1351話 入水自殺騒動

海底に沿って海辺へと泳ぐ。アレクの手を引きながら。


そして波打ち際へ浮上。はぁ、楽しかった。


『乾燥』

『換装』


「カース、さっきはありがとう。いきなり上から降ってきたから驚いたの。」


「いやーごめんごめん。あれって僕のせいなんだよ。大きな貝がいたじゃない? あいつを獲ったんだけどさ。その名残り、あいつが悪いんだよ。」


「そうなの? 変な貝もいるのね。でもあんな大きい貝を獲っただなんてさすがカースね。凄いわ。」


ぬふふ。アレクに褒められると嬉しいなぁ。ん? あれ? 海岸に何人もの人が集まっているぞ。何やらざわざわしているが……あっ、こっちを見て騒いでる。まさかここ漁業権が必要だったとかないよな?


「おいお前ら! 大丈夫だったか!」


ん? どういうことだ?


「早まるな! 生きてればきっといいことだってあるんだ!」

「そうだ! 所詮は一夜のことでしかない! お前たちはまだ若い! 明日があるんだ!」

「でもよかったぞ。土壇場で思い直したんだな? さあ、こっちで暖かいものでも食べないか?」


んん? 何かすごく勘違いされてないか?


「ちょっと待ってくれ。俺達はここで泳いでいただけなんだが……」


「ああ、分かってる。分かってるとも。もう何も言うな。さあ、こっちに来い。浜鍋やろう」

「あの領主に妻を弄ばれたのはお前らだけじゃない。みんな同じなんだ。だから元気を出せ。な?」

「ほら、始めるぞ。そういえばお前ら見かけない顔だな。まあいいや。来い来い!」


領主に妻を弄ばれた? ここの領主はそんなことしてんのか……アレクがそんな目に遭わされて、それを悲観して心中しようとしたとでも思われたのかな?


「せっかくだからお呼ばれするよ。で、領主ってそんな酷いことすんの?」


おお、大きい鍋だ。中身はまだ空か……浜鍋って言ったよな。すごく興味深い。


「ああ、あの領主は色と欲に狂ってやがる。ちょっといい女を見たらすぐ引っ張り込みやがるんだ」

「不幸中の幸いなのが、ほとんどの場合一夜で済むんだ。あの色ボケ領主はどうやら初物が好きらしくてな、翌朝にはそれなりを金を持たされて解放される」

「だがそうでない場合だってあるぞ。その子のように美しい場合だ。あの野郎が飽きるまで拘束されちまう。もしかしてお前らは今のところ無事なのか?」


「ああ、ヤチロには一昨日来たばかりだからな。それよりこの鍋の中身はまだか? 何ならこっちで用意してもいいが。」


「あー? 見ねぇ顔だと思ったら他所から来たのか?」

「へー、どこから来たんだ? その感じだともしかして外国か?」

「あー、言われてみりゃあ服装が違うもんなぁ。メリケインか?」


なぜローランドを候補に入れないんだよ。ヒイズルでは外国と言えばメリケイン連合国のことなのか?


「ローランド王国だよ。二ヶ月ぐらい前にオワダに渡ってな。それから歩いて旅をしてるところさ。」


あれ? さすがに二ヶ月は経ってないよな? 一ヶ月半ぐらいかな。


「なんとローランドかよ! よく来たなぁ!」

「それがなんで死のうとしてたんだ?」

「よっぽどの事情があるんだろうぜ……もういいじゃねえか。食おう! ガンガン食おう!」


やっぱりこいつら私の話なんか聞いてないな。別にいいけど。


「お前らこれ捌けるか?」


サザエとアワビだ。刺身で食べたい気分なんだよな。浜鍋も気になるけど。


「こっ、こりゃあ!?」

「サザエじゃねぇか! それにアワビまで! 一体どうやって!?」

「あっ! まさかさっき潜って獲ったんか!?」


「正解。俺たちは別に心中しようとしてたわけじゃないぞ。遊びで潜ってこいつらを獲ってただけだ。それからこれもな?」


魔力庫からパールシャコを出す。改めて見ても大きいよなぁ……


「げえっ! こいつぁ大口オオグチじゃねぇか! マジかよ!」

「嘘だろ! どうやったんだよ!」

「もしかしてお前らってかなり凄腕なのか……?」


へぇー、オオグチって言うのか。まんまだな。


「やっと分かったようね。彼はカース。『魔王』と言えばローランド王国では知らない者はいないほどの強者よ。あ、私はアレクサンドリーネよ。」


おお、やっとアレクが喋ったかと思えば……こいつら信じるかな?


「魔王……? マジで……?」

「どんだけだよ……ヒイズルで言えば誰だ?」

乱魔らんまキサダーニとか?」


「でも大口を潜って獲ってこれるかぁ?」

「さ、さあ……普通誰もやんねぇし……」

「そんじゃあ傷裂きずさきドロガーか?」


「分かるかよ……まあいいや! やるぞ! 食うぞ!」

「お、おおそうだな。食おう食おう!」

「酒はどうだ? イケるか?」


何やら話し合いをしていたようだが、結局どうなったんだ?


「おう飲む飲む。いただくよ。」

「悪いわね。いただくわ。」


「ほれほれ、まあ飲めや!」


おっ、また人数が増えた。


「待たせたな! 持ってきたぜ!」


おお、やっと材料の到着か。


「よっしゃあやるぜ! 味付けは任せとけ! ヤチロの味を堪能させてやるぜ!」

「そんじゃあ俺はこいつら捌いてやるよ!」

「大口はどうすんだ? 食うのか?」


「ああ食べようぜ。でも後でいいだろ。まずはある物から食べようぜ。よし、乾杯!」


なんで私が乾杯の音頭をとってんだよ。


「かんぱい!」

「ヤチロにようこそ!」

「いよっ魔王!」

「はぁ? 魔王だあ!?」

「いいから乾杯だぁ!」


しまったな。コーちゃんも呼んであければよかった。伝言つてごと届くかな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る