1379話 ユメヤ商会とクラヤ商会

誰だこの小太りは?


「久しいな。アラカブ・クラヤ。その様子を見るにいち早く逃げ出すだけの分別はあったようだな。何か言うことはあるか?」


クラヤ? クラヤ商会の会長か。


「た、頼む……い、命だけは……!」


いきなり床に座り込んだ。えらく潔いな……


「ほう? 命だけは……か。どうやら自分が何をしたか忘れたわけではなかったようだな。魔王様……聞いてくれ。こいつはな、私の妻に横恋慕していてな。あの時、領主の手入れが入った時……妻だけは別に連行されたのさ……」


「だからアカダも助けられなかったってことか?」


「そうだ……行き先はこいつの別邸……そこで妻は……妻は……」


何でそこまで知ってんだ?


「ち、ちが……ゆる……ゆるし……」


「しかもだ! そんな妻に執心なのが領主に知られると! お前はあっさり領主に妻を献上しやがった! あいつは人の女を籠絡するのが大好きだからな! 妻はきっと私が助けてくれると信じてくれていたはずだ! 領主にどんな屈辱的な目に遭わされようとも自害などするはずがない! 領主に殺されたんだ! お前が! お前らが妻を! ハヅキを殺したんだ! 違うか!」


「ち、ち……が……だってご領主様に……さから……えない……」


酷過ぎる……ここの領主は一体何を考えてたんだ……? 完全に暴君……いや暗君ってやつか? それにしてもよくそこまで知ってんな……


「ヒチベ、カースにお願いしてみたら? 契約魔法をかけてもらえるわよ?」


「ほう……それはいい考えだ……魔王様、頼んでもいいか?」


「それは構わんが……殺さないのか?」


かなりの恨みだと思うが……


「ひいぃぃ……い、命だけはぁ……!」


こいつも中々に図々しいな……


「命だけは助けてやるさ……我らは商人だからな。商人らしい償いをしてもらう……」


「ふーん、まあいいや。言えよ。」


「簡単なことだ。身代しんだいを丸ごといただく。次代のクラヤ商会はうちのオリベが継ぐ。心配するな。店の者はそのまま使ってやるさ。良かったな? 命が助かるぞ?」


そんなもんでいいの?


「そ……そんな……」


「なんだ、不服か? じゃあやはり命で償ってもらおうか! 魔王様の狼の餌なんてのもいいかもな!」


「うちのかわいいカムイにこんなの食わせるわけないだろ。あと餌って言うな。」


まったくもう。


「ひっ、ひぃぃ……お、おたすけ……」


「まあいいや。約束な。お前の財産全てヒチベに譲れ。そしたら命は助けてもらえるぞ。」


「あ、あが……」


何なんだこいつは? 図太いかと思ったらビビりまくってるし……


「話にならないな。殺せば?」


「それもそうか……」


「ひいぃぃーー!」


「ちぃーっと待ちねぇ。」


また新たな来客か。おーおー、頬から側頭部にかけでざっくり傷があるじゃないか。冒険者か、それとも闇ギルド関係か。


「おおぅ! 来たか! やっと! やれ! カドーデラぁ! こいつらを皆殺しにしろぉぉーー!」


小太りが急に元気になった。ははぁーん、こいつは蔓喰つるばみのもんか。闇ギルドがたった一人で何やってんだか。


「くく、くっくっく。ユメヤよぅ。クラヤはこんなこと言ってるがどうすんでぇ?」


「どうするも何もない。我らには蔓喰の力が必要だ。そちらとて領主とクラヤ商会亡き今、表の資金源が欲しかろう。約定通り、ユメヤ商会と守護契約を結んでもらおうか。」


へぇー。やるねぇ。すでに話をつけていたのね。まあ蔓喰にしてみれば、勝ち馬に乗れさえすればどっちでもいいってことね。つくづく闇ギルドだねぇ。もしヒチベ達が失敗したなら知らん顔してればいいんだしな。


「いいぜぇ。んじゃ契約成立でぇ。後でうちのヤサに来てもらうけどな。約束通り上納金は三割いただくぜ?」


「もちろんだ。我らは約束は守「それなら四割出す! 助けろぉーー! 裏切る気かぁぁーー! 今まで散々甘い汁を吸わせてやっただろぉがぁぁーー!」


三割とか四割って何を基準にしてんだろうね。売上の四割だったら地獄じゃない?


「くくっ、今まではな? だがよぉ、領主本人どころか領主一家が丸ごといなくなったんだぜ? お前はもう終わってんだよ。しかもユメヤ商会には魔王までついちまってよ。おぉ怖い怖い。」


あら、私のことを知ってるのか。別にユメヤ商会に肩入れしたつもりはないが、まあ結果的にはそうなるわな。むしろヒチベが私の名前を利用したとも考えられるな。商売人だねぇ。


「そ……そんな……ま、魔王?」


「どうも魔王です。」


つい口を挟んでしまった。自分で魔王って言うのもだいぶ慣れたけど、少しだけ恥ずかしくはあるんだよな。


「げえええぇぇーー! ひいぃぃーー! おた、おたすけぇええーー!」


この反応はおかしい。私のことをそれほど知っていると言うのか? 知っていたとしてもそこまでビビるか?


「ほおぅ、魔王さんですかぃ……お初にお目にかかりやす。手前生国と発しやすはヒイズルでござんす! ヒイズルと言いやしてもいささか広うござんす! ヤチロは南のヒナグマゴ! とうに潰れた廃村の! 悪たれボウズが闇街道! 流れ流れて蔓喰つるばみの! 若者頭わかものがしらでございやす! 姓はタカマチ、名はカドーデラ! 人呼んで、人斬りカドーデラと申しやす! 万端熟懇ばんたんじっこんにお願ぇ申し上げやす!」


すごいなこいつ……スラスラと……見たところ二十代中盤か。これはこいつら流の敬意かな。悪い気はしない。


「見事な口上だった。俺はカース・マーティン。確かに魔王と呼ばれている。闇ギルドなどと仲良くする気はない。だが、敵対しなければこちらから手を出すこともない。ユメヤ商会の後ろ盾になったのなら利害が一致する間は面倒みてやってくれ。それから、先ほどの見事な口上に敬意を表してこれをやるよ。」


魔力庫からムラサキメタリックの刀を一振り。なんせたくさん入ってるからな。こいつが人斬りって呼ばれてるんなら上手く使うだろうよ。


「こ、こいつぁもしや……」


「エチゴヤの落とし物だ。これならエチゴヤだろうが赤兜だろうが斬れるだろ?」


腕次第だけどね。


「へいっ! ありがたく頂戴しやす!」


それにしてもなぜこいつは初対面の私にここまでへりくだってるんだ? 小太りはやたらビビってるし。

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