1649話 カムイ VS 修蛇渕

カムイは一人で歩いていた。 修蛇渕しゅだぶちと呼ばれる迷宮の魔物と戦うために。いつかのヘルデザ砂漠での出来事を思い出しながら。




あの時の巨大な魔物『ノヅチ』

もし自分があの魔物と戦うなら、どう立ち回るか。砂漠で戦うなら、まず勝ち目がない。

自分はカースと違い空を飛べない。大地を踏みしめて走ることしかできないのだ。砂漠のような踏ん張りの効かない場所では容易くノヅチに吸い込まれてしまうだろう。

それがもし、ここのような平らな地面で走りやすい場所ならば? ノヅチが相手であっても勝ち目が出てくるのではないだろうか、と。


そして今回の修蛇渕。迷宮の通路で出会った時は、正面から立ち向かうより他なく勝ち目も見えなかった。時間稼ぎの魔声が通用したのは良い誤算と言えるだろう。


だが、今は違う。つい先ほどまで友であるカースがリッチーと戦っていた部屋ほどもある場所にいるのだ。あの神が何を考えてこの部屋にしたのかは不明だが、これはカムイにとって好都合だ。


友を喰らった怨敵。叶うものなら再戦し、自分の手で仇をとりたかった。再会できることは分かったが、気持ちはおさまらない。ノヅチを思い出したこともあり、戦いたくてたまらなかった。


そして今、願いは叶えられた。




カムイが立ち入るや否や修蛇渕もすぐに姿を見せた。そしてさほど速くもないスピードで大口を開けてカムイに向かってきた。


「グオオォオオオオォォォーー!」


魔声ではない。カムイはただ景気付けに吠えただけだ。そして吠えると同時に身を躍らせ、修蛇渕の側面に斬りかかった。伝家の宝刀『魔力刃まりょくじん』を口元から生やしながら。

すると、やはりと言うべきか効かなかった。修蛇渕の防御が堅いせいではない。修蛇渕の表皮から魔力が吸われたからだ。正面に立てば体ごと吸い込まれ、側面からは魔力が吸われる。早くも進退窮まった、かに思えたが……カムイは気にした様子もなく、ひたすら同じ行動を繰り返すばかりだった。

いや、一つだけ違うことがある。


牙だけでなく爪までも利用して攻撃している。大抵の魔物は一撃で首を落とされるカムイの切れ味。それを以てしても修蛇渕の強靭さは易々と超えられないらしい。渾身の一撃も表皮に軽く傷が走る程度。そして修蛇渕の動きは徐々に速くなっていく。移動のスピードだけでなく、長大な尾が襲ってくる速度も。


修蛇渕の体型は蛇と同じで手足はない。口をいっぱいに開けば直径十メイルはあるだろう。しかし全長は三十メイルほどしかなく長さと太さがどこかアンバランスである。しかも、口先から十五メイルほどは徐々に細くなっていくが、その先では急激に細くなる。十五メイルあたりで直径一メイルほど。それが先の方までいけば直径は十センチもないだろう。


しかし、それだけにその攻撃は驚愕だ。胴体の中央あたりがぶるっと揺れたかと思えば、数瞬後に鞭となってカムイを襲うのだ。いくらカムイが無敵の毛皮を持つとはいえ、単純な破壊力の前にはそう何度も防ぎきれるものではないだろう。


……当たればの話だが。


どうやらカムイは尾鞭びべんの軌道を見切っているらしく、これまで一度たりともくらっていない。逆に修蛇渕の方こそ自らの体を傷つけている。


絶えず修蛇渕の側面に位置し、襲いくる尾鞭を避け続けながらカムイは攻撃を続けた。




どのぐらい時間が経ったことだろう。

ようやく修蛇渕の側面に一メイル程度の切れ目ができた。深さは三十センチといったところだろうか。今のところ傷がふさがったり、血が止まったりする気配はないが、とても致命傷と言えるほどでもない。


カムイは修蛇渕から距離をとった。互いが位置するのは部屋のほぼ端と端。修蛇渕にとっては一瞬で潰せるような距離ではない。

しかし、カムイにとっては……


一瞬で自身のほぼ最高速まで加速できるカムイである。それが六十メイル近くも助走をつけたらどうなることか。


白い光としか形容できない何かが部屋を走った、いや、煌めいた。だが、それほどの威力を以てしても修蛇渕の傷口はほんの五十センチ広がった程度だった。再び距離をとるも、そう何度も横をとらせてはくれない。修蛇渕は常にカムイに正対している。そして大口を開き部屋を丸ごと吸い尽くさんばかりの勢いで吸引を始めた。先ほどまでとは威力が違う。口の前五メイル圏内に近寄らなければ安全だった先ほどとは。


カムイは吸われるがままの勢いで修蛇渕に走り寄っていく。このままでは飲み込まれてしまう、という時に強く地面を蹴り、高く舞い上がり修蛇渕の上に乗ってしまった。だがそこは尾鞭の殺傷圏内だ。修蛇渕の体を円とするならばカムイは接点である。自然と尾鞭は接線のような軌道でカムイを打ち据えようとした。

表皮を丸ごと薙ぎ払う鞭の一撃だ。逃げ場は少ない。それでもカムイを捉えることはできなかった。目を持たず、視覚でカムイを捕捉しているわけでもない修蛇渕だが、尾鞭は的確にカムイを襲っているにもかかわらず。カムイが何枚も上手なのだ。


修蛇渕も半ば意地になっているのだろうか。自分が傷付くのも構わずに尾鞭を縦横無尽に振り回している。しかし、それでもカムイには当たらない。なぜなら……


カムイはすでに自らが切り開いた傷口に身を沈めていたからだ。

そして、修蛇渕の外周に沿って身を噛み切りながら食い進んでいった。


これにはさすがの修蛇渕もたまらないようで、どうにかカムイを振り落とそうと地面を転げまわる始末だ。だが、すでに身に取り付いたカムイとしては平衡感覚がややおかしくなるぐらいで大した問題ではない。依然として食い進むのみだ。一体カムイはどこを目指しているのだろうか。


しかし修蛇渕としても、このままいいようにさせるわけにはいかない。とぐろを巻き、カムイがいる場所を締めつける。外から攻撃できないのなら内部から潰すと言わんばかりに。


『グオオォオオオオォォォ!』


カムイの魔声が炸裂した。それも体内に直接。外からくらっても数分間ほど動きを止めることのできた魔声だ。それを直接体内に放つとどうなるか。修蛇渕は痺れたように身動きがとれなくなってしまった。


これ幸いと修蛇渕の身を噛み切りながら進むカムイ。ついに先ほど着地した天頂部にまで辿り着いてしまった。つまり修蛇渕の身を四分の一ほど切り開いたことになる。

すると今度は意外にも下に向かって前脚を動かしている。強靭な爪で肉を切り開いているのだろう。


カムイの目測によると修蛇渕の肉厚は二メイル程度。それ以上切り裂くと口内へと落ちてしまい虚空の彼方に飲み込まれてしまうだろう。

そしてカムイの目的は……修蛇渕の魔石であった。脳も心臓もない、神の兵器とでも言うべき修蛇渕のような魔物であっても魔石は必ず存在する。こいつはアンデッドではなく、自らの意思で動く迷宮の魔物なのだから。

だからカムイはそれのみを探して無謀な攻撃を繰り返していた。


そしてついに天頂部の底から濃密な魔力の匂いを発見し、そこを目がけて進んでいるというわけだ。だが、カムイにしても命がけだ。体内を進むということは、呼吸ができないということだ。ましてや散々走りまわり、なおかつ強烈な魔声を使った後だ。限界は近かった。


そして予想より早く修蛇渕の硬直が解ける……しかしその寸前、カムイは修蛇渕の魔石を噛み砕いた。

そして解き放たれたように修蛇渕の体内から飛び出た。おそらく呼吸が限界だったのだろう。カムイにしては珍しく息も絶え絶えだ。


何かカースに戦利品を見せびらかしたいと思ったカムイだったが、目ぼしいものが見つからなかったため尾を噛み切ることにした。太さが直径十センチなのはおよそ五メイルほど。そこから先を戦利品とするべく噛み切ろうとしたところ……修蛇渕が消えた。

そう。迷宮の魔物である以上、死んだら消えるのが当然だった。何らかの落とし物を残して。


かくしてカムイは修蛇渕が落とした長いロープを引きずりながら、その部屋を後にするのだった。

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