1359話 アレクサンドリーネの教科書

数人のごっつい奴らは会長に詰め寄っている。


「あの依頼は俺らが受けるって話じゃねえんかよ!」

「こりゃあどういうことだぁ!」

「納得のいく説明してくれるんだろうなぁ!」


何か文句言ってるな。でも私達には関係ない話だ。無視して出ようとしたら……「待てやぁ!」

あ、入口にもまだいた。ランチに行くんだから邪魔すんなってんだ。


「邪魔だ。どけ。」


「あぁん? なぁに調子コイてんだこのチ『消音』『拘禁束縛』


穏便に道を空けてもらった。こいつ以外は会長との話に夢中で気付いてないし。鈍感な奴らだなぁ。それでよく冒険者だなんて顔してられるよな。

ギルドを出たら解除してやるよ。それまで立ったままプルプル震えてろ。


「さーてアレク、何食べようか?」


「カースが選んだものが食べたいわ。」


「そう? じゃあ適当に歩いてみようか。」


「ええ。のんびり歩きましょうよ。」


昼から酒ってのも悪くないんだよな。どの店にしようかな。と言っても適当に決めるしか方法がないんだけどね。あーそれにしても、知らない街をアレクと腕組んで歩く。なんだかとても風情があっていいよなぁ。幸せ。




それから、適当に選んだ店でランチを堪能。酒も少々楽しんだ。コーちゃんごめんね。

米から作った酒だそうだ。それって日本酒じゃん。ハートにずっきんと来たね。刺身との相性なんか最高だった。二人で二十三万ナラーほど取られたけど……刺身の盛り合わせを大盛りで頼んじゃったからな。でも美味しかった。満足だ。


「美味しかったわね。サシミって言うの……私覚えてるわよ。カースがタティーシャ村からお土産だって持って来てくれたのを。うちのマトレシアが料理してくれたのよね。」


「僕だって覚えてるよ。あの時はサザエとアワビを食べたんだよね。醤油の代わりに魚醤、ワサビの代わりにラディッシュを使ったんだよね。あれはあれで美味しかったよね。」


「私、あの時は食べてないわ。マトレシアから禁止されたこともあるけど、生で食べるってことに抵抗があったもの。でもカースのおかげで新しい世界を知れたわ。」


それにしても懐かしいなぁ。クタナツから遥か東のタティーシャ村か。当時は私も潜れなかったんだよな。代わりにツウォーさんに潜ってもらったんだよな。長男コウラ君とかどうしてるんだろう。村長のイレアスさんとか元気にしてるのかな。懐かしいなぁ。




それから、街をぶらつき店を冷やかしたり屋台で買い物したり。時刻は三時すぎぐらいだろうか。


「あ、忘れてたわ。カースに読んで欲しい物があるの。」


「ん? 何かな?」


「これよ。」


アレクが魔力庫から取り出したのは、教科書?


「魔法学校の五年生が使ってる教科書よ。正確には教師用のね。私達生徒はノートしか使わないから。」


それはクタナツ学校でもそうだったよね。生徒は教科書を使わず、教師の説明を自前のノートに書き写して勉強するのが一般的だ。


「よく手に入ったね。」


「無理を言って譲ってもらったのよ。アベカシス校長に。」


あー、あのババア校長ね。今さらだけど姓がアベカシスとは……名門出身なのね。


「それでね。このページを見て欲しいの。」


アレクが教科書をめくる。後ろの方だな。


「えーっと、成長促進?」


「そう。この魔法をカースに覚えて欲しいの。そうすれば季節外れのイグサだってたちまち育つはずよ。」


「なるほど! これはいいね。さすがアレク。あれ? でも教科書に書いてあるのにアレクは使えないの?」


それは変だぞ?


「使えるわよ。使えるけど無理なの。だってこの魔法、魔力消費が異常なのよ? さすがに金操ほどじゃあないけれど。」


「なるほど……分かったよ。覚えてみるね! あ、じゃあさ。夕方までまだ時間はあるし、コーちゃん達の所に行ってみようか。実験や練習も兼ねてさ。」


「そうね。それもいいわね。」


街から出ないといけないのは面倒だが、明日いきなりぶっつけ本番ってのもね。もーアレクったら。私が何でもできると思ってるな? アレクに期待されたからにはやってみせるけどね。とりあえず歩きながら読書だ。説明を読んで、詠唱を覚えて……


歩きながら道中で屋台の串焼きなんかも買い込んでと……




のんびり歩いて一時間で着いた。散歩にはちょうどいい距離だけど、もうすぐ夕方だな。あれ? なんだかえらく人が多いな。何やってんだ?


「だからぁ! こんな時期に植え付けなんぞしてお上に目ぇ付けられたらどうするんな!」

「水割りのことだって考えてくれんと! そっちに配る水なんかないったい!」

「だいたい今の時期に二次苗ぇ植えるって! 酒の毒が回ったんか!?」


「ですから! 皆さんにご迷惑はおかけしません! 何があっても私達のことですから! 水だって別段必要ありませんから! 従来通り割り振ってくれるだけでいいんです!」


見たところ農民同士の争いかな。


「イロハ、どうしたの?」


「お嬢様! いえ、地域の方々が……ご心配をされて……」


アレクは一瞬だけ考えた。だが……


「そこの貴方。何が問題か教えてくれるかしら? 彼女らの動きは私の指示よ。」


「えっ、あ、ああ。目立つことをされてこの村が目をつけられたら困るんだよ! 水だってどこの家がどれだけ使うのか全部決まってるんだから!」


「なるほど。分かったわ。じゃあ目立たなければいいのね。それから水は必要ないわ。他に問題は?」


おおー。スパッと言ったね。やるぅー。


「じ、自分らぁだけええ目ぇ見ようとして! 失敗しても助けてやらねぇからな!」


「ですから、私達家族はもう後がないんです! それとも借金を助けてくれるんですか!? 二百万ナラー近くあるんですよ!」


返事がない。この家の状況はみんな知ってただろうに。どうせ助ける余裕なんかないんだろ?


「オレらぁ知らんからなぁ!」

「村役に言うからな!」

「どうせ枯らすだけったい!」


そう言ってゾロゾロと帰っていった。そんなに大勢で来なくてもいいだろうに。心配してるってんなら一人が代表して忠告するだけで充分だろうに。


「ありがとうございました……でも……これが失敗したら私達、もう後がないんです! お願いします! どうか、どうか!」


「これをやらなかったとしても後がないのは同じよ? せいぜいカースの邪魔をしないことね。」


「はい……」


うーん、アレク厳しーい。


よし、それはさておき実験開始といこう。

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