、恥の上塗りにならなければいいけどね。


「じゃあウチはこの黒い汁がたっぷり欲しいし。これ村のみんなにも食べさせてあげたいしー。」


ほほう。クロミは醤油か。いい趣味だ。フェアウェル村にも発酵調味料はあったが、さすがに醤油はないもんな。


「いいだろう。だがたった二人というのは寂しいな。もう一人ぐらい参加して欲しいものだが?」


「ガウガウ」


「うちの狼ちゃんがやるそうだ。三人もいれば充分だろ?」


「ふむ、まあいいだろう。さて、話はこれまでだ。私は失礼するとしよう。どうか楽しんでくれ。」


結局メインの用事はそれだもんな。本当は全員参加させたかったんだろうけどな。


「騎士長も大変だなぁ。俺は忠告したからな? 知らねぇぞ?」


「ふむ、せいぜい楽しみにしておくとしよう。明日の昼前、宿に使いをよこす。ではな。」


そして騎士長は出ていき、隣の部屋の魔力も消えた。


「おう、赤兜ぉ。起きろや。怖ぁい騎士長は帰ったぞ。」


「あ、ああ……」


「起きたら食え。旨いぜぇ。」


「ああ……」


赤兜も大変だねぇ。でもまあこれでクビになったようなもんか。せっかく騎士やってたのに冒険者なんかになっちゃっていいのかねぇ。


あ、そうだ。どうでもいいけど聞くだけ聞いておこう。


「ドロガーは騎士長と知り合いだったのか?」


「ああ、俺らが昔イカルガを拠点にしていた頃にちょっとな。あの頃はまだ隊長クラスだったはずだが、どうやって騎士長にまで登り詰めたのやらなぁ。」


なるほど。五等星冒険者ともなると騎士団と付き合いがあってもおかしくないわな。さあて、本腰入れて飲むとしよう。


「アレクも飲もうよ。アーニャには風壁張っておくからさ。」


「ええ、いただくわ。いい香りね。」


こうしてアレクと差しつ差されつ。いいなぁ。はいコーちゃんにも。かんぱーい。


「ピュンピュイ」


ふふ、コーちゃんかわいい。

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