1372話 裏切りの代償

遠くに見えるのは汚い椅子だな。いや、椅子じゃなくて箱か。まあせっかく運んでくれてるんだから有効活用しようかね。

その他の農民達は互いに顔を見合わせながら一歩一歩この場から去ろうとしている。


「おーい! 椅子ぅ! はぁっはぁ、持ってきたぁ!」


「ご苦労。よくやった。ほれ、ご褒美だ。」


私はあんまり使ってない木札、一万ナラーだ。


「へ! こんなに!? へへぇぇーー!」


うーん分かりやすい反応だね。


「お前は役に立つな。もっと欲しいか?」


「へ! も、もちろんで!」


「よし、なら約束しようか。この小判をやるから質問に答えてくれるか?」


十万ナラーだぜ。


「へ! もちっろろろっろんっっっ……」


いとも容易く効いた。単純な相手は楽でいいね。


「誰が役人に密告した?」


「へ! あの人で! わしら全員で村役のシャウヨ様に頼んだんだぁ!」


「バカっお前! 何を!」

「シブタ! お前裏切るんか!」

「金なんかに転びやがって!」


村役ね。村長とは違うのかな?


「お前か。あらぬ疑いをかけてお役人様を動かしたのは。だが見ての通りお目付け役のお墨付きはもらった。もうお前らが手を出せる範囲を超えてしまったなぁ? さあ、どうする?」


だいたいどんな通報したら四人も来るんだよ。騎士でなくて役人が。しかも一人はそこそこ大物っぽかったし。


「し、しし、知らん知らん! シブタが勝手に話しただけだ! わしゃ知らん!」


『風壁』


私を含む全員を風壁で覆ってみた。これで誰も逃げられない。


「なっ、何をした!? 魔法を使ったことぐらい分かるんだぞ!」


おおー。村役ともなると魔力を感じとることができるのね。


「別に? ただ誰も逃げられないように周囲を覆っただけ。おっと、お前はこっちに来ておきな。」


シブタって呼ばれてたかな。おっさんや看板娘達と一緒に居てもらおうか。と言うかこいつらは外に出して……


『圧縮』


オディ兄直伝、服の皺を伸ばす魔法だ。それを私が使えば五十センチ四方もあった木箱が直径十センチ程度の球と化す。オディ兄の百倍以上の魔力を使って威力は二、三倍って割に合わないよなぁ……


おお、シーンとなったね。よしよし。


「次にこうなるのは誰だ?」


と、ビビらせておいてから……


『火球』


「アレク、いい汗かこうよ。」


そう言って私は上半身の服を収納する。ついでに籠手も。外で籠手まで外すのって珍しいんだよね。


「そ、そんなカース……だ、だめよ……こんな所で……農民が見てるわ……//」


勘違いしているアレク。ぽかんと見つめる農民達。


「で、でもカースがどうしてもって言うなら……//」


ウエストコートのボタンを外すアレク。そろそろ止めようかな。いや、もう少し待とう。

ウエストコートを脱ぎ、上半身が白いシャツ一枚になった。うーん爽やかエロス。二つの果実がバインバイーンだな。


「アレク、違うよ。暑くなったと思わない?」


「え? ええ? ええ……そ、そうね……//」


勘違いに気付き恥ずかしくなったけど落胆している自分に気付きまた恥ずかしくなったのね。可愛いすぎるだろ。サウナはローランド王国にもあるんだからさ。私はあんまり利用してないけど。そのうち自宅に作ってもいいんだけどね。


「ガウガウ」


暑すぎるから出る? もーカムイはだめだなぁ。でも風壁を破る前に出ると言ったのはえらいぞ。少し穴を開けてやる。


「ピュイピュイ」


暑さが心地良い? コーちゃんはこれ系の暑さは好きだもんね。熱い風呂は嫌いなくせに。


さて、室温は軽く百度を超えている。もう少し暑くしてやろうかな。


水滴みなしずく


シャワーのように水を撒く。湿度ぶち上がりだぜ。


「な、何をする気だ……わしら農民がこの程度の暑さに屈するとでも思うのか!」


「さあ? 俺はただお前らをローランド式のサウナに招待してやっただけだ。最近朝晩が寒いもんなぁ。いい汗かいてすっきりしろよ。」


私は魔力庫からリモンを取り出してカップに絞る。そして水を混ぜて……氷を落とす。


「アレク、これ飲んでみて。」


「あら、美味しそうね。いただくわ。」


上品なしぐさで口を付けたアレクだが、たちまち飲み干してしまった。ごくごくと喉を鳴らして。そりゃあそうだろう。


「最高に美味しかったわ! もっと飲みたいわ!」


「いいよ。まだまだあるよ。」


私も飲もう。ふーぅ、スッキリして美味しいな! なんて喉越し爽やかなんだろう!


よし、温度上げよう。


『火球』


農民達も各々が魔力庫から水筒を取り出したり、水の魔法を使ったりしているが……それで足りるのかぁ?




そしてわずか五分後……


「出せ……出してくれ!」

「あづい……死ぬ……」

「のどが……」


まだ喋るだけの元気があるじゃないか。


「お前ら農民は裏切り者を許さないんだよな? だから俺はお前らを許さないぞ? 必死に生きる道を拓こうとしたコガデのおっさんを役人に売ったよな? それも何かあった時に自分達が巻き添えをくわないためだけに。こっちはあの時の約束を守って目立たないようにやっているのによ。何か言うことはあるか?」


「ち……ちが……」

「言いだしたんは……ノテユで……」

「ちがっ、フチソじゃ……」


「な、なんでもする! だからわしだけは助けてくれぇぇ!」


おお、さすが村役。保身力が高いね。


「そんっ、な村役……」

「なら、ならおれもぉ!」

「おれだってぇ!」


「そうか。お前達そんなに助かりたいのか。うーん……どうしようかなぁ……」


「たのむぅ! なんでもぉするからぁ!」


「やる! やるから……」

「おれもぉぉぉ!」

「たすっけぇ……」


こいつらは喋れるだけマシか。すでに何人か倒れてるしな。


「いいだろう。なら約束な。とりあえず寝てる奴を叩き起こして水でも飲ませてやんな。」


『風壁解除』

『風操』


あー涼しい。めっちゃ涼しい。実は私も結構危なかったんだよね。なんせ自動防御を張ってなかったから。農民が反乱を起こさなくてよかった。リモン水ぐびり。旨すぎる……! ぐびぐび。




「起こしたぞ……」


「よし。では約束だ。今からお前ら全員ここの田でイグサが収穫できるまで、邪魔をするな。」


「え……それだけ……?」


ふふふ、簡単だと思ったろ?


「そう。それだけ。もし魔物なんかが襲ってきたら防いでもらうが、ここら辺までゴブリンが来ることなんてあるのか?」


「いや……めったにない……」


「なら簡単だろ? やるよな?」


「わかったっばっぉぉっ……」

「わあっとぉっ……」

「やるっうっぅぅ……」




よし。全員にかかった。

ふふふ……今夜何が起こるかも知らずにな。


「じゃあお前ら帰れ。もし何か起こったらコガデが知らせるだろうよ。その時に全力で動くことになる。期待してるぜ?」


どいつもこいつも安心でいっぱいの顔してやがる。自分達が看板娘一家の将来を潰しかけたことなど忘れたかのように。

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