1366話 ヤヨイ VS カース

会長ヒチベは組んでいた腕を解き、こちらに歩いてきた。


「配下になることはやぶさかではない。だが、我らは元は商人といえども力なき者の傘下に入る気はない。膨大な魔力、そして情勢を見通す叡智は見せてもらった。かくなる上は肉体の力を示して欲しい。返答はいかに!?」


マジかよ。商人のくせに暑苦しい思考してんなぁ。


「無理だな。俺は肉弾戦には自信がない。お前を殺すのは容易くても、なるべく無傷で勝負を終えられるような腕はない。」


少なくとも番頭と魔法なしでやったら勝てないことぐらい分かる。一発勝負なら少しは自信もあるが、大怪我させるか殺しかねないもんな。


「ほう? 意外と正直なんだな。ならばそちらのお嬢さんでもいいぞ。その場合こちらも女が相手をするが?」


「私がやるから!」


おっと、私達より歳上の女の子だな。二十は過ぎてるな。こいつがクラヤ商会の長女かな。


「ヤヨイさん!?」

「ヤヨイ!」


おっ、若旦那も姿を見せたね。


「お前達! 名前からするとローランドの者だな? 魔法しか取り柄のないお前達が素手で相手になるとでも思っているのか!?」


ローランド王国から来たってことはさっき言ったぞ? しかも腕はないとも言ったばかりなのに。さてはこの女、人の話を聞かないタイプか? どいつもこいつも暑苦しい考えをしてんだなぁ。しかもさらっと素手とか言ってたな。


「仕方ないな。それなら俺がやるさ。相手は……そこの若旦那か?」


いくら何でもアレクに素手の殴り合いなんかさせたくないもんな。


「僕か?」


知らねーよ! お前らが言い出したんだろうが!


「待ってオリベ! こいつは私が相手をするから! あなたが出るまでもないから!」


ふーん。若旦那の名前はオリベって言うのか。


「いいのか? 俺はそんなに強くないから手加減なんかできないぞ?」


我ながら情けない話だけどね。


「ふん! 腰抜けね! やっぱりローランド者は魔法がなければ何もできないんでしょう!」


なーんかムカつくなぁ。お前らフェルナンド先生やスティード君と戦ったら腰を抜かすぞ?


「会長、それじゃあ約束だ。勝負は一対一の素手。こちらが勝ったらお前らが配下になる。そちらが勝ったら……どうしたい?」


「一度でいい……ヤチロに帰るために力を貸してくれ……」


「いいだろう。では改めてその条件で約束だ。いいな?」


「いいだろっおっごぉ……契約魔法か……こうも鮮やかに……」


「それじゃあ勝負を始めるわよ! 双方準備はいいわね?」


おお、アレクが仕切ってくれてる。さすが。


「いい!」


「いいよ。」


「それでは双方尋常に! 始め!」


クラヤの娘は合図と同時に距離を詰めてきた。そのまま私と対峙し一瞬で三、いや四発もの打撃を繰り出した。めっちゃ速い……


「どうだ! 私の攻撃は見切れまい?」


確かに見切れないけど効いてもないんだよな。頭さえ防御しておけば何も怖くない。むしろ今ので分かった。こいつの攻撃は軽い。ゴモリエールさんの胴体を切断しかねない蹴りに比べたら何ほどのこともない。まあ少々重いぐらいじゃあどうせ効かないけどさ。


私はボクシングのように頭部を固めて距離を詰める。


「ふん、臆病者め。そんなに私の蹴りが怖いのか! そのように閉じ籠もっていればただの的だぞ!」


おっ、少しだけ威力が上がったか。一発一発に力があるな。だが、それまでだ。私の腹を殴ったのはいいが、少しばかり手を引くのが遅かったな。捕まえたぞ。


「離せ!」


離すわけないだろ。せっかく捕まえたのに。ほれ、ローキック。そしてトーキック。


「ぐううっ……くっ、くそ……」


「まだやるか?」


脛が折れただろ? やはり私のブーツは反則だな。


「ま、まだだっ!」


それは残念。低くなった頭を蹴り飛ば「負けだ!」


ほう。さすが会長。いい判断だね。


「いいだろう。ではこちらの勝ちってことで。じゃあお前ら配下な。」


「そんな、お義父様……私はまだやれます!」


「立てないのにか? 今止めなかったらあの恐ろしい蹴りが君の頭を襲っていたぞ?」


「装備の力に頼ってるような男に……」


素手とは聞いたが素足とは聞いてないからな。


「ついでに指の骨も折れてるんじゃないか? 早めに治しておけよ?」


私の装備で一番強力なのは籠手だからな。それを素手で殴っては無事とはいくまい。


「ローランド王国最強の魔法使いたる魔王カースの実力は分かったわね? もっとも、カースの本気はこんなものじゃないわ。ヤヨイだったかしら? あなた運が良かったわね。」


「くっ、男の影に隠れるだけの女が……偉そうな口を……」


「あら、それなら私も実力を示した方がいいのかしら? 例えばそちらの若旦那さんを相手にひと勝負してみる?」


おいおい……やめてくれよ。アレクが殴り合うところなんか見たくないぞ……


「いや、やめておこう。その美しい顔に傷でも付けてしまったら後が怖い。負け惜しみだがね」


賢明な判断だ。アレクの顔に傷なんかつけてみろ。死刑だぞ?


「我らは魔王の傘下に入る。それはもう確定だ。こうなったからにはこの状況を最大限に活かす他ないのだ。分かったな、ヤヨイさん?」


「は、はい……お義父様……」


「では、これからの動きを聞かせてくれるか? 我らはどう動けばいいんだ?」


え? 私に聞かれても……

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