1385話 収穫の時
さて、用が済んだことだし帰ろうかな。でも夕食にはまだ早いから、そこらを散歩でもしてみるかな。
「魔王さん……寿命が縮みやしたぜ……」
「そうか? 暴れなかったぞ?」
「魔王さんは暴れてませんけど……カムイの兄貴が暴れたじゃねぇですか……」
「いいや、暴れてないな。カムイが暴れてたらとっくに全員肉片になってるだろうよ。それなのに誰一人死んでない。カムイはこれでも手加減ができるんだぜ?」
一階の広い土間には蔓喰の若い者が積み上げられている。闇ギルドと話をする時はとにかくこちらの力を見せておかないとな。むしろ初手から兜を脱いでたカドーデラがおかしいぐらいだ。
「で、まだ付いてくるのか?」
「だめですかい? アタシぁコーの兄貴とカムイの兄貴の舎弟ですぜ? まだ時間ぁ早ぇですが、どこぞで一献どうです?」
「ピュイピュイ」
もー、コーちゃんたら。
「いい酒が置いてある店にしろってさ。」
ちなみにコーちゃんはもう私の首に戻ってきている。おかえりコーちゃん。
「ようがす。とことん付き合ってもらいやすぜ?」
「ピュイピュイ」
「コーちゃんは朝まで付き合うってさ。」
私は腹が膨れたら帰るぞ。夜はアレクとのイチャイチャタイムなんだから。
こうして私達は昼はイグサ田の様子を見たり、稽古をしたり。夜はカドーデラやヒチベ、フォルノや漁師達と飲んだりしながら一週間を過ごした。
そしてついに収穫の時。まだ夜明け前なんだよな。普段から収穫時だけは日の出前でも城門を通れるらしい。今回は私がヒチベに話を通しておいただけだがね。
夜明け前の薄暗いイグサ田の前には不自然なほどの人だかり。どいつもこいつも暇人か?
「よし、それじゃあアレク。幻術を解いてくれる?」
「ええ。」
私は『光源』を使う。すると……
天を突かんばかりに伸びたイグサが姿を現した。見物人からは溜め息すら漏れている。なんて綺麗な
「じゃあアレクが刈り取ってくれる? 僕が束にするから。」
少し落ち着いたぞ。またアレクに泣き虫カースって言われたくはないからな。
「分かったわ。共同作業ね!」
ふふふ、照れるじゃないか。
「じゃあいくわよ。」『烈風斬』
なるほど。田全体を一発で刈り取るための中級魔法か。では私は……『水鞭』ひと束が直径二十センチぐらいだろうか。それがいくつもイグサ田に横たわっていく。
「品質はどうだい?」
「す、凄いです……イグサがぴんと伸びて、活き活きとしてて……今までのイグサとは全く別物みたいです!」
ほほう。看板娘が言うならそうなのだろう。魔力をしっかり込めたからかな?
「確かにな。これほどのイグサは見たことがない。さすがは魔王様だ。これならば泥染めをせずとも素晴らしい畳ができることだろう。」
「どろぞめ? 何それ?」
「通常は収穫したイグサを泥に浸して耐久性を増したり乾燥しやすさを上げたりなどの処置をするのだ。その上変色も防げるしな。だが、このイグサときたらそれら全てを必要としないほどの生命力を感じる。まさにこれは『魔王の畳』だな。その分職人には苦労をかけるだろうが、それもいい経験だろう。そうだな? フォルノ。」
「ぬー、やるでー! 最高の畳作ってやるでー!」
ヒチベもフォルノも私達がイグサをどうやって収穫するのか興味があったらしく見物にやって来ている。泥染めか。イグサを収穫したらすぐに畳ができるわけじゃないんだな。
「後は涼しいところでゆっくりと乾かすだけだ。それが終わればいよいよ畳表を編むことができるだろう。魔王様、お手数で悪いが収穫したら倉庫に運んでもらうことになる。頼んでもいいだろうか?」
「ああ、問題ない。いったん全部収納するから大した手間でもないさ。」
乾燥なら私がやってもいいのだが、急激な乾燥でイグサが傷んだら嫌だからな。後はヒチベ達に任せた方が無難でいいだろう。オディ兄の『乾燥』なら自然な仕上がりと同等にできたりしないだろうか。
よし、残りのイグサもさくさく刈り取ろうか。日が昇るまでに終わらせないとな。刈り取った直後のイグサは直射日光に弱いって話だからな。
「これでもう大丈夫だ。魔王様、これほどのイグサを育て上げ、そして収穫したこと……我ら一同敬意を表する! そしてこれは我らからの気持ちだ。ローランドの地でイグサが育つものなのか我らには分からん。だが、受け取って欲しいのだ。ヤチロの民の総意として。魔王様への感謝と敬意として!」
イグサを倉庫に安置した後、ヒチベがやけに暑苦しいことを言ってきた。その手に握られているのはひと束のイグサ……の苗。若苗ってやつか。
「おう。ありがたく貰っておく。あっちに帰ったら手付かずの広い領土があるからな。もしかしたら米やイグサを育てるかも知れん。それより、こんな時間だけどお前ら……飲むだろ?」
「ピュイピュイ」
お前らって言ったのにコーちゃんが!
「飲みやすぜ!」
「飲んだらぁ!」
カドーデラとボスまで来てやがる。
「お、オイは飲まない……」
「兄貴……さすがだ!」
フォルノとチラノ兄弟も。
「よっしゃあ! おめぇら飲め飲めぇー!」
「ひゃっはー!」
「げっへへぇ!」
なぜ漁師達がここに居る?
ガイ入江のグンチクって言ったか。こいつら朝は仕事の時間じゃないのか?
「ま、魔王様、あっしは……」
看板娘の父親か……
「飲みたければ飲んでいいぞ。もうお前らに借金はないんだ。好きに暮らすといい。」
倉庫にイグサを納めた時点で契約魔法は解除した。酒も博打もやりたいようにやればいいさ。
「魔王様、お嬢様。この度はありがとうございました! おかげで親子三人、どうにか生きていけそうです!」
「まおー様ありがとうございます!」
看板娘と妹にはアレクが手持ちの宝石を一つずつ渡していた。売るもよし、自分の身を飾るもよしだ。そんなアレクは首にアルテミスの首飾りを誇らしげに飾っていた。
分かってるさ。看板娘姉妹が気を遣わないように……『私はこんな凄い宝石を持ってるの。だからあんた達にあげた石なんて大したものじゃないから気にしないでいいんだから!』って言いたいんだよね。アレクったら無言のツンデレなんだから。
「魔王さん、どこで飲みやすかい?」
「決まってるだろ。領主邸の前だ。あそこは広かったもんな。行くぜお前ら! 朝から飲むぜ! 金がない奴ぁ領主邸まで来い! 俺がおごってやるから気にすんな!」
ついに念願の畳が手に入る。ついつい散財してしまっても仕方ないよな。楽しみでたまらない!
「お客様、酒や肴の手配はお任せいただけますか?」
「おう! 任せた! ガンガン頼むぜ!」
客室係、チラノは気が利くな。さすが高級宿のビップ部屋担当だわ。うーん、まだ飲んでないのに不思議とハイになってしまってるな。畳ハイだな。今ならフェルナンド先生のように皆の前で芸を披露したい気分だわ。よし、飲んだら芸をしよう。何がいいかなー。
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